8. 学園
あれからウルフラムが落ち着くまでそのままで居ようと思っていたが、アントニオによって無理矢理剥がされ、ブーブーと不満を漏らしている。
「…いつまでも甘えるな。」
「別にいいじゃん。心の狭い男は嫌われるよ。」
「…喧嘩を売っているなら買うぞ。」
手の中に炎を作り出したアントニオににんまりと笑みを浮かべるウルフラム。
仲良しになったのかと思っていたのに犬猿の仲は健在のようだ。
「喧嘩するなら私、家に帰りたいんだけど。」
「ダメ!」
「…連れてきた意味がない。」
「そうだった。ここはどこなの?」
「ここは隣国ヘリオドールの学園、アイオライトだよ。明日からナタリィも一緒に通うことになったんだ!」
ウインクしながら言うウルフラムの言葉に驚いたのはここが乙女ゲームの舞台になる学園そのものだったからだ。
ただのパン屋の娘がこんなところに来ることになるとは誰が想像するだろうか。
そもそも学園に入学するには家柄と決められた魔力量以上を保有している者しか入れない設定だったはず。
アントニオとウルフラムは最高位の魔法使いという時点で家柄がなくともこの学園に入学するのは必然だが、私は何だ。
成長して扱える魔力が増えたとはいえ初級魔法を使えるようになったくらいで、そんな凡人がこの学園での生活を上手くやっていけるはずがない。
この件に大いに関わっているであろう二人を睨み付けた。
「…怒ってる?」
「え、なんで?やっと一緒にいられるんだよ!俺、すっごく楽しみにしてたんだから。」
文句の一つでも言ってやろうと意気込んでいたのに、満面の笑みを浮かべて喜ぶウルフラムを見たら何も言えなくなってしまった。
彼は本当に変わらない。
私と一緒というだけでこんなにも喜んでくれるのだ。
慕われること自体は嬉しくないわけもなく、何とかなるかと受け入れることにする。
あのムカつくフランシスも言っていたが、平凡な私など興味の対象外だ。
それならばこの学園に通ったところで何ら問題はない。
ゲームの知識も少なからず持っているのだから、諦めていたとはいえ自分の目でヒロインや悪役令嬢を見てみたいという気持ちは当然ある。
そういう意味でも攻略や断罪という重たい責任を持っておらず、アウトオブ眼中の存在とは楽でいい。
そんなことを考えていると二人から学園内を案内をすると言われ、着替えを促された。
確かに部屋着で学園内をうろうろするわけには行かないが、フィッティングルームに用意されているのは全てプリンセスラインと呼ばれる形のドレスばかり。
まさかこの年で着ることになるとは思わなかった…。
この年といってもナタリィ自身はまだ16歳。
全く問題ないのだが、何せ中身が伴っていない。
誰だ。
学園の制服をドレスに決めたやつ。
乙女ゲームの仕様に文句を溢しながら当たり障りのなさそうな淡い水色のドレスへ見様見真似で着替えてみる。
全面に備え付けられた鏡に映る姿は着せられてる感が半端なさすぎて大きなため息を零した。
「ナタリィ、着替え終わった?」
「終わったけど…他にないのかな。ほら、エンパイアスタイル?とかそういうの。」
「…ないな。俺の趣味じゃない。」
「え?」
「俺もー。Aラインかベルラインか迷ったけど、ナタリィなやっぱりこれかなって。本当はビスチェとかオフショルダーが良かったけど、見られると腹立つし。」
「…スクエアネックにして正解だな。」
いつの間にかカーテンを開けられ、笑みを浮かべるウルフラムと納得したように頷くアントニオが見える。
女である私よりドレスに詳しい…。
社交界に出ているだけあると感心していると両手を取られ、廊下へと促された。
室内に外の声が聞こえてこなかったため、誰も居ないと思っていたが、思っていた以上にたくさんの生徒がいるようだ。
集まる痛い程の視線。
何でこんな平凡な奴がこの学園に居るのだと、そう思われているのだろうが、本人が一番思っている。
そんな事を考えていると教室へとたどり着いたようだ。
「ここが俺達の教室だよ。」
「ウルフラム様!」
