第2話 三人の英雄
薫が再び大通り付近を歩いていると、ちょうど王族によるパレードが行われていた。
大通りには大勢の民達が列を成し、拓けた道を白馬に乗った騎士達が練り歩く。
そして立派な馬に引かれた車に、王宮で見た王と王子の姿もあった。
第一王子 ハセン。
彼は生まれつき体が弱かったわけではない。
かつては武勇に優れ、勉学に優れていたそうだ。
しかし不治の病気に侵され余命半年と言われてからは、一転して悲劇の王子となった。
「ッ……!」
ハセン王子が胸を握った。
その顔は酷く苦しそうに見える。
「どうした? まさか痛むのか?」
国王ログランが身を案じると、ハセン王子は作り笑いを浮かべ「大丈夫です」と答えながら、王宮でのやり取りを思い出していた。
『このお方が二代目の勇者様、このお方が二代目の賢者様、そしてこのお方が二代目の聖女様にございます!』
連れてこられた三人の子供を見て、ログラン王とハセン王子は召喚魔法の成功を心から喜んだ――特に〝聖女〟の存在は、彼等にとって魔王を討つ力以上に待ち望んだものだったから。
『シュン・イチノセと言います。任せてください、魔王を倒して世界を救ってみせます!』
元気よく意気込むのは茶色い髪の少年。
大臣によると彼が今回の勇者だという。
勇者、賢者、聖女。
これらは力の名称ではなく、その力に沿って付けられた英雄達の二つ名だったという。
たとえば前勇者のシゲルは〝剣や格闘の天賦の才と、神が作りし聖剣の使い手〟という記録が残っている。そんな彼を、誰が言い出したか勇者と呼んだのが始まりだった。
賢者には偉大な魔法の力が宿っていた。
そして聖女は、万物を癒す力を持っていた。
魔を祓い、全てを癒す力の持ち主。
記録によれば、癒しの力は〝死〟以外ならなんでも治せたとある。そのため300年前の魔族との戦争で、人類は聖女の援護で不死の軍となり、魔族達を押し返したという。
『……セイイチと申します』
セイイチと名乗ったのは黒髪の少年。
青の瞳は〝賢者〟特有の特徴なのか? と、ハセンはそんなことを考える。
前賢者のシゲルも青い瞳と記述があった。
そして内包する魔力は正に賢者のソレだ。
宮廷魔道士達が、彼のその規格外な魔力量にざわめき立つのが良い証拠であった。
賢者の力は間違いなく伝承通り――ならばと、最後の一人に視線が集まった。
『シウコ・ミズガミと言います』
黒髪にグレーの瞳の少女が頭を下げた。
前聖女のチヨは黒髪という記述があったが、ならば彼女の髪はまさに聖女の特徴だと、国王は大いに喜んだ。
そして早速頼んだのである――
息子を治してくれないか、と。
『えーと、お任せください』
シウコがハセン王子の手を取った。
平民が王子の手を取るなど、本来であればその場で首を刎ねられても文句の言えない重罪。
騎士達が反応するも、国王が止めた。
ハセン王子が白の光に包まれる。
「体が、軽くなった」
その言葉に王宮が大いに湧いた。
正に聖女の奇跡だと、誰かが言った。
不治の病であるハセン王子を伝承通りに治して見せたシウコ。気を良くした国王は王子の完治と英雄たちの再誕を祝したパレードを執り行うことを決定したのであった――。
その中でただ一人、異変に気づく者がいた。
第一王子ハセンその人である。
(確かに、確かに軽くはなったが……)
胸の奥に残るこの痛みはなんなのかと。
聖女の力を疑うわけではなかったが、以前、光属性魔法の治癒を受けた際、同じ程度に体が楽になったことを思い出していた。
確かにその時よりも体は数段楽である。
しかし、ただそれだけに思えてならない。
『王子様。これからは私が貴方のそばで癒し続けますからね』
そう言って指を絡めてくる聖女シウコ。
ハセン王子はなんとも居心地の悪さを感じながらも、着々と進むパレードの準備に目を移したのだった――。
◇◇◇◇◇
薫が路地裏からぼーっと眺めていると、ちょうど見える位置に馬車が止まった。
(あの感じは……病気?)
薫から見えるハセンには、胸の奥に黒のモヤが覆っていた。薫は先ほど聞いた〝完治した〟という噂との違いに小首を傾げながらも、死んでいった少女と王子の身なりの差にため息を吐く。
(命の価値は違うもんね)
かたや一国の第一王子で、
かたや路地裏の孤児である。
王子が亡くなれば国を挙げた葬儀があるだろうし、ここにいる民は全員悲しみに暮れるだろう――薫に看取られ、孤独に逝ったこの少女とは大違いである。
薫はおもむろに手をかざした。
手のひらからは黄金の光が溢れ出す。
「あの王子が人格者でありますように。そしてこの国から貧しい子達がいなくなりますように」
次期国王候補である第一王子へ向けた願い。
魔王という脅威が去っても、民をまとめる王によって世界の在り方は大きく変わる。
だから、〝飢えも戦争もない、孤児や難民がいない〟未来を薫は願ったのだ。
「!!」
ハセン王子が立ち上がる。
震える手を、そのまま自分の胸に当てた。
(治っている……今度は本当に)
自分でもそう確信できるほど、聖女による回復魔法とは比べ物にならないほどに、体の調子が戻っていた。そして自分の体を包んだ黄金の光は、明らかに誰かから放たれたものだった。
「何事だ、ハセン」
「王子様……?」
心配そうに見上げる国王、そして聖女。
(シウコ殿か? いや、彼女じゃない。ならば誰が――?)
黄金の光が戻ってゆく先に、汚いボロ切れを纏った少女の姿があった。
死んだ目をした少女は、そのまま路地裏へと消えていったのだった。