5. 成長
月日は流れ、あれから10年。
ガルシアの言葉通りアントニオとウルフラム。
そしてフランシスは国で最高位の魔法使いとして崇められ、ここ数年は会うこともなくなっていた。
私はパン屋の娘として特に変わり映えのない日々を過ごしている。
少し変わったことといえば、今まで城下町だけだった配達が隣町にまで足を伸ばすようになったくらいで。
今日もまたいつも通りバスケット一杯のカンパーニュを手に歩き出した。
朝日が出たばかりのこの時間はまだ薄暗いが隣町につく頃には明るくなるだろうと鼻歌を歌いながら城下町を出ていく。
近くを流れる小川は透明度が高く、自然と共存するこの世界はとても美しい。
舗装されてはいないが綺麗に整えられた道に沿って歩けば迷うことなく辿り着くため、少し肌寒い季節になってきたと感じながら進んでいく。
そろそろ見えてくる頃かと視線を遠くに向けるといきなり草むらから飛び出してきた三人組の男達。
驚いて声が出てしまったが、何の用だろうか。
「こんな時間に女一人とは無用心だなぁ。」
「身ぐるみ剥がされるのが趣味なのか?」
「それともただのバカか。」
ギャハハハと大声で笑い始めた彼らにイラッとしながらも、こんなことで笑えるなんて単純だと憐れみの視線を向ける。
「なんだァ?その目は。」
「あ、バレた?くだらないことで笑ってるから憐れみの視線向けてたんだけど。」
「なんだと!!」
「身ぐるみ剥がされる趣味だとかバカだとか、で?って感じだし。そこまで笑うほど面白くないよ。」
「お前ムカつく女だな。」
「ムカつくのはお互い様だし、用がないならさようなら。」
そそくさと彼らの隣りをすり抜けようとしたが、小型ナイフで行く手を阻んできた。
やっぱりこうなるよね。
最近山賊が多くなっているのか、本当に煩わしい。
隣町に配達するようになってからこんな目に合うのはこれで7回目だ。
そろそろ他の場所に移動すればいいのにと思うが、城下町周辺のほうが効率がいいのだろう。
さて、今日はどう逃げようかと考えているとピリリとした痛みが頬を掠めた。
「逃げようとしても無駄だぜ。次勝手な行動したらその顔に大きな傷が残ることに…っ!」
彼の言葉は目の前に現れた巨大な火の玉に遮られ、最後まで言うことが出来なかったようだ。
かという私もこんなもの出せるわけもないので、何が起きたと発生源を探すべく視線を彷徨わせてみる。
魔力感知能力があればすぐに見つけられるのだろうが私には無理かと早々に諦め、今のうちだと隣町へと走り出した。
「待て、コラ!」
「…待てはお前らだ。誰の物に手を出したか理解してないだろ。」
火の玉から出てきたのは赤茶色の短髪にオリーブ色の瞳。
怖いほど冷たいその表情は彼らを怖気づかせるのには十分だった。
逃げることに夢中でそのやり取りに気付いていなかったナタリィだったが、胸元にあるトライデントの魔石が強く震え出したことでまさかと振り返ってみる。
遠くて見にくいが長身の男性が三人組と話しているようだ。
思い浮かんだ人物か確かめるべく元来た道を戻ってみたが、辺りが眩しくなったのと同時に彼らの姿は跡形もなく消えていく。
「…今のは。」
アントニオ?
そう言いかけた言葉を飲み込んだ。
以前ガルシアが言っていたように小さい頃一緒に過ごした二人は私の手の届かない存在になったのだから気軽に呼び捨てなどしてはいけない。
彼らの魔石。
国から新しい魔石を付与されたと聞いて返さないまま何年も経ってしまったが、そろそろ返すべきだろう。
さっきの幻覚は完全に断ち切れていない私の想いから見えたものかもしれない。
そんなことを考えながら隣町への道を歩き出した。
いつも通り配達したつもりだったが、顔に出来た刃物傷を忘れていたため、配達先に相当心配をかけてしまったと申し訳ない気持ちになりながら家路を急ぐ。
城下町や隣町に住む凡人に治癒魔法などという高度なものは使えないが、薬草を練った傷薬で丁寧に手当されたため問題ない。
帰宅すれば、両親に何があったのだと問いただされたが、近道をしに入った草むらで切ったと言えば納得したようだ。
自分の部屋に戻ると首にかけていたネックレスと左耳のピアスを外して別々の封筒に入れていく。
何か書くべきかとも思ったが、見ればわかるだろうし不要ならこの魔石は壊されるのだろう。
そもそも城内に専用の部屋が割り当てられた二人は城下町の家に帰ってくることは殆ど無いと聞いたから返されていることも気付かないのではないだろうか。
封をして階段を降りるとお店に来たお客さんと談笑する両親の声が聞こえてくる。
「ナタリィ、どこ行くの?」
「ちょっとそこまで。すぐ戻るから。」
そう言って外に出るとすぐ隣の魔石屋のポストを目指した。
隣国に呼ばれているとかで数日前からガルシアが不在のため臨時休業という札が掛けられている。
そっとポストに入れてから次なる目的地、サイフォン宅である花屋を目指した。
小さい頃は遠く思えたそこも5分も掛からなくなったことに成長したんだとしみじみ感じている。
ウルフラムの母に渡すのが本当は良いのだろうが、久しぶり過ぎてどう声を掛けていいかわからない。
それならばと彼女が作業をしに中へ入った隙にそっとポストに入れて逃げるように家まで走っていく。
なんだか悪い事をしているみたいだと一人笑いながら扉を開けると両親の笑顔が見えた。
確かに二人と接点はなくなってしまったけど、平凡な毎日でもこの生活には満足しているのだから問題ない。
そんなことを思いながら片付けを手伝うべくキッチンへと移動するのだった。