7. 目覚め
目を覚ますと見慣れない天井に何度も目を擦ってみるが景色が変わることはなく、起き上がると広すぎるベッドに驚いた。
部屋も豪華な作りでここは何処だとベッドから降りれば大きなソファーが見える。
その後ろを通ろうとすると静かな寝息が聞こえ、あまりにも驚きすぎて声が出そうになった。
音を立てないようにそっと覗き込めば赤茶色の短髪の青年が窮屈そうにしながらすうすうと寝息を立てている。
見慣れない整った顔立ちに暫く目を奪われたが、いつまでも見るのは失礼かとそっと歩き出したが足元に何かが当たる感覚。
歩みを止めて視線を移動させると、床に銀色の短髪の青年が大の字になって眠っているのが見えた。
「これ、どういう状況?」
寝起きの頭をフル回転させて昨日の出来事を思い出してみる。
朝起きてパン屋の手伝い、そして部屋のベッドで就寝。
いつもと変わらない日常だ。
だから目を覚ましても、当たり前のようにその日常が始まると思っていたのだが、起きたら豪華な部屋って意味がわからない。
とりあえずいつまでもこの状況は困ると見つけた部屋の扉を目指したが何かに腕を取られそのまま引き込まれた。
「…おはよう、ナタリィ。」
「…。」
「…どうした?」
いつまでも返事がないことに不思議そうな顔をする彼。
見覚えのあるオリーブ色の瞳は知り合いによく似ている。
「アントニオ!抜け駆けはずるい!俺だってそれしたい。」
いきなりソファーの後ろから顔を出したのは先程まで床で寝ていた彼で金色の瞳が印象的だ。
ん?
今、アントニオって言ったよね。
てことはこっちはウルフラムってこと?
記憶の中の彼はとても小さかったはずなのに、月日が経つのは早いとしみじみ感じてしまった。
「…ナタリィが反応してくれないんだ。どうしてだろう。」
「もしかして話せない魔法かけられてるとか!?どうしよう!俺、治癒魔法は得意じゃないよ!」
わたわたと焦り始めた彼にいつまでも黙っているわけにもいかないと口を開く。
「か、掛けられてない、です。」
「…良かった。」
「でもなんで敬語?まさか俺のこと忘れてないよね?」
「わ、忘れてませんよ!ウルフラム様とアントニオ様ですよね?見違える程成長されていたので少し考えてしまいました。」
「ちょっと待って。」
「?」
「その敬語ヤダ。様なんて要らないし、俺は昔と何も変わらないよ。僕とは言わなくなったけどさ。」
「…敬語使うのは距離を開けたいということか。」
「そういうわけではないですけど、身分は弁えているつもりです。」
「…あぁ、なるほど。身分なんてナタリィには関係ない。俺の魔石を付けているんだ。」
「魔石?それなら私、昨日返しに…。」
「返してもらってないもん。ほら、すごく似合ってるよ!」
「…似合ってるのは俺のだろ。瞳の色と同じトライデントの魔石だ。」
「オブシディアンだって負けてないし!」
不毛な争いを始める二人を横目に返してもらってないという言葉に疑問符を浮かべる。
おかしいな。
確かに封筒に入れてポスト投函したはずなのに、ネックレスもピアスも元の位置に戻ってきている。
小さい頃から付けていたそれらは違和感なく収まっているが、何だか重量を増したような。
気の所為だろうか。
「…何か気になるか。」
「重くなった気がして。」
「強化したからかな?」
「…首が辛いとかないか?重力かければ楽になる。」
「そこまでじゃないよ。それより、これ返さないと。幼い頃に貰ったとはいえ、今は最高位の魔法使いって言われてる存在。私みたいな凡人が持っているのは勿体無すぎるよ。」
「ん?二度と外せないから大丈夫!」
「二度と外せない?それってどういう意味?」
「…呪いを掛けた。」
「そ。俺から逃げられないようにって。」
「そんなことしなくても私は二人から逃げたりしないけど。」
「「っ。」」
「?」
「ナタリィ、好き!大好き!」
がばりと抱きついてきたウルフラムの背中に手を回してぽんぽんと叩いてみれば首筋に顔を埋めたまま擦りついてきている。
何だか親になった気分だ。
抱きつく癖は今も変わらないのかと思うと安心している自分がいて、少し驚いた。
最高位の魔法使いで、自分とは身分に天と地の差があることは理解している。
だからこそ適切な距離を保つつもりで使った敬語。
結局は意味を成さなかったが、彼らが望んでくれる間は昔みたいに一緒にいてもいいのだろうか。
以前、ガルシアが言っていたようにいつか本当に離れなければならなくなった時、笑顔で迎えられるように。
その心構えだけはしておこうと小さく心に決めるのだった。