お父さんの死
季節は、春。
暖かな春の陽気が、優しく柔らかに私を包む。
春風が一瞬頬をなでる。
桜は、満開になっていて、散りゆく花びらは春風に誘われて舞い踊っていた。
――コンコン
ドアをたたく音で私は、現実に戻される。
「・・・入るわよ?」
お母さんの声だ。その声は鉛のように重く灰色で濁っていて、浮いた私の心を地に堕とした。
「う、うん。いいよ」
まもなく、ガチャッと音がしてお母さんが入ってくる。
私は自分の目を疑った。
お母さんの顔は、まるで生気を抜かれたやつれた顔だった。
こんなお母さんの顔を見たのは初めてだ。
何があったのだろうか・・・。
訊きたいけど、怖くて訊き出せない。
困惑していると、光のなくなったお母さんの目からブワッと涙があふれ出した。
「お父さんが・・・お父さんがぁっ!!」
お父さんが・・・?
お父さんの顔が一瞬、頭をよぎる。
「し・・・・死んじゃったのよっ!!!!」
お・・・とうさんが・・・・死んだ・・・?
まさか・・・そんなこと・・・。
目の前が真っ暗になる。
その先には光はなく、それは私の未来を表しているんじゃないかと思った。
私は力が抜けて、その場に座り込んだ。
不思議な事に涙は流れなかった。
ただただ、部屋の中に渦巻くお母さんの泣き声を耳にしながら、呆然と立ち尽くすばかりだった。