2. 配達
あれから家に戻ると心配していた両親に抱きしめられ、どう反応すれば正解なのだと頭を悩ませることになった。
見た目は6歳の可愛い女の子だが、中身は元アラサー。
大切にしてくれるのはとても有難いが、可愛げの欠片もない対応しかできないことに申し訳なく思っていたりする。
「今日の配達は私が行こうかしら…。」
「お母さん、大丈夫だよ。昨日は遠回りしたけど、今日はこの後アントニオのお家に遊びに行く約束してるからすぐ帰ってくるつもり!」
「遊ぶ約束がなくてもすぐに帰ってきてくれると嬉しいのだけど。」
「うん、行ってきます。」
バスケットいっぱいに入ったカンパーニュを手に扉を開けるとアントニオの姿が見えた。
「アントニオ、おはよう。」
「…おはよ。…ん。」
いきなり出された手に何だろうと首を傾げていると持っていたバスケットを奪われる。
持つという意味だったらしい。
「ありがとう。でも、店のお手伝いはいいの?」
「…いい。」
「おい、ボサボサアントニオ!お前女とばっかと一緒にいるよな。本当は女なんじゃねえの?」
「そーだそーだ。」
ゲラゲラと大声で笑うのは向かい側にある肉屋の息子二人で、何処にでもこういう子供はいるんだと呆れてしまった。
「女!その首にかけてるやつ貸してみろよ!」
さっきまでアントニオだけを見ていたように思えたが、その矛先をこちらに変更したようだ。
首にかけてるやつというのはこれかと以前アントニオに貰った藍色の小さな石のネックレスに触れると大きく頷くのが見えた。
「これは大切なものだからそんな簡単には貸せないよ。」
「なんだと!つべこべ言わずに貸せよ!」
いきなり掴みかかってきた彼らに押し倒され、ゴンっとこめかみに衝撃が走る。
何かを見て血の気の引いた顔をして離れたため、安堵の息を吐いて起き上がり額を流れる不快感に触れてみればぬるりとした感触。
指に付いた赤に出血していることを理解した。
当たりどころが悪かったのかと冷静に判断しながら立ち上がろうとしたが、横から感じる強い力に視線を動かす。
隣りにいたアントニオは可視化出来るほどの何かを纏い、その髪は風でゆらゆらと揺らめいている。
その姿に恐怖で歪んだ表情を見せる二人は強い力で吹き飛ばされていった。
何が起きているのだと理解出来ずにいるが、アントニオが暴走していることはわかる。
とりあえず落ち着かせなければと、彼へ話しかけようとしていると風に揺らめいていたはずの髪が元に戻り、強い力も一瞬にして消えていった。
今のは何だったのだろうか。
「…ナタリィ、怪我…俺のせい…。」
「アントニオのせいじゃないよ。たまたま当たりどころが悪くて出血しただけ。これくらい平気。」
「…血が出てるのに…?」
「頭は出血しやすいんだよ。切れてるわけでもなさそうだし、少し止血すれば大丈夫!それより早くパンを届けないと。」
そう言って彼を促したが、その視線は吹き飛ばした二人に向けられており、目が合うと走って逃げて行ってしまった。
そういえば、アントニオが怒るところ初めて見た気がする。
彼らが絡んでくるのはいつもの事で正直興味もなかったが、今日は虫の居所が悪かったのかもしれない。
そんな事を考えながら向かったのは花屋を営むサイフォン宅で、開店準備をしているようだ。
「サイフォンさん、おはようございます。」
「おはよう、ナタリィ。いつも配達ありがとうね。ご両親にもよろしく伝えておくれ。」
「はい。ありがとうございます。」
お辞儀をしてから帰り道を歩き始めると噴水広場で何か起きているようで人だかりができている。
「何かあったのかな。」
「…近寄らないほうがいい。」
「そうなの?」
「…こっち。」
手を繋がれ、そのまま引っ張られると細道に入っていく。
暫く歩いていると彼の家である魔石店の裏口に辿り着いたようだ。
こんな便利な道があったのかと驚いていると中へ促された。
ケースに並べられた色とりどりの魔石。
