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前編

「これより大罪人、リテラシー元王妃の処刑を執り行う!」


 群衆が見守る中、ぼろを着せられ両手首を縛られた、この国の王妃だった人が断頭台へ向かい引き立てられていく。そのみすぼらしい姿に、かつての美しさはない。落ちぶれたという印象を抱かせるには充分過ぎるほどだった。


「さっさと罪を認めないからこうなるんだ!」

「我が国の恥さらしが、責任とって命をもって償え!」

「邪悪な魔女め、親父と一緒に地獄に落ちろ!!」


 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! …


 父が命を賭して尽くした民衆の口から吐き出された呪いの言葉が、身を切り裂いていく。憎悪に歪められた表情は醜悪で、異常な空気がその場を支配していた。

 中には「宰相閣下も王妃殿下もそんな人じゃない! 目を覚まして!」という叫びもあったが、『悪』を裁くという『正義感』に陶酔し切った大合唱に飲み込まれ、王妃の耳には届かない。


(お父様……これが、こんな人たちが、あなたが人生を犠牲にしてでも守り抜いた……これからも守るべき存在なのでしょうか)


 力のない足取りで、急き立てられながらも断頭台の階段を上っていく。


 傍らには、つい先日まで夫だった若き国王ミゴス=メディアと、朝日のように煌めく金髪の側妃サニア=サヒールの姿があった。サニアは民間の大手新聞社の娘で、一見愛嬌のある見た目と振る舞いから元々は愛妾として毎日寵愛を受けていたが、懇意にしている貴族に養子入りした事で実家と王家が共同で情報を発信していくと発表されていた。

 父への不当なバッシングが過激化したのは、そのあたりだっただろうか……


 最早何の感慨もなく、リテラシーは無抵抗のまま断頭台の上で首を固定された。本日、彼女は家族ぐるみで悪魔を崇拝した邪悪なる魔女として公開処刑される。父が存命の頃から潔白を訴え続けていたリテラシーも、今となっては全ての気力を奪い尽くされていた。何より、守るべき民衆が彼女の死を望んでいるのだ。


「最後に、言い残した事はあるか?」


 せめてもの恩情のつもりか、ミゴスがそんな事を訊ねてくるので笑いたくなった。リテラシーの言葉など、まともに聞いてもくれなかったくせに。彼も最初はこんなに酷くはなかったのだ。いつの間に、声は届かなくなっていたのだろう。


(お父様……この国は、どうしてこんな事に)


 ふと、幼い頃に父と交わした会話が思い起こされる。もし、どうしようもなく悪意に押し潰されそうになった時は――


 リテラシーの瞳から一筋の涙が零れ、唇が動いた。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 メディア王国の宰相サンド=ファンヴァーグの暗殺は、世界中を騒然とさせた。

 彼は一国の宰相という域を超え、世界のリーダーとも呼べる数々の功績を残しており、この訃報には200ヶ国以上の国々が弔意を示した。また、現場では連日多くの国民たちが花を供えに訪れていた。


 しかし一部の層……と言うより情報媒体は違った。

 彼らは普段から宰相の批判記事ばかりを書き連ね、政策に反対する大臣やその勢力はここぞとばかりに流れに乗っかっていた。自分たちこそが民衆の代弁者であり、宰相の独裁を糾弾できる正義の味方なのだと。

 その内容は政策批判に留まらず、彼の行動の一挙一投足にまで及んだ。最も顕著だったのがサヒール新聞社であり、嘘か真か【サンド=ファンヴァーグの葬式はサヒールが出す】という社是があるとまで囁かれるほどだった。


 普通はこうした批判は規制の対象になるもので、メディア王国にも情報規制法は存在する。政治的に公平である事、報道は事実をまげないでする事、意見が対立している問題については多くの角度から論点を明らかにする事、と定められているのだが、この法律には罰則がなく、公平性も曖昧だった。

 新聞社同士が手を組んでお互いに嘘はないと庇い合い、また『国民の知る権利』『表現の自由』を主張し、これにメスを入れる事は国家権力による横暴だと吹聴する始末。


 しかし宰相が外交に力を入れ、国外の情報も徐々に入ってくるにつれ、真実に気付いた国民が増え始めた。この国の新聞は確かに一見すると嘘は書かれていない。しかし同時に、真実の全体像もまたぼかされていた。諸外国の宰相に対する好意的な評価や国内の雇用の回復により、新聞を妄信する中高年はともかく若者層からの支持が上がっていった。

 一人娘のリテラシーが王太子の婚約者に選ばれ、やがて王妃になった事も概ね好意的に受け入れられていた。



 全てが崩れ出したのは、視察に訪れた地方で宰相が突如暗殺された事だった。責められるべきは犯人と、警護の杜撰さであるべきなのだが――


【ファンヴァーグ宰相と『火の玉会』との黒い繋がり! 邪教に人生を狂わされた恨みか】


 なんと各新聞社はこぞって殺された宰相の方を『悪』だと断罪し、暗殺者が自供した『動機』を根拠に加害者側に同情的な論調を展開し始めたのだ。


 メディア王国には国教が定められてはいるものの、あくまで王家が準拠するものであり、民衆には基本的に宗教の自由が約束されている。そんな中で『火の玉会』が邪教とされているのは、国教に反する『魔法』という概念を信奉している事と、眉唾ものの魔道具を高額で売りさばいているためだった。

 前者はともかく、後者に関しては宰相が被害者への救済措置を取ったため、火の玉会としては詐欺商法への旨味がなくなっていたのだが、新聞社の『報道しない自由』により民衆の中でこの制度を知る者は少ない。


 サヒール新聞社は、暗殺者の親が火の玉会の信者だった事、二世がどれだけ悲惨な境遇に遭ってきたかを『時期を伏せて』連日記事にした。そして若きサンド=ファンヴァーグがこの邪教のかつてのアジトを集会の場とし、信者らと親しくしていたと書き立てたのだった――



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