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夏のホラー2022『ラジオ』

茜空に舞う

作者: 佐藤そら

 高校2年生になった僕は、生きることに少し疲れていた。

 大人に言わせれば、まだ17歳。

 生きるのに疲れたなんて、きっと笑われるに違いない。

 

 それは突然だった。

 僕はクラスの標的となり、いじめが始まった。それは次第にエスカレートし、僕の精神をむしばんでいく。


 僕がいじめられている間は、誰もいじめられない。

 だからみんな、見て見ぬふりだった。


 

 今、この屋上から飛び降りたら、死ねるのかな……?

 ふいに、そんな恐ろしい考えが僕の頭をかすめた。

 

 これは、人生において一時の苦痛なのかもしれない。

 でも、今は、その時間が永遠に感じられる。



 誰もいない屋上でスマホを取り出すと、ラジオを聴いた。

 イヤホンで外部の音を遮断すれば、それは僕とラジオだけの世界。


 誰にも邪魔されない空間だった。

 僕の好きな曲が流れて来る。

 それは僕の衝動を鎮めた。

 


 パーソナリティが夏祭りの話をしている。

 

「今年開催される『天風燈(てんぷうとう)まつり』ですが、開催はなんと今年が最後ということみたいですよ」

 

「伝統あるお祭りですからね、非常に残念ですよね……」

 

『天風燈まつり』は、僕のじいちゃんの暮らす地域で行われているお祭りである。

 毎年お盆に開催され、じいちゃんの家に遊びに行くと、僕は決まってこのお祭りに顔を出していた。

 

 

「今年が最後か……」

 

 僕はラジオを聴きながら、思わず声を漏らした。

 じいちゃんの家は、かなりの田舎にある。

 年々、祭りの規模は縮小されていたことは知っていたが、突然の終わりに、僕はまだ心の準備ができていなかった。

 

 


 夏休みがやって来た。

 僕は重苦しい日々を送りながら、何とか生きていた。

 そして、お盆に家族とじいちゃんの家へと遊びに行った。


 今年も、精霊馬が置かれている。

 

「おお、元気にしとったか? 身長も伸びて、大きくなったなぁ」

 

「あぁ、うん。まぁ」

 

「お祭り、今年で最後なんだってね」

 

「あぁ、そうなんだよ。若者がどんどん出て行ってな、運営するのも厳しくなったんだ」

 

 じいちゃんは、寂しそうだった。

 

 

 夕方、僕は祭りへと出かける。

 橋の近くまで来た時、欄干に赤とんぼの絵柄の浴衣を着た、若い女性の姿を見つけた。

 同い年くらいだろうか?

 夕日に染まる彼女は、その様子から、誰かを待っているようだった。

 風が吹き、彼女の手に持つかざぐるまが回った。

 

 僕はひとり、屋台を巡った。

 祭りには、皆誰かと来ている。

 いつの間にか、取り残されているのは自分だけだと感じた。

 水風船のヨーヨーのゴムをはじきながら、僕は欄干にいた彼女のことが気になり、なんとなく来た道を引き返した。

 

 まさか、いるはずはない。

 そう思いながらも、僕の足は橋の方へと急ぎ足になっていく。

 

 

 欄干には、彼女の姿があった。

 僕は、彼女と目が合った。

 息が止まったかと思った。


 その時、夜空に花火が上がった。

 

 すると、彼女は突然僕の手を掴み走り出した。

 

「ちょ、ちょっと! キミ、どこに行くの!?」

 

「花火がとっても綺麗に見える場所!」

 

 彼女は僕の手を引き、迷いなく進んで行く。

 

 

 やがて、開けた丘の上に出た。

 そこは、花火を独り占めできる場所だった。

 

「なんで、僕をこの場所に?」

 

「キミを待ってたんだよ」

 

「えっ!? 僕らって、そのぉ……会ったことあったっけ?」

 

 彼女は、何も言わず僕に微笑んだ。

 静かな空間に、花火の音だけが響く。

 

「今年で、この景色も見納めかぁ」

 

 彼女は、そう呟くと花火を見つめた。

 花火の明かりが、彼女の横顔を染めている。

 

「ねぇ、キミはもし、あの世マシンがあったら、あの世に行ってみたいと思う?」

 

「あ、あの世マシン!?」

 

 彼女は、突然妙なことを口にした。

 

「あの世を旅行できるの!」

 

「旅行かぁ……」

 

「でも、その旅行は、帰って来られない」

 

「えっ!?」

 

「行きっぱなしなのよ。帰りの燃料なんて、初めから積んでないんだもの」

 

 彼女は無邪気に笑い、怖いことを言う。

 僕はとてもドキドキして、これが恋なのか、それとも恐怖なのか分からなかった。

 

 

 

 花火が終わり、僕らは欄干まで戻ってくると、彼女は僕に向かって手を振った。

 

「今日はありがとう。最後にキミと、このお祭りに来れてよかった。そっくりなんだもん。びっくりしちゃった」

 

「へっ? そっくり?」

 

「キミは若いからいいな。まだまだ、いろんなことできるんだろうな。あの世マシンになんて、乗っちゃダメだよ?」

 

「え……」

 

「わたしの名前は茜。もしかして、同い年くらいだと思ってる? わたしは、キミよりずっと年上だよ?」

 

 彼女はそう言うと、にっこり微笑み、僕の頭を撫でた。

 その手はあたたかくて、なんだかずっと、昔から知っている気がした。


 彼女は、持っていたかざぐるまを僕の手にねじ込むと、夜道に吸い込まれるように消えていった。

 

 僕は彼女のことが気になり、その夜、あまり眠れなかった。

 

 

 ×  ×  ×

 

 

 その日、僕はじいちゃんの家にある古いラジオをつけた。

 

 花火について、何やらパーソナリティが話していた。

 そもそもは、お盆の時期に、人の魂を鎮めるために花火は打ち上げられたものだそうで、送り火、迎え火の一種だそうだ。


 ただ花火と彼女の横顔を見ていた僕は、あまりにも無知だった。

 



 外に出ると、目の前に広がる茜空を、赤とんぼが舞うように飛んでいる。


 あれは、ナツアカネだろうか?

 それともアキアカネ?

 都会では見られない光景を、僕はぼんやり見つめていた。


 風が吹き、手に持っていたかざぐるまが回った。

 

「おぉっ? かざぐるまか。懐かしいなぁ」

 

 じいちゃんが僕に話しかけてきた。

 

「昔、ばあちゃんにな、あげたんだよ」

 

「えっ!?」

 

『天風燈まつり』で、かざぐるまをな」

 

「『天風燈まつり』で!?」

 

「あれは、浴衣を着た彼女との初デートだった。二人で花火を見たんだ」

 

「それって……!」

 

「もっと長く生きてたら、孫の顔も見れたんだが。お前は、わしの若い頃そっくりだ。ばあちゃんも見たら、驚いたろうな」

 

 じいちゃんは、自慢げに笑った。

 

 

 僕の手に持つかざぐるまの先に、赤とんぼが止まった。


 僕は、生きようと思った。

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― 新着の感想 ―
生きる勇気が沸くいい話。風景が浮かぶ。切なさと違う胸アツ展開。
[一言] 亡くなったお婆ちゃんに会えたんですね。 昔子供向けの怖い映画で、一緒に廃校を探検した子供がおじいちゃんとおじいちゃんだったという話があったのを思い出しました。
[良い点] ゾクッとなりつつも溢れるこのなんというか目から水が・゜・(つД`)・゜・ とても丁寧な語り口も良かったです! [気になる点] おばあちゃん可愛い! [一言] とても怖い&感動でした!
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