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遥か遠い国でのお話

作者: 珀蝶

これは遥か遠い国であった昔々のお話です。



その国は地面が瑠璃で出来ていて、木々には美味しい果物がなり、いつも花が咲き乱れる、それはそれは美しい国でした。



その国の初代の王様は、とても凄い魔法使いでした。



王様はその素晴らしい力で美しい国を守っていましたが、やがて年月がたち命を終える時、これからもその国が長く存在して人々が平等に幸せであるようにと、最後にひとつだけ魔法をかけました。




その魔法とは…

「この国に存在するものは、互いに必ず対価を払う」

という、不可思議な魔法でした。




この魔法のお陰で、それからもずっとその国の繁栄は続いておりました。


なぜなら、国民は日々の全ての行いに対して互いに対価を返さなくてはならない為、いつまでたっても対価を返し終わることがありません。国はいつも対価の支払いを抱えた国民でいっぱいでした。





そんな幸せな国に、くぅちゃんという一人の女の子がおりました。



くぅちゃんは内気で、口数も少なく、人々の集まりからはすぐに逃げ出してしまいます。たまの外出もひとりで森に散歩に行くくらいで、いつも隠れるようにひっそりと暮らしておりました。


そんなくぅちゃんでしたが、一人だけお友達と呼べる男の

子がおりました。その男の子はクロくんといいました。


クロくんは、ヤンチャで暴れん坊なガキ大将でした。


とても強くて力持ちなので、皆んなに怖がられてもいましたが、くぅちゃんは知っていました。


街の広場に大きなヘビがあらわれた時、棒切れをふって追い払ってくれたこと。棒を振り回しながらもヘビには当たらないようにしてあげていたこと。


白兎が罠にかかって怪我をした時、連れ帰って手当てをしてあげたこと。怪我が治って森に帰る白兎が何度も何度も振り返るのを見て、手を振って追い払いながら、目の端っこが潤んでいたこと。


クロくんは、少し泣き虫なとても優しい男の子だということを。





よく晴れた日の朝、くぅちゃんは二人分のお弁当をバスケットに詰めて、散歩にでかけることにしました。なぜ二人分かというと、くぅちゃんが散歩に出かけると、必ずクロくんと偶然出会うからです。



少し癖のある髪をリボンでひとつに纏め、ブーツを履き、さっぱりした空色のワンピースに着替えて出発です。胸元には生まれた時から大切にしている虹色のペンダントが日の光を受けて煌めいています。



柔らかい木漏れ日の降り注ぐ新緑の森の小道を歩いていくと

案の定、クロくんが大きな樫の木に隠れる様に立っていました。


優しいクロくんは、今日もくぅちゃんが驚いて逃げ出してしまわないように様子を伺ってくれています。


クロくんの足もとに散らばったパンクズやお菓子のカケラに小動物が集まっている様子から察するに、頑張って速く歩いたつもりでしたが、随分と待たせてしまったようでした。



くぅちゃんは早速、鼻唄を歌いはじめました。



くぅちゃんが鼻唄を歌うと、まわりの動物達は消え去りますが、クロくんは必ず姿をあらわして、そのいい加減な唄を聞き、時には正しい歌詞を教えてくれたり、時には…たまに?…奇跡的に誉めてくれたりするのです。


クロくんは、とても面倒見の良いお兄さんでもありました。





「久しぶり」

クロくんは、いつも少しぶっきらぼうに挨拶をします。

会話を弾ませることもなく、二人は森の奥にある泉に向かって歩き出しました。


泉のほとりでお弁当を広げると、いつもクロくんは、あっと言う間に全てたいらげてしまいます。

たとえクロワッサンサンドに挟んだチキンが少し…かなり?…とってもコゲていても、シザーサラダに卵のカラが入っていても、ハニークッキーが塩のかたまりでも、くぅちゃんの分まで食べてしまうのです。


クロくんは、ちょっと食いしん坊でもありました。


でもそのかわりに、クロくんが用意したパリパリレタスとジューシーなウインナーを挟んだホットドッグや、つやつやのイチゴを使ったクレープをくぅちゃんに渡してくれるので、まぁ許してあげるのです。








