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 学校近辺にて開かれている喫茶店、『ボストン』の特別個室に私は案内されていた。というより連れ込まれた。

 私の向かいの席で優雅に紅茶を飲む彼女、高橋ひとみさんはこの街で一番大きい総合病院の院長の娘らしい。私が連れ込まれたこの部屋も、ボストンへ出資した彼女が特別に作らせた、高橋ひとみさん専用の個室なのだ。


 なんというか、家具とかそういうのには全く詳しくないけどすっごいオシャレで高いものって分かる空間に囲まれているのは、その、落ち着かない。

 ……というかもしかして、高橋さんって悪役令嬢? 確か大きな病院に勤めている院長の娘ってキャラが一人いたような……攻略サイトを読み物として楽しんでたからさっぱり覚えていない。ゲーム自体は忙しくてプレイしていないからさっぱりわからないや。


「なるほど……大体話は分かりましたわ」


 私の血とゲロで汚してしまった制服の代わりに、学園指定のジャージを着た高橋ひとみさんが紅茶の入ったティーカップを置く。

 そして私に対して呆れの混ざった視線を向けた。


「ギターボーカルやれる人がバンドに入っていない訳ないですわよ」

「あっはいその通りでございます」


 何も反論できないレベルの正論……いやちゃうんですよ、色々と私が頑張らなきゃーって張り切ってたんですよ。そしたら色々と見えなくなって……何も違うことないわこれ。


「とっ、ところで……」

「なんですの?」

「……こっこここの状況はいったい、どういう……?」


 私の今の状況というのが、なんというかね……背の高い子である犬鳴さんにあすなろ抱きというのだろうか、それをされていて、背の低い子、加賀理さんにハチミツをあーんされている。


 なぜこんな状況になってしまったのかというと、私にも分からない。ハチミツは滋養強壮とかのどの痛み治す為ってのはわかるけど、抱っこはなんで? 流れに流されるがまま受け入れてたというか、気が付いたら抱きかかえられたんだけど……。


「土下座に移行させない為というのと、後はまあ……なんでかしら? というかなんで抵抗することなく抱きかかえられてますの?」

「……わかりません」


 流されやすい人間だからね私。なんというか、断ることができない人間で……ううっ、それで仕事大量に押し付けられたの思い出しちゃった……。

 なんて前世の記憶を思い出して沈んでいると、私の頭に顎を乗せながら、背の高い子が私の腕を軽くつかんだ。


「あっあのっ、重くないですか……?」

「ぜーんっぜん。身長からは考えられないくらい軽くてちょっと戸惑ってるくらいだよ。本当細いねー永井さん、羨ましいとかじゃなくて心配になるくらい……体重どれくらい?」

「えっと、確か42㎏くらいだったかと」

「42㎏!?」


 うわびっくりした!? 私の体重を聞いた瞬間、高橋さんがものすごい形相で勢いよく立ち上がった。えっ、えっと、なにかやっちゃいました? いや血が多量に混じったゲロひっかけてるんだよ私、なにかやっちゃいましたじゃねえんだよ私!! やらかしまくってるんだよ私!!

 ツカツカと私のところへと歩いてくる高橋さん。えっなになに怖い!


「それはいくらなんでも痩せすぎですわよ!? なっ、なにか重大な病気とか抱えてらして!?」

「あっいえ、ほぼ毎朝起きたら吐いてしまうだけです……あと胃のむかつきとかであんまり食べられなかったりで」

「……病院で検査は?」

「親に知られたくないので……これ以上迷惑かけて幻滅されたら、学費も払ってもらえなくなるかもしれないのでしてません……」


 ただでさえマナーも全然身に着けることができず、家庭教師も指導を諦めるレベルで個別指導に向いていなかったからほぼ勘当されてしまったという……叱られるたびに吐いて家庭教師がリタイア! メンタル病んだ! となったからね。立て続けに。ゲロ引っかけるつもりはなかったんです。ゲロに血が混じるのは……まあ、慣れてもらうということで。慣れてもらえんかったけど。


 もし病院に行ってるとバレたら、ただでさえ食費光熱費自腹なのが家賃や学費までも自分で払わなきゃいけなくなってしまう……かもしれない。それだけは避けたい! まだ未成年でろくに働けない今は!! 今でさえ結構ギリギリだからね……所詮は学生バイトよ。


