第7話 冒険者ギルド
闇夜の灯火――直訳するとそんな意味だった。
闇夜とは暗い夜、月の出ない夜のことを指す。その後に灯火とくれば、掲げる言葉の意味はなんとなく理解できるだろう。
(会話や文字が理解できるのは本当に助かる)
看板の文字を眺め、そんなことを考える薫。
闇夜の灯火ギルド。
ここはイニティウム王国の三つあるギルドのうちの一つ、薫達が目的とする「冒険者ギルド」であった。
道ゆく人々は、身なりの汚い少女と少年という異質な二人組を、好奇の目で眺めていた。
「たぶん歓迎はされませんが」
「心得てるわ」
そう言って二人は中へと入ってゆく。
好奇の目は中に入っても変わらず向けられた。
木製の観音扉を押し開けたラオフェンと薫に視線が集まる――といっても、実は呆気に取られたのはラオフェンのほうだった。
「全然人がいないですね……」
木製の丸型テーブルと樽が並ぶギルド内。
専有面積はかなり広く、いくつかの施設が複合しているように見えた。
依頼が貼ってある掲示板、受付に立つ職員など、中身はラオフェンの知る冒険者ギルドそのものだったが、数えるほどしか人がいない。
本来なら、どこも昼夜関係なく飲んだくれや荒くれ者が騒いでいるのが常なのに、である。
「余計ないざこざも無く済みそうでよかったですね」と、薫が微笑む。
「ええ……まぁ」
そんなやり取りをしながら二人は歩き出す。
少ないとはいえ数組の男達が二人を見ているのは変わりなく、全員が鎧なり、ローブなりを身に纏っていた。
あれが冒険者かぁと感激する薫。
自分の全く知らない世界がここにもある。
「どのようなご用件で?」
驚いたのは受付の態度だった。
明らかに身分の低い二人に対し、受付の初老男性は実に紳士的に対応してくるではないか。
「魔物の素材を持ち込みたいのですが」
ラオフェンの言葉に受付は丁寧に頷いた。
「畏まりました。ではまず冒険者証を拝見してもよろしいですか?」
「あ、実は持ってなくて……」
見るからに貧しく、さらに子供で、冒険者証すら持たない者――普通であれば、門前払いを食らっても文句は言えない役満だ。
受付の表情が曇るのが薫でも分かった。
しかしそれも一瞬で、受付はにこやかな表情で「そうでしたか」と続ける。
「では私が責任を持って鑑定させていただきます」
「あ、鑑定もされるんですね」
「ええ。お恥ずかしい話ですが、なかなか人手不足なもんでして」
そう答えながら受付は笑った。
ギルド職員の役割には大きく分けて「受付」「事務」「鑑定士」「解体士」「用心棒」があり、受付と事務を兼任する者は多いが、鑑定士まで担うとなると珍しい。
「拝見しても?」粗末な袋を手に取る受付。
ラオフェンは「お願いします」と頷いた。
鑑定結果が出るまでの間、二人はギルド内を適当に散策していた。
どうやらかつては大いに繁栄していたようで、広さはもちろん、古いが内装も豪華であることが分かる。奥には料理屋があり、閉まっているが武具屋もあった。
「ラオフェン。私、ギルドについて全然知らないのだけど」
遠目に掲示板を眺めながら言う薫。
ラオフェンは丁寧に説明していく。
冒険者ギルドは主に「身分は低いが能力のある者」が利用する施設で、所属者のほとんどが平民の出か元難民である。
ラオフェン曰く「家業を継げない事情のある平民の子や、稀に貴族の三男以降もいたりする」らしい。
ここは実力と信頼で成り立っている組織なだけに、「依頼達成率」と「依頼受付可能階級」が低いギルドには依頼の量が少ない。
つまり所属する冒険者の数が少なく、質が低いほどギルドへの依頼は少なくなる。
「――だから掲示板にある依頼の数や経過年数、それと内容を見れば、ある程度ギルドの内情が把握できるんです」
と、ラオフェンはそのまま掲示板へと視線を移すと「うーむ」と顎をさすった。
「ちなみにここは?」小声で薫が尋ねた。
「かなり危ういかも」ラオフェンが苦笑した。
ギルド内の活気からも察することができるように[闇夜の灯火]ギルドの経営はなかなか厳しいようだ。
掲示板を見たせいで不安になったラオフェンは、受付が持っていった戦利品が心配になってきた。
「冗談じゃねえぞ!!」
怒号が響く。
酒樽を叩きつけた男が吠える。
「天下の灯火ギルドがガキの持ち込み品を鑑定だあ?! どれだけ落ちぶれりゃあ気が済むんだ!!」
慌てて飛び出してくる職員達の静止も聞かず、小さな金属の板を床に投げつけ、大股で出口に向かってゆく。
「俺ぁ辞めるぜこんな所。これなら白竜に入ったほうがマシだ」
そう吐き捨てるように乱暴に扉を開け放つと、男はそのまま去っていった。
閑散としたギルド内がさらに静かになる。
「すごく怒ってましたね」
平成を装いつつ、心臓をバクバクさせる薫。
(経営が危うい中で、私達なんかに取り合ってるのを見て気を悪くしたってことか)
薫は床に転がる金属の板を拾いあげた。
「自尊心が高い人が多いですからね。腕っ節だけで成り立つ職業ですし、日常茶飯事ですよ」
苦笑するラオフェン。
薫は拾った物を見せた。
「これはなんですか?」
「冒険者証です。上がギルド名、真ん中が名前、下が階級です」
名刺よりもひとまわり小さな金属板には、[闇夜の灯火][オドン][銀1級]と書いてあった。
ギルドの階級は上から金1〜3級、銀1〜3級、銅級とあり、金級までいくと極めて優れた実力者ということになる。
銀1級はそこその名のある冒険者で、運やコネだけでたどり着くことはできない。
思えば去った男はとても強そうに見えた――ここでは貴重な戦力だったろうにと、薫はギルドの経営を更に心配する。
「ひと足遅かったか……」
奥から一人の男性が現れる。
精悍な風貌の屈強な大男だ。
「あの人は強いですね」
ひと目見てそう呟くラオフェン。
「分かるんですか?」
「ここまで圧倒的だとすぐ分かります。ちなみに受付の男性も、只者ではないと思います」
そんな二人を他所に、大男は先ほど戦士が出ていった扉の方へ視線を向けていた。
「惜しい人材を失ってしまった」
「恩知らずですよ! マスター達の功績に便乗して成り上がったのに!」
「こらこら、滅多なことを言うな」
職員らしき人物を嗜めるように、男性はため息をついた。