「誰だっけ。」
「ペレス伯爵家のリンネット・ペレスですわ。」
「あーそうだったね。それで、何か用?」
「そちらの方は?」
「彼女はナタリィ。俺の大切な人だよ。」
「…お前のは余計だ。」
「いいじゃん!本当の事だもん。」
「どこの家柄の方ですか?魔力量は多くないように見受けられますけど。」
見定めるように上から下まで見る姿に少し緊張してしまったのはドレスの着方が間違っていたかもしれないという不安があったからだ。
「…家柄は関係ない。これ見えないのか。」
彼女の胸元にある魔石をアントニオが触れ、左耳の魔石をウルフラムが触れれば共鳴するように光り輝いていく。
それを見ただけで何かを理解したのだろう。
顔色を変えて丁寧に会釈をすると足早に何処かへと去って行ってしまった。
「…大丈夫か?嫌味を言っていたようだが。」
「あれくらいなんともないよ。私も何でここにいるんだろうって思ってるくらいだからね。それより、もしかしてドレスの着方が間違っていたのかな。見たことはあるけど着ることないから…。」
「間違ってないよ。でも次からは侍女を付けるから覚えなくても大丈夫!」
「侍女ってあの!?要らない要らない!自分で着替えられるから今のままでいいよ。」
「…わかった。」
「それにしてもリンネットさんだっけ?何ですぐに何処か行っちゃったんだろう。用があったように思えたけど。」
魔石に触れながらうーんと頭を悩ませていると見覚えのある金色の髪が目に入ってくる。
「アントニオ、ウルフラム!こんなところにいたのか。君は確か…ナタリィだったか。なぜここに?」
「陛下から許可は得たよ。」
「…。」
「城が半壊したというのは君達のせいか…。それにしても彼女のどこにそこまでの魅力を感じているんだ?容姿も家柄も平凡な上に魔力量が少ないなんて存在価値はないに等し…。」
「…それ以上、言うならその腕へし折る。…ウルフラムが。」
いつの間にかフランシスの横に移動していた彼はすごい力でフランシスの腕を掴んでいるようでミシミシと骨が軋む音が聞こえてくる。
「いだだだだだ!ちょ、離せ!離せと言っているだろうが!」
「ん?聞こえないなぁ。腕の一本くらい折れても人は死なないし大丈夫!」
「大丈夫じゃない!わ、悪かったからやめっ!」
「ヤダ。」
「アントニオ!何とかしろ!」
「…ひと思いに折れ。」
「OK〜。」
「ヒィッ!ナ、ナタリィ…頼むから止めて…くれ!」
「え、私じゃ止められないと思うけど。」
「いいから!」
「ウルフラム、可哀想だから止めてあげて。」
「うん!止める!」
すごい勢いでこちらに戻ってくると肩の上に顔を乗せてべったりとくっついてきた。
こういうところは昔と変わらないよう。
痛みで涙目になったフランシスは平静を取り戻そうと何度か深呼吸を繰り返している。
何だかちょっと可哀想な気もするが、事実とはいえ面と向かって失礼なことを言ってきたのだからいい薬かと気にしないことにした。
「…それで?何か用。」
「昨日の夜会をすっぽかしたと聞いたからな!理由を聞きに来たんだ!」
「…夜会?あぁ、忘れてた。」
「忘れてただと!?公式の夜会は出席しろとあれほど言ったのに!ウルフラムも忘れてたと言うのか!?」
「忘れてないよ。」
「だったら!」
「興味ないから行かなかっただけ。」
「なお悪い!最高位の魔法使いが二人も居ないと僕がどれほど責められるか考えたことあるか!?」
「…ナタリィ、ここが俺の席。」
「こっちは俺ー。ナタリィは真ん中ね。」
「話を聞け!」
「煩いなぁ。終わったことをいつまでも文句言うのはみっともないよ。」
「…次は闘技場に行こう。」
完全に無視を始めたアントニオと相手にしながらも聞く気のないウルフラムに握った拳がプルプルと震えている。
王子にこんな扱いをして良いのかと二人を見てみるが、彼らにとってこの対応はいつも通りらしく気にした素振りはない。
フランシスのぞんざいな扱いに少しばかり気が引けながらも二人に促されるまま教室を後にするのだった。






