第8話 ギルドの仕組み
ちょうどその頃、カウンターの奥から受付が戻ってきたので、ラオフェンはあからさまに安堵のため息を吐いていた。
二人は受付の方へと歩いて行く。
「状態は粗末ですがモノは素晴らしいですね」
「あの、アッチは大丈夫なんですか?」
一悶着あったことなど知らないと言わんばかりの受付に、ラオフェンの方が心配して言った。
「彼は白竜ギルドと既に契約を結んだと聞いております。呼び戻すためにお金を積むよりも、未来ある者に投資する方がよいかと」
そう言って微笑む受付。
ラオフェンは「薄情だなぁ」などと思いながら、掲示された金額を確認する。
「銀貨55枚!?」
「少ないですか?」
「え、いや……多いです」
その金額は多すぎるというほどでもないが、〝未登録〟の孤児が持ってきた状態の悪い素材に対して付く値段としては高値だった。
「どれも銀2級でも手こずる魔物達で、貴重な素材ですからね」
ところで……と、続ける受付。
「こちらはお二人が倒して得た物ですか?」
「……どういう意味でしょう?」
眉を顰めてそう聞き返すラオフェン。
「気を悪くされたら申し訳ございません。ただ、これらを一度に倒したということなら、実力的には銀1級にも届くかもしれませんので」
よく通る声でそう告げた受付。
特に最後の部分は、ギルド内によく響いた。
扉の前に集まっていた職員達が振り返る。
(したたかだ……)
薫は受付を心の中で誉めた。
もちろん皮肉も混ざっている。
「リンベルト、今のは本当か?」
そう言ってやってきたのはマスターと呼ばれていた大男だった。リンベルトと呼ばれた受付は、にこやかな顔で頷いた。
「あくまで倒したのであれば、ですがね」
「そんなのは見れば分かる」
そう言って大男は二人を見下ろした。
そして薫、ラオフェンを見比べて「うーむ」と品定めするように唸ると――
「君が倒したのかい?」と、薫に言った。
薫はぶんぶんと首を振り、ラオフェンを見る。
ラオフェンは薫を守るようにずいと前に出て「俺です」と答えた。
「冒険者証は無いのか?」
「はい、まだ未登録です」
「そうか。ならうちに来ないか?」
堂々たる勧誘だった。
とはいえ、あんな内情を見たばかりでは、回答に困るのも無理はなかった。
身分が低くても大金を稼げるギルドには登録希望者が多く、巨大なギルドには特に人が集まってくるため支障はない。
ギルドは信用で成り立っている――そのため、問題のある冒険者は徹底的に除名する必要がある。来るもの拒まずだけではやってられない。
しかし、弱小ギルドには所属希望の冒険者の数も少なくなるため、多少素行に問題があっても雇わざるを得ないといった状況もある。
その上、仕事確保のため他ギルドで断られた無茶な依頼でも受けねばならない場合もある。
結果、冒険者のリスクが増加、悪循環に陥る。
そして経営難のため報酬も渋いときた。
つまり弱小ギルドに所属することは「ハイリスク、ローリターン」ということになる。
「どうしますか?」
そう耳打ちするラオフェン。
薫に委ねるといった様子だ。
「ラオフェンの直感に任せます」
そして丸投げする薫。
ラオフェンはため息を吐いた。
「冒険者証発行料を安くしてください」
その言葉にギルドマスターはニイッと笑う。
一人当たりの発行・登録料は銀貨20枚だ。
現代の価値でいうと、銅貨は100円、銀貨は1万円、金貨は100万円くらいになる。
ちなみに、発行・登録料は「預かり金」という扱いで納めるため、銀3級昇格と同時に一定の信頼を得たとみなされ返金される。
マスターは指3本を立てて言う。
「二人で30枚はどうだ?」
(意外と乗り気だ……!)
薫はラオフェンの方へ視線を移す。
ラオフェンは静かに指を1本立てた。
「二人で10枚でお願いします」
(大胆に出たー!)