「ちょっ、ちょっと放置されているだけですのでお気になさらず」

「……役所に相談案件ですわねこれ」

「そっ、そこまでのものではないかと……」


 私がやんわりネグレクト受けてる判定を否定すると、私の事を抱きしめている犬山さんの腕の力がちょっと強くなった。加賀理さんもなんか目に涙溜めて私を見つめてくるし、手をぎゅって握ってくるし……。


 いや本当そこまで悪い環境でもないんだよ!? 少なくとも過干渉よりは今の放置状態の方が何百倍もマシだし……。

 前世はなあ、やりたいこと通す為にすっごい努力いったからなあ……おかげでノイローゼとかなったからなあ……最終的に結局通すこと出来なかったし。バンドメンバーへの嫌がらせされたらね、私が抜けるしかね……。


「……永井さん、困ったことがあったらなんでも言ってね。私絶対力になるから!」

「私たちは永井さんの味方ですからね……!!」


 う~ん、なんか犬鳴さんも加賀理さんも異様に私の事心配しているような……いや本当大丈夫なんだけどなぁ。足立山さんとか店長さんとか、頼れる大人もいっぱいいるし。


 それに箱内の他バンドさんとか結構仲良くしてくれるしね、私は優しい人たちに囲まれているよ。

 なんて、周りの優しい人たちに感謝の気持ちを抱いていると、何かを決意したのか高橋さんは拳を握り締めて、緊張した面持ちで口を開いた。


「永井さん、今ギターボーカルを募集しているんですわよね?」

「えっ、あっはい」

(わたくし)、貴女のバンドのギターボーカルに立候補いたしますわ!」


 高橋さんの言葉に犬鳴さんと加賀理さんは「えっ!?」と驚きの声を出す。


「お姉さま、ギター弾いたことあるんですか……?」

「無いですわ」

「流石に無茶だと思いますよ!?」


 あれっ、このやり取り……どこかで見たような……あぁ、思い出した。確か中谷健司さんルートに立ちふさがる悪役令嬢で、ギター初めて三か月でバンド組んで三年目の主人公に対抗していた……。

 まさかこの人、高橋ひとみさんって悪役令嬢!? いや、確かに攻略サイトに乗っていたスクショがこんな姿だったような……? 二次元から三次元なってるからなあ、やっぱり差が激しすぎるなあ。


「あっ、あのっギター弾ける人を探していまして、でっできれば音楽経験者の方が……」

「バイオリンで何度かコンクールで受賞しておりますわ」

「あっ、それなら……いけるかも……?」


 ギターとバイオリンは弦を引くということで演奏をする楽器ではあるけど、当然のことながら全く別の楽器だ。バイオリンを弾いていたからと言って、すぐにギターも上達するという訳ではない。


 それでも、バイオリンで賞を取ったことがあるということは、つまりそれだけ練習をしてきたということ。

 楽器演奏ってのは上手くなるまでの練習の間につまずくことが多いから、その大変さを既に経験しているってのは……本当に全くの未経験者に比べたら、挫折する可能性はすっごい低い。と思う……私ギターとベースしかやらないから確信を持っては言えないけど。


「じゃっ、じゃあギター買ったら教えてください……買ってからうちのメンバーに紹介しますので」

「わかりましたわ。明後日には必ず買っておきますわね」


 行動が早い……!! 早速スマホでちゃんとメモを取ってるし……。

 とりあえずギター……はこれからだけど、ボーカルは確保した! 私、やったよりんさん……はくりさん……!!

 あっ、そうだ。これも聞いておかないと。音楽関係以外の揉め事でバンド解散とかシャレにならないし。


「あっ、あと」

「なんですの?」

「……煙草って大丈夫ですか?」


 私の質問にひとみさんは首を傾げ「まっ、まあ私は吸いませんが他の方が吸う分は気にしませんわよ……お父様とかよく吸ってますし」と答えてくれた。

 よかった。うちの活動する予定のハコもメンバーも煙草いっぱい吸うからね……これでNG出されてたら流石に見送りになってた……。


 ……犬鳴さん、あんまり私の臭い嗅がないでほしいなあ!? あと、ずっと抱きしめられてるんだけど、これいつになったら解放されるんだろう?

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