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16. 不安とパン作り

あれから騒ぎが収まるまでこちらに来てはどうかと提案したトルシェとガルシアに促され、アンバード城に暫く滞在することになった。

それは私がまだ石化の影響を受けていて、あまり自由に動くことが出来ないことへの配慮だろう。

トルシェの優しさに感謝しつつ、あてがわれた広い客室のベッドで彼がおすすめだと言っていた本でも読もうと表紙を開いたが、目の前から感じる視線に大きなため息が溢れた。

アントニオとウルフラムはあの一件から機嫌を直してくれたようで、始終上機嫌のまま過ごしているというのに…。

正座をしたまま膝に置かれた拳は血が滲むほど強く握られ、不安そうな顔のままこちらをまっすぐ見つめている。


「…。」


「どうしたの?」


「…別に。」


「テレンス。話してくれないとずっとこのままだよ?それでもいい?」


「…嫌。」


「なら、話してみてよ。アントニオとウルフラムにはお使い頼んだから暫く帰ってこないし。二人でゆっくり話せるよ。」


その言葉に意を決したのか、やっとその重たい口を開いた。


「…僕は…アントニオやウルフラムみたいに逸脱した存在じゃない…。だからナタリィの一番になれないのは分かってる。…でも、僕だってちゃんと…。」


「ちゃんと?」


「心からナタリィを想ってる!…でも、君は…。」


そう言って俯いた彼からキラリと光る何かが落ちるのが見え、なるほどと理解する。

あの時は二人を止めるための手段としてのキスをしたのだからと自分の中では優劣をつけたつもりはなかったが、テレンスから見れば自分だけ好かれていないと感じたのだろう。

悔しげな表情とそれを言ったら嫌われるんじゃないかという不安が入り交ざった表情をしていたのはそのせいだったのかと納得してからそれならばと彼の頬にそっと手を添えてみる。

紫の瞳が見え、ぎゅっと引き結ばれた唇は赤く染まっていた。


「…手も唇も血が出てるよ。自分を傷付けないで。」


「…だって、ナタリィ…っ。」


言葉を塞ぐように軽くキスすると揺れる瞳が見開かれて握られていた拳は背中に回されたようだ。

良かったと安堵していると彼の額が肩口に乗せられぐりぐりと押し付けられる。


「…ナタリィは僕のことも好きでいてくれる…?」


「もちろん。」


「…良かった…。」


その声とともに小さな寝息が聞こえ始め、やっと眠ってくれたと小さく息を吐いた。

アントニオとウルフラムの暴走が収まってすぐ、アンバード城に来た私達とは違い、王国騎士団長の子息である彼は国に招集され暫く身動きが取れない日々を送っていたようだ。

3日前に会った時にはこけた頬と濃い隈が印象的で、食事と睡眠を疎かにしていたことの証明のようだった。

それからも今日まで食事も睡眠も取ることなく、ただ黙ってこちらを見ているのだ。

そんなことでは身体が持たないと心配になり、二人にお使いを頼んだこのタイミングで声をかけてみたが、眠ってくれて良かったとベッドへ寝かせてみる。

少し緩んだ抱擁から抜け出そうと身動ぎしたが、手を捕まれているため無理かと諦めた。


「…何してるの。」


「お帰り。」


「…ただいま。それで…?なんでテレンスが抱きついてるの。」


「たまには良いんじゃないかな。アントニオは昨日も横で寝てたでしょ?」


「…俺はいいの。」


「ナタリィ!!頼まれたものちゃんと買ってきたよー!褒め…ってなんでテレンスがベッドに居るの!ズルい!」


遅れて入ってきたウルフラムも言葉は違えど同じようにテレンスと一緒に寝ていることが気になるようで、持っていた荷物を振り回している。


「ウルフラムも昨日寝てたんだからたまには…。」


「関係ないもーん!今してほしい!」


ピョンと軽い身のこなしでベッドに飛び乗ると荷物を地面に下ろし背中側から抱きついてきた。

行動力のあるウルフラムを鋭い視線で睨んでいるアントニオは小さくため息を溢して近くにあった椅子に腰掛ける。


「…ウルフラム、邪魔。」


「そんな事言われても変わらないしー。」


「…ッチ。」


「ナタリィ。」


「ん?」


「お使いの物、全部買ったけど何するの?」


「ふふ。それは出来てからのお楽しみかな〜。」


「…トルシェから許可もらったの。まだあまり動かないほうがいいって聞いた。」


「そうだよ!無理して倒れたら…。」


「私がそんなか弱い人間に見える?無理するつもりはないから大丈夫だよ。」


そんな話をしていると座っていたはずのアントニオも痺れを切らしたようで、枕をどけて寝そべり始めた。

何が楽しいのか。

頬を緩ませながら寝癖の付いた髪をくるくると指に巻き付けている。

眠気など無いはずだったのに気付けば深い眠りについていた。

目を覚ますとベッドには既に誰の気配もなく、暗くなった部屋はサイドテーブルのダウンライトのみで照らされている。


「…長い時間寝ちゃったみたい。」


地面に足をつけてからぐーっと身体を伸ばして固まった身体を解しゆっくり立ち上がった。

今は大丈夫そうだ。

その時によって違う自分の状態に石化の影響の面倒くささを感じているものの周りのサポートもあって快適に過ごせている。

二人に買ってきてもらった材料は机に並べられており、すべて揃っていた。

近くに置かれた袋に詰め込んでから部屋を出ると廊下はシーンと静まり返っている。

時間の感覚がなかったが、真夜中のようだ。

もう一度寝る選択肢はないため、トルシェから聞いた使われていない厨房を目指す。

そう。

二人に買ってきてもらったのはパン作りの材料だ。

彼らのように魔力量はないが、幼い頃から当たり前のようにしてきたパン作りにはそれなりに自信がある。

日々カーネリアの事で忙しくしているトルシェや城の兵士の人達に何かお礼をしたいと思っても、私に出来ることは限られていて。

テレンスのお父さんにも気に入ってもらえたパンであれば少しは喜んでもらえるのではと思った。

思ったのだけど、これこそ迷惑だったりしないかな。

少し不安になりつつも使ってないと言っていたが、綺麗に保たれた厨房へと入っていく。

必要な調理器具は全て揃っているようで、材料を並べてから手を洗って準備を済ませ手際よくパン生地を作っていった。

少しずつ魔力を練り込み、少しでも回復できるように願いを込めて丁寧に仕上げれば両親と同じようにとはいかないが、納得できる出来栄えだ。

予熱しておいたオーブンに天板に並べておいたパンを入れていけば40分ほどで完成する。

たくさん種類があったほうがいいかと色々作りすぎたようで焼くのに暫く時間が掛かりそうだと張り切りすぎた自分に苦笑しながら持ってきていた本を読みながら焼き上がるのを待つのだった。

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