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門徒侍(三河1563)

作者: 銅大

 矢作やはぎ川のほとりに深いほりさえぎられ高いへいに囲まれた寺がある。本證ほんしょう寺だ。

 寺の頑丈な門の前には俵を背にくくりつけた馬の列が並ぶ。

 行列の警備をするのは若い武士だ。背に笹竜胆ささりんどうの旗を立てている。


石川いしかわ源五郎げんごろう秀政ひでまさ! 松平七庄の干籾ほしもみを届けにきた! 開門せよ、開門!」


 声に応えて門が開く。

 秀政は最後尾で中に入る馬を見届けてから自分も続いた。

 寺内には彼と同じ門徒侍けいびいんが何人も行き交っている。


「えらく物々しいな」


 無精髭が残る顎をなで、秀政がつぶやく。

 出迎えにきた僧形そうぎょうの男が笑った。


「兄さんだって、物々しいよ」


 僧の名は覚俊かくしゅん。秀政の弟である。


「この背旗せばたか? 蔵から一張羅いっちょうらをだしてきた」


 兄の源五郎げんごろう秀政ひでまさが甲冑をガチャといわせる。

 秀政の背に立ててあるのは家紋の笹竜胆ささりんどうがはいった旗だ。

 石川一門は数が多い。家紋と旗は祖父が新たな家を起こした時に本家から拝領したものだ。


「どうだ、格好いいだろう。寺内町のお勤め(セコム)では目立つようにしろと父さんにいわれてな」


 三年前まで三河は今川の領国だった。

 三河は今川と織田の戦いの最前線である。

 戦いといっても、日常的に殺し合うわけではない。

 互いに城をたて、陣取りをするのだ。

 城には兵を集め、互いに威嚇しあう。

 桶狭間の戦いも、そうやって始まった。今川方が支配する大高おおたか城の周囲に織田方が砦をいくつも築いたのだ。

 三年前に元康は三河衆を率いて大高城に兵糧を運び込んだ。

 元服したての若き源五郎も三河衆のひとりとして兵糧入れに参加している。


「おかしいとは思ったんだ。砦からは鯨波ときの声ばかり聞こえてきて、矢も鉄砲も飛んでこなかったからな」


 三河衆も砦に向かって鯨波ときの声を返して威嚇の応酬をし、意気揚々と兵糧入れを終えた。


「ところが待てど暮せど本隊がこない。そうこうしてるうちに城に治部大輔よしもと様が討ち取られたとの知らせがきて、皆で大騒ぎよ」

上総守のぶながの罠だったってこと?」

「どうだろうなぁ……あの日は罠かけるほどの時間がないだろ。どっちにも」


 義元が沓掛くつかけ城を出たとき、信長はまだ清州きよす城にいた。

 双方がほぼ同時に動いたのだから手のこんだ罠を仕掛けたとは思えない。

 信長がぎりぎりまで出撃を待ち、義元に自軍の情報を与えなかったこと。それが信長の罠であったといえる。

 そして桶狭間周辺は地面がうねって起伏が多く見晴らしが悪い。


 ──横合いから眼の前の敵に全力で一撃をかけ、勝っても負けても逃げる。


 桶狭間における信長の事前の計画はこの程度であったといえる。

 単純で、明解。

 義元の首級を取ろうなどという運頼みはハナから盛り込まれていない。


「だろうねぇ。わかるよ」


 覚俊はうんうんとうなずいた。

 覚俊は寺では年貢の輸送担当だ。年貢の輸送には馬を使う。馬には秣がいる。だから覚俊は年貢を運ぶ前に街道沿いに連絡をまわして馬の秣を積みあげさせ輸送中に秣が不足しないよう手配りをしている。かなりの手間だがこのひと手間がなければ輸送が滞る。

