20 . 子守唄と魔獣
あれからトルシェに促されるまま彼の部屋のベッドに座らされると太ももに頭を預け目を閉じてしまった。
まだ魔力不足による影響が残っているのかもしれない。
彼の目元に掛かっている髪を軽く払いのけてから母から教えてもらった子守唄を口ずさんでみる。
これは子供を寝かしつけるという意味だけでなく、身体を休める手助けの効果があるとか。
本当かどうかはわからないが、魔法が使えるこの世界では有り得る話だ。
「…懐かしい唄。」
「眠れない夜に母がよく歌ってくれたんです。」
「…俺の母上もだ。」
「優しいお母さまだったんですね。」
「…そのせいで亡くなった。」
ごろりと寝返りを打つと身体に手を絡め、小さくため息を吐いた。
そんな彼に簡単に掛ける言葉など見つかるはずもなく、そっと髪を撫でていると寝息が聞こえてくる。
近くにあったブランケットを掛ければ気持ちよさそうな表情が見え、それを眺めながらこれからのことを考えようと小さく息を吐いた
この世界の主人公であるクレアは誰とのルートを選択しているのだろうか。
アントニオ、ウルフラム、テレンスは攻略対象外のため除外するとして、トルシェの可能性は十分にある。
もしそうだとすれば、物語に出てこない配役だったとしても私という存在は邪魔なはず。
悪役令嬢のような断罪はされないだろうが、今回の出来事で既に大罪人と呼ばれているのだから変わらないか。
現状に何故こんな事になったのだと頭を抱えたくなったが、過去を思い出して後悔したところで意味はなく。
とりあえず、流れに身を任せる他ないのだろう。
そんな事を考えていると目の前に見知った姿が現れた。
「…何してるの。」
「なんだ、戻ってきたのか。」
先程まで眠っていたはずのトルシェは目を閉じたままそう言うと当然のように太ももに顔を埋める。
それを見た彼は身体に濃い魔力を纏い始めた。
「アントニオ?…どうして戻ってきたの?」
「…どういう意味…?戻ってきたらダメだった…?」
「ごめん、そういう意味じゃなくて…。暫く戻ってこないと思ってたから。」
「…俺がナタリィの側を長く離れるはず無いよ。」
口元に笑みを浮かべたアントニオはそう言うといつの間にか背後に移動しており、優しく抱き込まれた。
この状況に困惑していると轟音が響き渡り、その音と共に魔獣姿のウルフラムが入ってくる。
「ナタリィ?何で背中と足にゴミ乗せてるの?それ全部、俺専用の場所でしょ。」
部屋ギリギリの大きさにまで身体を変化させると二人を無理矢理押しのけ、ナタリィを包み込むと開いていた扉から押し出してしまった。
「アントニオにトルシェ皇子まで…。ウルフラムは年下なんだから、あまり虐めちゃダメだよ。」
テレンスと共に戻ってきたガルシアは呆れたように二人を咎めるが、気にした素振りはない。
視線を遠くに外し、壁に背を預けたまま腕を組みこの毛むくじゃらをどうしてやろうかと思案していた。
そんな二人を他所にテレンスはどこからか中に入れないかと模索しているようで、扉をすっぽりと覆う毛を眺めている。
「それには触れないようにね。ナタリィ以外が触れると感電する仕様だよ。しばらくそっとしておいてあげよう。」
不服そうな顔をしている三人にそう言うと別の部屋へと促したが、彼らに動く気はなく。
諦めたガルシアは背中を壁へと預けた。
その頃、大きな顔を押し付けられたままのナタリィは最初こそ困ったような表情を見せていたが、柔らかな毛並みを堪能しているようだ。
「ウルフラムはふわふわだね。」
「…ナタリィ。」
「ん?」
「…俺のこと怖くない?」
「え、なんで?」
「…魔獣…だから。」
「そんなこと気にしてたの?魔獣って言っても銀狼でしょ。知らない魔獣に襲われるとかなら怖いかもしれないけど…。」
「襲わせたりなんかしない!!ナタリィを襲う魔獣が居たら俺が全部喰う!!」
「うん。私を守ってくれるんだよね?そんなウルフラムのことを怖がるはずないよ。そもそも魔獣でも魔獣じゃなくてもウルフラムはウルフラムだから私の中ではあまり差はないかも。」
「…じゃあさ、ずっとこの姿でもいい…?」
「えっと、流石に部屋から出られないのは困るかな…なんて?」
「…やっぱりだめ…?」
「この姿のほうがいいの?」
「…今までは魔力纏って人の形を維持してただけだもん。」
ぐりぐりと顔を押し付けながらそういうウルフラムは拗ねてしまったらしい。
彼にとって人であることはそれだけで魔力を纏っている状態のようだ。
「ならウルフラムの楽な方でいいよ。でも部屋いっぱいの大きさでずっといるのは困るから適度にしようね。」
「わかった!大きくなるのは寝るときだけにする!」
人間の姿じゃなくても満面の笑みを浮かべているのだろうとわかる表情をした彼はブンブンと音を立てながら尻尾を振っているようで城が揺れているような気がする。
そんな事を考えながらしばらく小さくなる気のないウルフラムをどう説得しようかと思案するのだった。




