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第3話 邂逅

タイトル変更しました(迷走中)


旧題:黄金の聖女様

新題:転生聖女は学校を作るようです

 

 薫は凄まじい飢餓感に耐えていた。


(断食ダイエットと比べ物にならない……)


 前世でたまにやっていた断食ダイエットでは、3〜4日の絶食、3日ほどの回復食を経て徐々に体を戻していき、体のむくみを取るという方法。

 空腹というのは糖質依存によるものが多く、つらいのは絶食1日目くらいで、水さえあれば3日程度どうということはなくなる。


 だがこの少女の体は違っていた。

 およそ脂肪らしいものは付いておらず、骨と皮ばかりの見るに耐えない体付きである。


 数日程度の飢えではない。

 最後の食事はいつだったのだろうか。ひと月で何回食事にありつけていたのだろうか。口にしていたのはどんなものだっただろうか。


(水が飲みたい……)


 体を引きずるようにして、薫は進んだ。



◇◇◇◇◇



 曲がり角に差し掛かった時だ。

 薫の耳に男の怒鳴り声が聞こえてきた。


「――!! ――!!」


 同時に繰り返される鈍い音。

 ほどなくして、何の音もしなくなった。


 薫が角を曲がってしばらく歩くと、その光景が見えてきた。


 ボロ屑のように打ち捨てられていたのは人であった。

 身長からして子供ということは分かるが、暴行による傷のせいで、性別すら判別がつかない。


「大変……」


 気力と体力を振り絞り、駆け寄る薫。

 ボロ切れを纏ったその子供には、黒色の首輪のようなものが巻かれていた。それは孤児や難民より更に身分が低い〝奴隷〟を意味している。


 戦争が頻繁に起こっているとはいえ、相手は魔族なので捕虜というものはほとんどない――が、犯罪を犯して信用を地の底まで落とした者が、奴隷の烙印を押され過酷な労働を強いられることは珍しくなかった。

 つまり自業自得な行いをした者が、その行いを働いた対象の所有物(損失に対する賠償として)になることはあった。


 しかし、大人ばかりかと言えばそうではなく、飢えに耐えかね盗みを働いた孤児の子供が運悪く捕まり奴隷になることもあったという。


「あなたを治してもいいですか?」


 薫は血まみれの子供にそう尋ねた。

 子供はごぽごぽと声にならない声を上げる。


(この子は治ってもまた同じような目に遭うかもしれない。その時自分はその場所にいられないかもしれない)


 治すほうがこの子とって酷かもしれない――薫はそう考えながらも、子供の喉を優しく撫でた。


 ポゥと、黄金の光が喉を癒す。

 今度は驚きで声が出ないようだった。


「私はこのようにあなたを治すことができる。あなたを治してもいいですか?」


 その問いに、子供ははっきりとした口調でこう答えたのだった。


「俺と主人の契約は先ほど破棄されました。どうか治していただけませんか」


 それは、薫が危惧していたことを見透かした上での回答だった。この事から、この少年(・・)がキレ者であることが窺い知れる。


 薫は「わかったわ」とだけ答えると、少年の額を指でついた。


 頭の先から足の先まで、彼の体を通過する金色の輪――腫れによって酷い有様だった顔は元の大きさに戻り、体の裂傷やアザも綺麗に消える。


 血や泥によって身なりは酷いままではあったが、それは薫とて同じことだ。


「呪いが……消えた?」


 少年は自らの傷が消えたことよりも、自らにかけられていた〝呪い〟が消えていたことに、驚きを隠せない様子だった。


 呪い――相手を蝕み、不利益な効果を与える魔法。


 即時的な効果は無いが、解かない限り、半永久的に対象を苦しめることができる。呪いは、かける方法こそたくさんあるが、解く方法はごく限られていた。


 少年の呪いは特に危険なものだったが――。


 薫は立ち上がると言った。


「できればこれからは自分の人生を歩んでください」


 薫にはこれ以上のことはできない。

 なにせ身寄りもなければ金もないのだから。


「俺の好きに生きていいのですか?」


 後ろから声がした。

 立ち上がった少年が薫を真っ直ぐ見つめる。


「俺の命、貴女のために尽くしたい」


 薫は「困ったぞ」と思いながらも、こんな無責任な慈善活動を続けていれば、いつかこうなる事も予想できていた。


 しかし、何度も言うが彼女には何もない。


「先に言っておきますが」


 と、苦笑を浮かべながら薫が答える。


「今日の飢えを凌ぐご飯もないですよ」


「盗みは、したくないです」


 少年は暗い表情でそう呟いた。


「それはしないでください」


 薫は優しく頷いた。


 命のために盗む者が増えれば、その店の経営は成り立たなくなり、そこの店主もまた路頭に迷うかもしれない。

 この少女のような不幸な者が増えてしまう。


 だから薫は、どんなに飢えても盗みは絶対やらないと決めていたのだった。


(アレをやるしか……)


 苦手だなんだと言ってはいられない。

 虫を食うくらいならやむ無しと思った。

 この少年の食事も探すとなれば、虫の一匹や二匹では足りないだろう。


 少年は得意げな顔でこう提案する。


「なら、外に出て食べ物をとりましょう!」


 それができるならどれだけいいか――と、薫は力無くため息を吐いた。


「外には魔物がでるそうですよ」


 人類の脅威は魔族だけではない。


 魔物という存在は、魔族の出現よりもはるか先に確認されているという。そのどれもが凶暴かつ雑食で、倒せるのは戦闘能力に長けた者くらいであると言っていた。


 大臣の言葉を思い出しながら、薫は「無理無理」と首を振る。


「俺が倒します」


 少年はそう微笑んだ。


(さっきまであんなにボロボロだったのに)


 心の中で薫は苦笑する。


 自分を想っての発言だということは容易に想像がつく。少年の優しさに癒されながらも、薫は別の手段を模索した。


「危ない場所に行くよりも、仕事を手伝って賃金を得るのはどうでしょう」


 これならば誰も損はしない。

 しかし少年は眉を顰めて首を振る。


「俺達のような日陰の者を雇う者はいません」


 身分がはっきりしない、ただでさえ身なりの汚い子供を雇うところなどありはしない。少年に言われ、薫も「確かにそうだ」と納得する。


(もうどうにでもなれ、ね)


 飢餓感のせいかうまく頭が回らない。

 多少のリスクを冒しても、果物や野生動物を探す方がよほどいいのではと思えてしまう。


 即死じゃない限り、命だけはなんとかなる。


「こちらへ来てください」


 少年に促されるまま、薫はそれに付き従った。

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