25. 捻くれた恋心と執着心
ガルシアから話を聞いていたとはいえ、初日はフランシスだと告げられ驚いた。
魔力の少ない存在は価値がないという考えを持つ彼にとってナタリィなど論外の存在で。
乙女ゲームのシナリオ通りヒロインと仲良くなって貰わなければ困る。
物語に一瞬たりとも出てこない少女に転生したのだから、恋愛対象にならないのは必然。
だからこそこの状況は全く嬉しくない。
もちろんアントニオやウルフラムから向けられる感情にも戸惑いはあるものの、彼らは最高位の魔法使いとはいえゲーム内では殆ど出番のない存在のため、幼馴染として問題なく今まで過ごしてきた。
平穏とは程遠い生活になりつつあるが、今回の件が落ち着けばまた今まで通りに戻れると期待していただけに少し戸惑っている。
とはいえ、ガルシアと彼等が話し合いで決めたというのだから拒否権はな与えられていないのだろうと連れられてきたのは城の書室で。
二人っきりになったものの会話などあるはずもない。
黙ったままの彼に小さく溜め息を溢すと明らかにびくりと身体が飛び跳ねたのが見えた。
なんだか私が悪者みたいだ。
「…僕の事、嫌いなんだろう。」
「え?」
「…君を傷付けていた自覚はある。」
「私を嫌っていることは存じていますが、その言動で傷付いたことはありませんよ。」
「そうなのか?僕はただ、アントニオと君の関係が羨ましかったんだ…。城から見える彼はいつも楽しそうで。僕の周りには王子の肩書に取り入ろうとする奴らしかいない。」
「え?アントニオ楽しそうでしたか?無表情で感情を表に出すようなタイプではないと思いますけど。」
「僕に対してはそうだけど、君の事になると感情が剝き出しになるだろう。だからずっと気になっていてね。あの日、ケラウノスをわざと落としたんだ。君が拾うようにな。」
「あれ…わざとだったんですか。」
「そうだ。君が来るのをとても楽しみにしていたんだが、とても冷たい表情しか見せてくれなった。あれでも結構傷付いたんだ。アントニオに見せる笑顔を僕にも見せてくれるんじゃないかって勝手に期待していたからな。」
「アントニオとは幼馴染だからです。フランシス様とお会いするのは初めてでしたし、緊張していただけで傷付けるつもりは… 。」
「ああ、わかっている。そもそも僕の態度が悪い。だからもう一度最初からやり直したい。」
「最初から…?」
「僕の名はフランシス・ディル・カーネリア。カーネリア王国第一王子だ。好物はパンで嫌いな食べ物は小麦粥だな。好きな女性のタイプは…。」
「ちょ、ちょっと待ってください。最初からってそういうことですか?」
「そうだ。好意を持っている相手に自分を知ってほしいと思うのは当然の事。」
「好意って…私にですか!?」
あまりにも驚きすぎて大きな声を出してしまった。
乙女ゲームのシナリオはどうなっているんだと心で叫びながら真面目な顔で頷く彼にため息が出そうになる。
ヒロインがフランシスのルートを選択していなかったとしてもその場合はどこかの王女と婚姻するような内容をエンディングで見たはず。
何を血迷っているんだと諭したいところだが、暫くは様子を見た方が良さそうだ。
最初から拒否したりするとまた城を破壊するような事態になりかねない。
そんな事を考えているとノック音が聞こえ、メイド服を着こなした綺麗な女性がティータイムの準備が整ったことを伝えに来たようだ。
隣の部屋に移動すれば、色とりどりのケーキが並べられ、二人で食すには些か多いような気もするが甘い物は別腹精神の私にはちょうどいい。
「君は甘い物は好きか?僕の気に入っているケーキ屋のものだが、苦手であれば別のものを用意しよう。」
「甘い物は好きなのでこのままで大丈夫です。」
笑顔でそう言えばそっぽ向かれてしまったが、機嫌が悪いわけでは無さそうだ。
とりあえず取り分けられたケーキを口に含もうとフォークで切り分けていたのと同時に扉が勢いよく開くのが横目に見え、壁に当たりどんっと鈍い音が聞こえてくる。
焦った表情をしたガルシアが視線を彷徨わせ、目があった瞬間走り寄ってくると腕を取られ何処かへと連れて行かれた。
突然の事に唖然としていたフランシスだったが、我に返ったようで直ぐ様彼を追いかける。
向かった先は城の裏庭で昨日まで綺麗に花々が咲き乱れていたはずのそこは真っ黒に染まっていた。