◇◇◇◇◇
しばらくの攻防ののち、一人銀貨8枚で登録できることとなった。
リンベルトが銀貨を受け取り、奥へと消える。
「登録料を値切る奴なんてそういないぞ……」
と、呆れるギルドマスター。
この金は謂わば信用で成り立つ組織に属するための頭金――実績を積めば返金されるとはいえ、常識的に心象は良くないだろう。
ラオフェンは苦笑しながらも、マスターの目を見てそれに答える。
「浮いたお金で装備を買うんです。それからナイフも。今は銅貨一枚でも惜しい」
人材不足のギルドからすれば、高い戦闘力を誇るラオフェンは必要な人材。それを分かっている彼は、信用を代償にしてでも、お金を浮かそうと画策したのだった。
それは装備のためでもあるが、薫の夢のためでもあった――。
「……結果が伴えば文句は言わんさ」
と言ってマスターは掲示板の方を顎で指す。
「早速受けるか?」
ラオフェンは薫を見た。
「どうします?」
「どんな依頼があるのか見てみたいです」
薫にとっては未知の世界だ。
想像するにギルドというのは何でも屋で、もしかしたら自分のできる仕事もあるかもしれない。
二人はそのまま掲示板の方へと移動した。
「ごきげんよう、若き冒険者達」
掲示板横に立つ男性がお辞儀する。
齢は20〜30ほどだろうか。二人がギルドで会った誰よりも若いようだった。
「こんにちは」と薫。
ラオフェンは軽く会釈したのち、依頼書を吟味しはじめる。それに倣い、薫も掲示板を見上げた。
「やはり銅級で討伐・納品依頼はないですね」
やれやれとため息を吐くラオフェン。
薫はふと一枚の紙が気になった。
「治療薬の納品、これも冒険者が請け負うんですか?」
それは[銀2級以上]の指定がある治療薬の納品依頼であった。品質としては、下級治療薬の効果が認められたものとある。
「身分が低いだけで技術がある者は沢山いますからね。そしてここに所属していれば、自分の能力に沿った仕事を紹介してもらえます」
「私でも仕事が見つかりそうですね。ちなみにこの依頼はどうして[銀2級以上]が指定されているんですか?」
薫からしてみれば、品質さえ満たしていればいいのではと思ってしまう。
「たとえば孤児が売っているパンと店で売られているパン。仮に値段・品質が同じものでも、店売りの方が売れる理屈と同じです。得体の知れない孤児よりも、素性の知れている店の方が安心ですからね」
つまりこれも信用の話になる。
ギルドがある程度認めている人物でなければ、どれだけ品質が良くても納品させてもらえないということだ。
「本当に信用第一なんですね」
「身分が低い者は、腕っ節と信用くらいしか売れるものがありませんからね」
と、ラオフェンは再び掲示板に目を戻した。
薫は力無く肩を落とす。
(治療薬なら、もしかしたら私の力も活用できると思ったのになぁ……)
「驚いた――お前達、字が読めるのか?」
すぐ背後にいたマスターが大声を上げた。
薫は体を飛び上がらせる。
「字読みのスチュワードが不機嫌そうだから見にきてみれば、なんだそういうことか」
マスターの視線は掲示板横の男へ向いた。
見れば男が二人を睨むように佇んでいる。
薫は頭の中で手をポンとした。
(そうかこの人……掲示板の依頼書に何が書いてあるのか読んでくれる人なんだ)
字読みとはその名の通り〝字を読む〟役割(書くことも含まれる)の人で、受付や事務にはまだなれない新人が担う仕事でもあった。
字読みは依頼された回数に応じて冒険者から報酬を得る。ギルドからは(見習いにつき)薄給なので、これも貴重な収入源なのだ。
「どこで習ったんだ?」
そう聞かれ困ったのは薫だ。
(なんて説明しよう……)
「奴隷商人の本を盗み見て学びました」
掲示板から視線を外さずラオフェンが答えた。
マスターの顔がみるみるうちに曇る。
「二人とも元奴隷か……よくぞ四肢も無事で解放されたな」
冒険者にも元奴隷は少ない。
なぜなら、解放された奴隷には、五体満足の者が少ないからである。
健康でなければ冒険者は務まらない。
文字通り、使い物にならなくなるまで使われるのが奴隷であり、最後は重大な怪我や病気に伴い捨てられるのである。
奴隷には単純な労働の他に、性奴隷というものも存在するため――特に解放された女性達の末路は凄惨なものが多いとされる。
答えにくそうにしていた女性を見てハッとしたマスターは、もう何も聞くまいと心に固く誓った。