About S
昴について。昴はいい奴だと思って書いてます
午後の陽だまりは暖かく、眠気さえ誘いそうだと言うのに、畑山田昴は窓の外に見向きもせず慌ただしく動いていた。
顔立ちといい、服装といい、今一歩垢抜けないものの、素材は悪くない。派手さは全くないが、柔和な雰囲気が全面に漂っている。昴はそういう人物だった。
「あ〜後は何をしなきゃいけないんだっけ?」
アリスの学習をいつも通りにこなし、お掃除ロボットであるアイリスの充電をして、ホストコンピュータのアルゴスの定期メンテナンスも実行した。
家の主である博士が留守だからと言って手抜きは許されない。否、いないからこそ昴は自分がしっかりしなければと意気込んでいた。
普段は博士と分担している作業を終えて、作業部屋の机に置いてあるアリスの様子を確認すると、瞳代わりになっているLEDが水色の光を放っていた。
「またフリーモードになってるんだ。アリスはこのモードが好きだなぁ」
フリーモードになるかスリープするかはアリス自身がランダムで選択する事が可能になっている。
そのわりにスリープしている所を見た事がなく、ほぼ必ずフリーモードが選ばれていた。
(AIにも個性があるんだなぁ。ってそんなはずないか。)
可笑しな発想だなと否定しながら、なんだか微笑ましくなって、昴はふふっと相合を崩す。陽だまりの中でアリスも何処か笑っているようだった。
「気づいたら、日射しが随分強くなってるんだな」
追加の洗濯物でも干そうかなと考えながら、ちょこりと膝を伸ばして座っているアリスの、洋服の上に置かれていた日傘をパッと広げてやる。
長身で細身の昴が15cmほどのドール型ロボットをちまちま弄っている姿はいまいち似合っていないが、昴は手先が器用だった。
エプロン型のドレス然り、日傘然り。アリスのメタリックなボディに身に着けられている衣類は彼がいちから手作りしたものだ。
元々人型の小型ロボットではあるが、おかげでアリスの格好はかなり人形に近い。髪はハニーブロンズのメタルでかたち造られ、ビビットカラーのカチューシャをモチーフにした4つの突起がスイッチになっている。
瞳として配置された2つのドーナツ型のLEDはモードによって色を変える仕組みになっていた。
学会で留守にしている博士はデザインには拘らないタイプのため、昴がいなければアリスはもっと淡泊なロボットになっていただろう。
傘の他にも拠れていたドレスの裾を整えて満足した昴は次の作業に移るため、椅子を引いて姿勢を正す。
「さて、メールのチェックもしないとな」
アリスの隣に置いてある自分のノートPCを広げ、wifiをonにしてから、メールボックスを開いた。
「あっ、博士の学会の会場の資料。わざわざ送ってくれたんだ」
主催者らしき宛先から送られたメールの添付ファイルをクリックして展開する。記された場所は今朝、博士が向かった先と一致していた。
「良かった。ってあれ?」
資料を見た拍子に、先程アリスに学習させて入力したデータの一覧が目に付いた。
「ああぁ。綴り間違えてるじゃん。ちょっと恥ずかしい・・・」
(このままじゃ何時までも、博士に子供扱いされたままだな)
「今のうちに修正しておこっ。アリス、学習モードに移行してくれっ。アリス?」
音声認識は無視されたようで反応しなかった。仕方なく頭の突起を操作して、モードを切り替える。
アリスの瞳の光彩が、水色から桃色に変化する。しばらくして機械的なメッセージが流れた。
「・・・学習内容を入力してください」
「えっと、Hallo worldをHello worldに変換して。これでよしっ!」
一覧の内容を書き換えて、アリスと通信を繋ぎデータを送る。
「データを正常に読み込みました」
「ありがとう」
機械的な音声にお礼を言って、他にノートPCで行う作業を済ませてしまう。
(これで仕事は一段落だな)
博士が居なくても何とかなるものだと、軽く背伸びをして時計を見た。
「そろそろお昼か。飯作りながら、洗濯しちゃおう」
ノートPCをパタンと閉じた昴は昼ごはんの用意するために作業部屋を後にした。
1人で頑張ろうと奔走していた昴は、いつものルールをすっかり失念していた。
アリスと接続する時は極力、wifiはoffにしておかなければならないという事を。