 毎年のことでさえこれだ。行き当たりばったりな計画がうまくいくとは、とても思えなかった。


「だけど上総守のぶながの強さはホンモノだぞ」

「うん」


 桶狭間は偶然に拾った勝ちだが、信長はそれを最大限に利用した。

 元康は信長と和平を結び、氏真と敵対する。

 元康は敵味方を曖昧にして信長とも氏真とも敵対しない道を選べたはずだが、桶狭間の鮮やかな勝利の後ではそれは悪手だった。

 当主を討ち取られ面子を潰された今川はなんとしても織田に一矢報いる必要があった。そのため氏真は一門となった元康と三河衆をすり潰す覚悟も決めていた。

 すり潰される元康としてはたまったものではない。義元ちちには恩があるが氏真むすこに対してそんなものはない。

 なにより、自分の配下にある──ことになっている──三河衆が納得しない。


「あれだけ威勢を誇った治部大輔よしもと様が討ち取られたんだ。殿がいまがわを見限って、西おだについたのは、当然ってものだ」

「だよねえ」


 武士にとっては所領こそが家の根幹にある。

 所領を安堵してくれる相手が弱くては安堵の意味がない。

 幼い頃から今川家で人質として過ごした元康は人の顔色をみるに敏だ。配下の三河衆が無口な腹の内で何を考えているか元康には手に取るようにわかっていた。

 元康の裏切りに氏真は仰天したが、まさにそのことが元康の裏切りが正しかったことを証明した。一門衆となり、駿府に妻子を人質に残したままの元康が裏切るなど氏真は想像もできなかったのだ。


 ──氏真ひこごろうは頼りにならない。仲介してくれた室町よしてる殿には申し訳ないが和睦はムリだ。


 元康はいみなを家康と改めた。今川との断交を決意してのことである。

 元康の“元”は烏帽子えぼし親である義元の“元”だ。

 その元を捨てて家としたのは三河をひとつの家とみなし、自らをその家長とする意味を持っていた。

 だが、戦いが長引くことで新たな問題が発生していた。


「ところで兄さん。借銭しゃくせんの話なんだけど」

「え、それはうちが払うやつか? 本家に回せない?」

「よくわからないけどムリだと思う」


 三河衆は桶狭間の前から多くが門徒侍として物流に関わっていた。

 大高城兵糧入れにも門徒侍としての経験と準備が活かされている。


「桶狭間の後で今川が撤退した後、それまでの借銭しゃくせんを曖昧なままにしてるところがけっこうあって……」

「あー……」


 源五郎も小なりとはいえ一家の惣領そうりょうだ。戦となればそれなりの手勢を率いて参陣するし、食わせる飯の準備は主人の仕事だ。


十代じゅうだい様が兄さんに念を押しとけ、って」

「父さんが目立つよう背旗を大きくしろといったのは、そういうことか」

「父さんが自分は来なかったのも、そういうことだよね」

「返済をせっつかれるからだろうな」


 本證ほんしょう寺十代は空誓くうせいという。

 信仰心の厚い人物で欲深ではない。しかし東西を大勢力に挟まれた三河では本願寺教団のように信仰心を持つ人にさまざまな責任が押し付けられることになる。


「責任感が強い人なんだ。不入ふにゅう権を殿様がないがしろにしてるんじゃないかって心配されてる」

「そりゃあ、わからんでもないがな……でも守護不入のせいで借銭の取り立てから逃げられないのは、なんか違う気がするぞ」


 仏への信仰は門徒の魂を救済することだ。責任感が強くなくてはできない。

 そして、その責任感の強さが寺の特権を守ることへの使命感ともなる。


「殿様のえにしは一代限り。でも仏様の縁は未来永劫だって」

「借銭を返さない限り未来永劫、寺から逃げられないわけか……」


 彦五郎のぼやきに、覚俊が吹き出す。

 この時は冗談ですんでいたが冬になって元康と三河本願寺の争いは本格的な武力衝突へとつながる。一向一揆ストライキは半年続き、本願寺教団の解体で解決する。

 こうして家康は三河の物流と金融とを実効支配した。家康こそが三河の唯一の家長であるから当然のことだ。

 さらに徳川の名で三河守への任官も行い、松平一族の中でも一頭抜きん出た存在となる。


 なお、石川家の借銭は、一揆の後で家康に徳政とくせいされ、免除となった。

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