私にはただの綺麗な色の石ころだとしか認識出来ない代物だが、この世界では魔石が有する魔力を使用して魔法を使うのが一般的であり、魔石からどれくらいの魔力を引き出すことが出来るかは自身が保持できる魔力量で決まる。
もちろんただのパン屋の娘である私の魔力量なんてものはほぼ無いに等しく、母から教えられたパンを作るための魔力を引き出すだけで精一杯だ。
「アントニオ、帰ってきたの?」
「…。」
「ガルシアさん、お邪魔しています。」
「ナタリィちゃん、いらっしゃい。アントニオが迷惑かけてない?」
「全然!むしろ私が迷惑を掛けてしまっているくらいです。」
「それはないと思うよ。 アントニオにとって君は…。」
「…父さん煩い。」
「ごめんごめん。ほら、アントニオが欲しがっていた魔石。さっき届いたよ。」
ガルシアの手には翡翠色の石が乗せられており、それを受け取るとこちらへと歩いてきた。
ネックレスに触れれば彼の持っていた魔石が藍色の魔石に引っ張られそのまま同化していく。
何が起きたのだとアントニオへ視線を向けると小さく何かを呟いたようで魔石が熱を帯びるのを感じた。
同時にすっかり忘れていた額の痛みが消え、治癒魔法と呼ばれるものを掛けてくれたのだと理解できる。
「ありがとう。」
「…痛くない?」
「全く!それにしてもアントニオはすごいね。」
「…別に。」
「なるほど。ナタリィちゃんの魔石を強化したかったのか。」
「魔石の強化ですか?」
「うん。知っての通り、魔石は単体でも魔力を保持しているけど、同じ系統の魔石であれば強化して保有魔力を増やしたりすることができるんだよ。強化というのがさっきのように魔石同士を同化させることをいうんだ。ただ、媒体になれるのは特殊な魔石でナタリィちゃんのそれはトライデントの魔石といわれていてアントニオが魔法を最大限に利用できるものなんだよ。」
「それならアントニオが持っていたほうが良いんじゃないかな。特殊な魔石でも私には何も感じられないし。」
「…。」
「ふふふ。ナタリィちゃんにはまだ早いか。」
何か気に触ることを言ってしまったようでそっぽ向いてしまったアントニオと楽しげに笑うガルシアに首を傾げながら、何か忘れている設定があったかと思い出していると店の扉が開く音が聞こえてきた。
「いらっしゃい。小さなお客さんだね。何をお求めかな?」
銀色の髪に金色の瞳。
ツリ目ゆえにきつい印象を受けるが、まだ子供だ。
キョロキョロと彷徨わせていた視線が交わると満面の笑みが浮かべられた。
「ナタリィ!」
駆け寄ってきた少年はそのまま抱きついて来る。
その光景に隣から怖いオーラを感じる気がするが気のせいだろう。
「ウルフラム?なんでここに?」
「母さんからここにいるって聞いた。どうして待っててくれなかったの。」
「…誰それ。」
「アントニオは会うの初めてだね。サイフォンさんの息子でウルフラム。配達の時、たまに遊んでるんだ。」
「ナタリィに魔石渡したのはお前か。」
「ウルフラム、アントニオは私より年上だよ?お前はだめ。」
「はーい。」
「確かにこの魔石はアントニオから貰ったものだけど、それがどうかしたの?」
「なら僕のも貰ってよ。おじさん、これピアスに加工して欲しいんだけど。」
「オブシディアンの魔石とは珍しい。なるほど、君は…。」
「それ以上は言わなくていい。出来るんだよね?」
「勿論だよ。ただ、アントニオが許すかどうか…。」
ちらりと視線を向けると怒りを抑えている息子の姿が映り小さく溜め息を零す。
母を早くに亡くしたことで感情の薄い子供に育ってしまったが、隣に引っ越してきたナタリィと出会ってからは見違える程感情豊かになった。
周りから見れば無表情に見えるようだが、父である彼にはわかるのだろう。
嬉しい気持ちはあるものの、相変わらずナタリィ以外に心を開かないため少なからず心配もある。
特にこういう状況は好ましくないのだが、これもまた成長の過程かと受け取った魔石を加工するべく手を動かし始めるのだった。