6. 魔石
城下町にあるパン屋の二階。
風通しがいいようにと開けられた窓からそっと中に入ると小さな寝息を立てて眠る彼女の姿が見えた。
毎日見ていたとはいえ、近くで見るのは久しぶり過ぎて緊張しているのがわかる。
それにしても返されるとは思ってもみなかったと大きなため息を溢しながら手の中にあるそれに様々な魔石を同化させていく。
最高位の魔法使いだと崇められる存在になったことで開いた距離。
正直、位などに興味は欠片もない。
それでも魔力量を存在価値とするこの国に住んでいれば否応無しに求められる。
本当に面倒だと溢しながらナタリィの手当された頬のガーゼを外せば、残りそうなほどくっきりと付いた傷跡に手加減したことを後悔するほど怒りが込み上げてきた。
高位治癒魔法を唱えれば傷跡は残ることなく綺麗に治っていくのを見て安堵の息を吐く。
強化の終わった魔石を手にまた外されても困ると少し考え、何かを思いついたようだ。
「…二度と外せなくなるけど、怒らないかな。」
そっと魔石にキスをしてから彼女の首に付ければ、複雑な文字が浮かび上がり消えていく。
彼女はまだ自分の魔石を渡すということの意味をわかっていないのだろう。
だから封筒に入れて返すなんて酷いことができるんだと再びため息をこぼしていると窓からもう一人入ってくるのが見える。
銀色の短髪に金色の瞳。
長身の彼はにんまりと笑みを浮かべており、犬歯がよく目立つ。
「…ウルフラムか。」
「え?アントニオも返されたんだ。面白っ。」
「…他人事みたいに言うな。」
「いやー外された瞬間すぐにわかったくらいショックだった。」
「…そうだな。」
「で?何で外せない呪い掛けてるの。受け入れるかどうかはナタリィの意志だろ。」
「…そういうお前もそのピアスに掛けているのは何だ。」
「あれ、バレてた?」
ペロリと舌を出しながら眠っている彼女に近付くとピアス嵌められた魔石にキスを落としてから左耳にそっと付けていく。
複雑文字が浮かび上がったことに満足気な表情をしてから少し離れた位置の壁に凭れ掛かった。
「俺そろそろ限界なんだよね〜。ナタリィの居ない学園生活なんてクソほどつまらないし。」
「…同感だ。」
「それでさ、あのゴミに提案してみたわけよ。ナタリィを入学させられないかと思って。」
「…。」
「そしたらダメだって言うんだ。」
「…だろうな。」
「だから城の半分壊してきた。」
「…は?」
「そしたら陛下がOKって。最初から言えよって話だよね。」
「…それは脅しと言うんじゃないか。」
「ん?どの口が言うのかな〜。お前も人質取ってたくせに。」
「…記憶にないな。」
「まぁいいけど。それでさ、今から学校の寮まで連れてっちゃおうかと思ってるんだけどいいかな。」
「…両親の許可がいるだろ。」
「取ってあるよ。驚かせたいからナタリィには内緒にしてもらってるけどね。」
「…相変わらず用意周到だな。」
「というわけでしゅっぱーつ!」
パチンっという音ともに景色が変わっていくと広々とした豪華な作りの部屋へと移動していく。
眠っているナタリィはいつの間にかウルフラムの腕に抱かれ、気持ち良さそうに暖を求めて胸にすり寄ってくる。
「…変われ。」
「ヤダよ。OK貰った俺の特権!」
「…そんな特権はない。」
揉めながらも広いベッドに彼女を寝かせば冷たい布団に寒くなったのか小さく丸まってしまった。
「…炎。」
暖炉に向け呪文を唱えれば、薪に火がつき部屋の中を暖めていった。
彼女が目を覚ますまでここにいるようでソファーに腰掛けるアントニオに促されるように窓際の椅子に腰掛けたウルフラム。
視線はナタリィに向けられているが何か気になることがあるようで口を開いた。
「そういや、ここの部屋。ドレスとか装飾品が最初から相当量用意されてたんだけど。どういうこと?」
「…。」
「無言ってことはアントニオの仕業なわけね。どこから情報を得たんだか。俺もナタリィの似合いそうなドレスたくさん買ったのに入らなくて困ってるんだから。」
指で示す先には天井まで積まれた箱の数々。
買いすぎだという突っ込みを入れかけたが、ウォークインクローゼットから見える色とりどりのドレスに人のことは言えないと口を閉じる。
「ナタリィ、何ていうかな。久しぶりだから忘れてるなんてことないよね。」
「…どうだろうな。」
「えー!もし誰とか言われたら俺泣いちゃうかも。」
そんな事を溢しながら彼女が目を覚ますのを今か今かと待ち望むのだった。