9. 闘技場
次に連れてこられたのはローマの闘技場を思わせる広い作りの場所で、中央には青年二人が手合わせをしているのか。
所々で爆発が起き、その度に爆風でドレスが揺れるのを感じた。
「…セオドリックとテレンスか。」
「友達?」
「…いや、全く。」
「あの二人ちょっとした有名人なんだよ。隣国の公爵家子息のセオドリック・ウォーカーと騎士団長子息のテレンス・キャンベル。手合わせの名目で闘技場を壊す常習犯らしい。」
詳しく話しているウルフラムだが、興味が無いようで大きな欠伸を溢している。
あまり関わらない方がいい人物だと認識して視線を外に向けた。
「危ない!」
そう聞こえてきた声に振り返ると目前に迫る黒い球体。
あ、これ死んだかもと脳裏に過りながらも成すすべもなくただ向かってくるそれを眺める事しか出来なかったが、瞬きと同時に目の前に立ちふさがるアントニオとウルフラムが見え、黒い球体は弾け飛んでいく。
「大丈夫だったかい!?」
急いでこちらへと向かってきたのは紺色の髪に紫の瞳が印象的な青年で、怪我をさせてないかとオロオロしている。
「テレンス、気にする必要はねえよ。カーネリアの魔法使いだ。あれくらいの攻撃、防げない方がおかしいだろ。」
深緑色の長髪をポニーテールにした青年はそんなことを言いながらこの位置まで瞬間移動してきたようだ。
魔法とは本当に便利だと感心しているとバキッという何かが壊れる音が聞こえてくる。
どこから発したのだろうと視線を下ろせば、ウルフラムの掴んでいた椅子の背が粉々に砕け散っていた。
「…ウルフラム、抑えろ。ここで暴れるとナタリィに被害が及ぶ。」
「あ゛?もしナタリィに当たってたらどうするつもりだったんだよ!」
「…俺がいる限りそうはならないが、跡形もなく消滅させていただろうな。」
明るかったはずの頭上に影が差したと視線を上に向けると先程の黒い球体とは比べ物にならないほど巨大な火の玉が宙に浮いているのが見える。
アントニオの怒りに共鳴するようにその質量を増やしていくようだ。
「本当に申し訳無い!セオドリックも謝って!」
「わ、悪かったよ。」
「…気に入らないな。せっかく作ったんだ、的になれ。」
「おい、本気か!?そこのアンタ、我関せずな態度取ってねえでどうにかしろ!」
「え、私?」
「お前が防がねえから…。」
焦りで矛先を彼女に向けたセオドリックだったが、ウルフラムの手に首を掴まれ最後まで言うことができなかった。
「覚悟はできてるんだろうな。こんな首折るくらい俺には簡単だ。」
「ウ、ウルフラム?首の骨を折ったらその人が死んじゃう。」
「ん、知ってる。」
「知ってるなら止めようよ!」
その言葉にパッと手を話せば、地面に座り込み何度も咳き込んでいるのが見える。
大丈夫だろうかと心配になったが、二人に遮られているため近付くことはできない。
「…ナタリィ…もしかしてナタリィ・アローム!?」
「そうですけど、どうして私を…?」
「カーネリア最高位の魔法使いのうち二人から魔石を受け取っているというのは有名な話だよね。」
「魔石を受け取ったのは最高位の魔法使いになる前の話ですよ?だから有名になるほどの…。」
「もしかして理解していなかったりする?」
「…あぁ。」
「それは…苦労しているんだね。」
「でもそれが良かったりするんだよ〜。ね、ナタリィ。」
「何の話?」
「んーん。これから先の学園生活楽しみだなーと思って。」
「私は不安の方が大きいけど。」
「…俺がついてるから大丈夫。」
「そうそう!俺居るでしょ?」
「なぁ、アントニオとウルフラムってあんなのだったか?一度キレたら最後。凶暴で手がつけられないとか聞いたぞ。」
「魔石を渡した相手の前では彼らも人ということだろうね。」
「…人というか飼い犬みてえ。」
「確かに、ウルフラムを飼い慣らす彼女はすごいよ。」
「すごいというより怖い、だろ。」
そんな会話をされているなど全く気付いていない彼女はこれから先起こり得る出来事を考えながら彼らにリードされるまま歩き始めるのだった。