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私は、中谷健司さんに恋をしていますわ。でもあの女、古川くろこが作ったバンドには入れない。入れたところで居場所はありませんわ。しかし、だからといって何もしないままであれば、健司様は私の事を意識どころか認識すらすることなく、この恋は終わってしまう……。
あの人に私を意識させるにはどうすればいいか、何をすればいいか。健司様があいつのバンドに入ってから何日も、何十日も私は考えましたわ。
そこで私は一つ、妙案を閃きましたわ。
私が古川くろこよりも優れているところを見せつければいい。私の方が優秀となれば、きっとあの人も私の事を見てくれるはず。だから私は古川くろこを超えるギターボーカルとなって、その座を奪い取ってやりますわ! ……ちょっと無茶な理屈であることは理解していますが、それでも何もせずに終えるよりは、馬鹿げている理屈だろうとやった方がいい。やらずに後悔よりやって後悔と言いますものね!
必ず古川くろこよりも私の方がギターも、ボーカルも優秀であることを見せつけ、健司様の心も体も私のものにする……!!
そう決意し永井さんの誘いに乗ったのですが……少し――いえ、かなりの不安を抱えながら、永井みちるさんの後を追っていましたわ。
いつも私たちが通う顕花高校のある街とは少し、いえかなり風貌が違うと言いますか……壁やシャッターのいたるところに描かれている英文字やよくわからないキャラクターの落書き、物騒な刺繍の施されたジャケットを羽織った集団と、正直私すっごい場違いな存在なのでは!? と思ってしまいながら、彼女の後を離れないように歩いていました。いざとなったらこの娘を守らねば……力のある者として!
だって永井みちるさん、ぶかぶかの制服の上からでもわかるくらいに細い身体は本当にギターを背負わせてもいいのか不安になるくらいですし、カラスのように黒い髪をぼさぼさと左右に揺らしているという。なんというか、病院から抜け出してきたようにしか思えないんですわよね……実際のところ即刻病院に叩きこんで治療したいくらいなんですけれども。あきらかに摂食障害起こしてますもの。
こんな街には似つかわしくありませんわ。まあ顕花高校周辺も場違いですが。……病院が一番合致しますわね。やはり入院させて体重を平均値にしてさしあげなければ……あと目の隈から察するに、おそらく睡眠障害も患ってますわね。この人本当に大丈夫なのかしら? 死なない? まあ私が成り上がるまでは死なせはしませんが。
しかしこれ、本当に正しい道なのかしら? もしかして近道を通っているだけとかの可能性もありますわよね?
「あのっ、永井さん」
「あっ、はい」
「本当にこっちの道で会ってますの? 別に急いでるわけではないから、近道とかしなくても大丈夫でしてよ」
「いえ、大丈夫です。この道通らないと行けないところですので」
そうですのね、こういう治安のところにあるライブハウスですのね。
……横着して近道しているだけなのを祈っていましたが、そんな希望も打ち砕かれましたわ。
そんなこんな言っているうちに、あるところで永井さんは足を止めましたわ。四角い箱型の建物、ネオン看板にはデカデカと『TRITONE』の文字が。
……ただ、隣にはタコスの絵が描かれてますわね? ライブハウスに全くの無知ではありますが、少なくともこのような形の飲食店ではありませんわよね?