静かな風が清らかに澄んだ泉の鏡面を渡って吹いています。



その風は、芝生に横になって眠るクロくんの、少し伸びた漆黒の前髪をそっと撫でていきました。無防備なクロくんの寝顔は、目の下にくまがあり、ひどく疲れ切ってみえます。


いつもなら、お昼寝はくぅちゃんの専売特許ですが、今日ばかりはクロくんのお弁当に仕込んだ薬が、よく効いているようです。







今日、くぅちゃんはクロくんとお別れをします。




本当は笑ってサヨナラを伝えたかったのですが、くぅちゃんには無理みたいです。


クロくんは、優しいから引き留めてくれるかもしれませんし、理由を尋ねてくれるかもしれません。

若しくは逆に、あっさりサヨナラされるかもしれません。むしろ…かなり?…確実にその可能性の方が高いのですが、それはそれでちょっと悲しいのです。



なので、クロくんには申し訳無いのですが、薬で眠っている間にサヨナラすることにしたのです。





くぅちゃんがクロくんにサヨナラを告げる理由…それは、くぅちゃんの誰にも話せなかった秘密にあります。


くぅちゃんは初代国王様の子孫でした。しかもその子孫にだけ伝わる強い強い加護の魔法がその身にかかっているのです。


その加護の魔法とは、この国の"互いに対価を支払う"という魔法の威力が、くぅちゃんに対しては何百倍も強くなるというものでした。


つまり、くぅちゃんに対して善意の行いをしたものは、その対価として何百倍もの幸運を手にしますが、もし少しでも悪意ある行いをすれば、その対価として何百倍もの不幸にみまわれてしまいます。


例え何百倍もの幸せを与えられるとしても、少しケンカした程度で、何百倍もの不幸を相手に背負わせてしまう事は、くぅちゃんにとって悲しく恐ろしいことでした。


この為、くぅちゃんはいつも皆んなから逃げ出していたのです。




そんな弱虫なくぅちゃんの前に、クロくんはあらわれました。



誰よりも強く心の優しいクロくんならば、この魔法も大丈夫かもしれない…くぅちゃんはそう思ってしまったのです。



けれど、時を重ねるごとにくぅちゃんの加護魔法は、ゆっくりと着実にクロくんを蝕んでいきました。


まるで綺麗なお月様が少しづつ欠けていくかのように、クロくんの表情に影を落としていきました。


最近のくぅちゃんには、クロくんが何重もの重い鎖を背負っているようにも見え、また大火に焼かれ苦しんでいるようにも見えるのです。







きっと…もう限界です。


クロくんの魔法を解かねばなりません。







幸いな事に、初代の王様は先見の明がある方だったらしく、くぅちゃんのような、弱虫の子孫が生まれることも予測されていたようです。

ちゃんと魔法を解く方法を伝えておいてくれました。



クロくんの魔法を解く方法。それはとても簡単です。



魔法は"この国に存在するもの"に対してのみ有効です。

つまり、くぅちゃんがこの国に存在しなければ良いのです。


くぅちゃんがこの国から出て、この国での存在が消えれば、くぅちゃんに対する、この国の人々の対価支払の存在も全て消えるのです。


魔法とは、水の泡のように脆く、雪のように儚いものなのです。


但し、一旦魔法を解いてしまったら、もう二度とこの国へ戻ることは出来ません。くぅちゃんはもうクロくんにも、この国の人々にも会うことが出来なくなります。



けれど、そんな事は些細なことです。



大切なのは、クロくんやこの国の人々が、穏やかに笑って生きていくことです。


少し欲をいえば、うんと長生きしてもらって、ずっと楽しく過ごしてもらって、たまにくぅちゃんのことをネタにして、思い出話に花を咲かせてもらえたなら幸せです。









「ありがとう」

くぅちゃんは、そっと草を払って立ち上がりました。



















静かな風が清らかに澄んだ泉の鏡面を渡って吹いています。



その風は、芝生に横になって眠る少年の、少し伸びた青紺の前髪をそっと撫でていきました。無防備な少年の寝顔は、健やかで、とても穏やかにみえます。



山々を優しい色に染めはじめた夕日は、少年の胸で煌めく虹色のペンダントにオレンジの光と影を落とします。




ひらりと泉に咲く蓮華の白い花弁が舞い散りました。


後は静寂。







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