「…これは…?」
「…アントニオだよ。」
「え?」
「邪魔しないようにと忠告したんだけど、こうなるとは予想外だったな。」
中央に座り込んだまま一切動かない彼だが、その周りから溢れる黒い何かが辺り一面に広がったことでこの惨状らしい。
寂しいと背中が語っているのが見え、アントニオらしいと一歩踏み出すと黒かった地面がもとに戻っていく。
彼の真後ろにたどり着き、そっと手を置いてみるとやっとこちらに首を動かしてくれたようだ。
「俺…邪魔してないよ。」
「うん、そうだね。」
「…ナタリィに会いたかったけど…ちゃんと我慢してる…。」
「ふふ。」
「…あと4日我慢すれば…いい。」
「ここで?風邪引くよ。」
「…別にいい。」
「アントニオって偶にそういう事あるよね。ちゃんと自分の身体も労らないと。」
「…知らない。ナタリィが居ないなら…俺の身体なんて…どうなっても良い。…周りがどう思っても…ナタリィさえ居るなら…興味ない。どうしたら…伝わる…?俺はナタリィ…だけだよ。…幼い頃からずっとそうだ。…他がどうなっても…何も感じない。…ナタリィ以外、居なくなればいいのに。」
縋るように抱きついたアントニオは独白のように呟いたその言葉に苦笑しながら落ち着かせるように優しく背中を撫でる。
「執着心…か。」
「今日は僕の番だと思うのですが…。」
「ごめんね。でもこのまま魔力を放出し続けると困ったことになるから仕方なく…だよ。」
「父親なら子供をしっかり管理してください。」
「無理無理。ナタリィちゃん以外の言うことなんて聞く耳持たないし。あの状態なら父親か他人かの区別が出来ているのかすら怪しいね。」
「貴方程の魔法使いなら力で捩じ伏せられるのでは?」
「アントニオが大人しく捻じ伏せられてくれると思う?」
「それは…確かに。」
「殿下も知っての通り、アントニオは異常な程ナタリィちゃんに依存と執着をしているから無理に離したらこうなるよ。」
腕捲くりをしたガルシアの皮膚に見えた黒い痣。
それは未だ蠢いている。
「死の呪い…ですか。」
「そう。抑えているから問題ないけど、普通の魔法使いなら全身に広がって命を落としてるね。」
「いつ、されたんですか?」
「アントニオが8歳くらいのときかな。仕事の関係で他国に出張が多くなってね。幼い子供を家に放置するのは親としてよくないと向こうに家を借りて移住しようかと考えていたんだ。その話をしたらとても怒らせてしまってね。最初は相談をせずに決めたことに対して怒っているのかと思っていたけど、ナタリィちゃんとはさよならしようって言葉を伝えた途端すごい力で腕を掴まれてさ。呪いの印が現れたときにやっと悟ったよ。理由はこれだったんだとね。あれから何年も経つのに未だ解いてくれないんだから、アントニオは相当根に持つタイプだよね。」
カラカラと笑いながらそういう彼に流石、アントニオの父だとフランシスはどん引きしながら二人を眺めていた。
短い時間ではあったが、ナタリィと二人っきりで話すことができたのだから最初はこれくらいで納得しておこうと自分に言い聞かせ小さくため息を零す。
「ねぇ、アントニオ。」
「…ん。」
「私を大切にしてくれているのはとても嬉しいよ。でも、こういうのはどうなんだろう。」
「…怒ってる…?」
「そうじゃなくて、アントニオには私以外にも目を向けてほしいなって。幼馴染みとしては他の女の子…。」
話している途中でいきなり口を抑えられ、そのまま彼から引き離された。
焦った表情のガルシアによってそれは禁句と告げられる。
「…ナタリィは…俺、要らないってこと…?」
「ち、違う!要らないとかじゃなくて、ほら。幼馴染みっていう立場だからって私ばかりアントニオを独占してたら…。」
「いいよ…独占して。」
「そ、そう?」
「うん。それより父さん…いつまでナタリィの手触ってるの…?もしかして喧嘩売ってる…?俺…今、いらついてるから…父さんでも…許せないけど。」
「そんなに怒らないでよ。ナタリィちゃんのことは娘のように思っているだけで、他意は無いんだから。」
「…他意とか関係ない。…触るなって言ってる。」
鋭い視線を向けると自分の元へと引き込み、隣に収まれば機嫌は少し戻ったようだ。
初日からこれでは本当に先が思いやられると深い溜め息を零すのだった。