「ここがライブハウスですの? 飲食店みたいですわね」
「あっ、えっと……そっちは、店長さんが本業の方でやられてる飲食店でして……ライブハウス自体は地下に……」
私の服の袖を引っ張って、永井さんは告げる。店の入り口の脇にある、地下深くへと続く階段。壁にはおそらくバンドの広告であろう様々なポスターが貼られていますわ。
勝手知ったるといった感じで降りていく永井さんの後を追わなければならないのですが、思わず二の足を踏んでしまいますわ。
なんというか、勇気がいりますわね。こう、普段いるところとは違う世界へ踏み入れるような感じがして……。
「あの……高橋さん?」
「いっ、今行きますわ!」
永井さんが階段の下から私を不思議そうに見上げてますわ。
ただでさえズブの素人である私をバンドに引き入れるという、かなり無茶なお願いを聞いてくださっているんですもの。待たせるのは彼女の好意に恥を塗るというもの。
隅っこに煙草が落ちている階段を恐々と降りますわ。うぅ、治安が悪いですわねこの辺……。
「……本当にここ、大丈夫なんですの?」
「あっ、大丈夫ですよ。みっ、皆さん良い人ばかりですし……私みたいなのを雇ってくれてるようなところですし」
「永井さんバイトしてますの!?」
「あっ、不味かった……ですかね?」
私の驚きの声に青ざめながら質問を質問で返してくる永井さん。なんだか驚き方が猫みたいで可愛らしいですわね……。
「いえ、校則で禁止はされていませんわ。ただ、うちの生徒でバイトをする人って殆どいませんもの。そりゃ驚きますわよ」
顕花高校はお嬢様お坊ちゃま、要するにお金持ちが通うような学校ですもの。
「あっ、あはは……うち、学費と家とお手伝いさんへの給与以外は援助してもらえていませんので、バイトでもしないと食費がですね……」
「……永井さん」
困ったように、諦めたように笑う永井さん。今の年齢には似合わない、諦めた大人のような作った笑顔を浮かべる彼女に、私は何も言葉をかけることができませんでしたわ。
社会勉強の一巻としてバイトをさせるという家庭はありますが、少なくともこんな、食べるのに困るからバイトするなんて話、少なくとも顕花高校では聞いたことありませんわ。
まっとうに親からの愛を受けて、食べるのにも困らず、こうして生活している私が何を言ったところで、彼女にとっては嫌味としか思えないでしょう。私には、彼女に手を差し伸べる権利はありませんもの。
ただ、彼女がもし困っていたら、助けを願ったら、必ず助けよう。そう心に誓いましたわ。
ライブハウスの扉の前、決意を胸に秘めた私の顔を永井さんの瞳がのぞき込みましたわ。黒い三日月のようにくっきりとついた隈に浮かぶ、まるで井戸の底のように黒い瞳が私の目をじっと見つめてきて、正直怖いですわね。
「……作戦、ちゃんと頭に入ってますか?」
作戦──ギターを始めて三日目のずぶの素人が、他のメンバーの方に受け入れてもらえるとは到底思えない。だから何かしらのメリットを提示して、ギターが下手というデメリットを塗り替える為の作戦ですわ。
「ええ、大丈夫ですわ。ただ、これで本当に説得できますの? 正直、永井さんに言われた方法で交渉したとしても、ギター初めて三日くらいしか経ってないような人間を入れてくれるとは思えませんわ……」
「だ、大丈夫です。バンドマンって、お金がない人間ばかりなので……」
「お金ありませんの!? ギターって結構しますわよね!?」
バンドマンってそんな金欠なんですの!? ギターとか車とか、プレミアものを所有しているというイメージですのに!? テレビで出てる人は結構な豪邸に住んでいるしハワイにしょっちゅう旅行してますのに!?
私が頭の中で思い描いていたバンドマンの想像と現実との差にショックを受けていると、永井さんは扉を開いてそくさくとライブハウスの中へと入っていきましたわ。私も慌てて、永井さんの後を追います。
ハウス内はなんというか、照明自体は明るいですわね。ただ雰囲気がどことなく暗い印象を受けましたわ。
そしてまず目に飛び込んできたのは、ドリンクを受け取るカウンターだったかしら。そこに座る大人の女性と、黒いフードを深くかぶった女性、そしてそれなりに気温が高いというのにぴっちりと手首まで覆い隠すくらい長いシャツを着た金髪の女性が、一つの灰皿を囲って煙草を吸っていましたわ。
大人の女性はともかく、フードの子と金髪の子はあきらかに未成年ですわよね……? 不良というやつですわね。こんなところでバイトしてて、永井さん大丈夫なのかしら……?
そう彼女の事を心配していると、フードを深く被った女の子が席を立ちましたわ。煙草を咥えながら、こちらへと近づいてきて……!?
「あっ、谷野さ──」
「ふっ、不良ですわーーーーー!?!?!?」




