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第1話 転移と転生

 


参考文献 リーマン・フォルダー著

『ミルド大陸の歴史』



――魔族と召喚魔法――



陽号1057年 

 人類は未だかつてない「魔族」という大きな脅威に晒されていた。

 魔族の軍は屈強にして残忍。落とされた領地の民は女子供問わず皆殺しにされた。

 二代目の王シュマンは「偉大な魔法使い メアリールラビア」を呼び、異界から使者を呼び出す[禁術・召喚魔法]を使わせる。

 召喚されたのは三名の子供だった。

 のちの英雄「勇者シゲル」「聖女チヨ」「賢者イサム」である。

 三名には特殊な能力が宿っており、大陸は最後の希望としてこの三名を鍛えた。



陽号1065年 

 英雄達によって魔族の王は倒された。

 しかし、魔王は不滅の存在であった。

 英雄達は大地の底の底、うなる溶岩の中に磔にすることでこれを封印した。

 王は功労者達に領土を与え、統治させた。七つに分けられた領地のうち、最北端に位置する場所には魔王を封じた穴があり、当時最も力のあった[勇者シゲル]と[賢者イサム]がそれぞれ管理することで、大陸に再び平和が訪れたのであった。



◇◇◇◇◇



 岐阜の小さな不動産に務める、しがないOL 渋谷薫(しぶやかおる)の最期は、実にあっけなく、そして理不尽なものだった。


「疲れが膝にキテる……年かなぁ」


 階段を降りるたび、鈍い痛みが走る膝。


 まだまだ若い24歳――けれども、座りっぱなしのデスクワークが祟ったのか、10代の頃の俊敏さはとうの昔に失われていた。


 だから、だったのか。

 ソレの発生に体が反応できなかった。


「へ?」


 建設現場を横切る形で歩いていた薫の足元に、突如として光る魔法陣が現れた。


 地面が大きく揺れ、強い風が吹く。

 路面プロジェクターでないことはひと目で分かった――なぜなら薫の足が、まるで沈むように魔法陣へと吸い込まれていくのだから。


(体が動かない!?)


 金縛りにあったように動けず、薫は沈んでゆく自分をただ見つめるしかできなかった。


 同時に聞こえたのは、何かの千切れる音。

 それから複数の甲高い金属音。


 ちょうど体の半分まで沈んだ頃、彼女の体を無数の鉄パイプが貫いた。

 灼熱の痛みに悲鳴すら上げられず、薫の人生はそこで終わったのだった。



◇◇◇◇◇



「――者の国レクディウスも滅亡した。事態は一刻を争うため、約300年前にも行われた魔王を討つための力、召喚魔法を行使するに至ったのだ」


 大臣の言葉を半信半疑で聞く三名の若者。

 その四人目として、薫もそこにいた。


(あのー、一人死んでますけど)


 手を振ってみるも誰にも認識されない。

 それもそのはず――彼女はいわゆる霊体、魂のような状態にあったから。


 大臣による話を整理すると、かつて魔王なる存在がこの大陸に攻め込んできたので、三人の転移者を呼んで封印できた。

 そして300年余が経った今、また魔王が復活して世界が危ない、だから同じように転移者に頼ろう……といった内容である。


(私が死んだから補充されたのかな?) 


 その場には薫以外に三人呼び出されている。


 一人は茶髪で黒い瞳の若い男。

 一人は黒髪でグレーの瞳の若い女。

 もう一人も黒髪で、青い瞳の若い男。


 全員が高校生くらいの年齢かつ、その見た目からアジア系――もっといえば日本人であることが見てとれた。


 そんな光景を天井付近で眺める薫。


 死んでなければあの場所にいたのは自分だったろうなと、そんなことを冷静に考えながら、大人しく大臣の話を聞いていた。

 それしかやることがなかったのだ。


「ではまず其方達の〝能力〟を確認したい」


 大臣が言うには、この世界は魔法が普通に存在し、脅威として魔族や魔物が存在する。人は自分の持つ才能と呼べる力を認識することができ、それを総じて〝能力〟と呼ぶようだった。


「自分の力を知りたいと心で強く念じてみよ。さすれば自身の〝属性〟や、伝承にある〝異能〟を知ることができるだろう」


 大臣の言葉に二人が目を閉じた。


 青い瞳の少年は、怪訝そうな顔で薫の方を凝視していた。それに気付いた薫は「私が見えるの!?」と手を振ってみたが、彼はすぐに興味を失ったように視線を戻したのだった。


(たまたま、か)


 人に認識されない――それは酷く寂しいものだった。


 魂だけの(今の)状態に抗う術が無いかと模索する薫は、大臣の言葉の通り、心の中で自分の力を知りたいと願ってみることにした。


『あなたは〝光属性〟の魔法が使えます』

『あなたには〝癒し、祓う力〟があります』


 女性とも男性とも違う奇妙な声がした。

 薫はここでようやく、この世界の「ファンタジー」な部分を信じることができたのだった。


(光属性はさておき、祓う力って……)


 祓うとは、お祓いのことだろうか? お祓いをすれば、霊体である自分は成仏してしまうのではないか――そう考えた薫は身震いする。


 ここは元の世界ではないが、生に未練はあるのだ。

 神の元へいくまでに、まだ心の準備もいる。


(癒す力を使って蘇ったりできないかな?)


 天に祈る形で「私を蘇らせてほしい」と願ってみたが、何も起こらなかった。


(そもそも大臣がどの英雄かの説明で「死人を蘇らせる力はない」とか言っていたし、体もないのに無理だよね……)


 と、肩を落とす薫。


 死んだ事実を受け入れ、蘇る術もないと悟った彼女。次第に大臣の言葉が遠く小さくなってゆくのを感じ、とうとう王宮から飛び出した。



◇◇◇◇◇



 王国イニティウム。


 人類が誇る最大最強の国であるが、魔族との相次ぐ戦争による影響は尋常ではない。


 戦争には金がいる。それも莫大な金だ。


 人対人の戦争ならば、勝者は敗者から富や民を奪うことで補充することができるが、これは人対魔族の戦争だ。

 魔族からは捕虜はおろか、金や食糧も得ることはできないのである。


(立派だけど、貧さも目立つ)


 国内を浮遊していた薫の感想がそれだった。


 高い城壁にぐるりと囲まれた強固な王国。

 大通りには活気があり、煌びやかな衣装に身を包む貴族達はとても裕福に見えたが、ひとたび路地裏に行けば、孤児や難民が横たわっているのが散見できる。


(この状況じゃ召喚とやらに頼る理由も分からなくないけど……)


 魔族との戦争は消耗戦でしかない。長引けば長引くだけ民の生活は苦しくなるだろう。魔王を倒さない限りこの状況を変えることは難しい。


 複雑な心境で浮遊する薫の元へ、国民達の騒ぎ立つ声が聞こえてきた。


「王子様が回復なされたそうよ」「なんでも英雄召喚に成功されたとか」「聖女様の奇跡の力だそうな」「英雄再誕と王子様の回復を祝したパレードが催されるそうよ」


 慌ただしくなる大通りから再び路地裏へ。

 あてもなく彷徨い続ける薫。


 その時だった――


(あ……!)


 乾いたレンガ造りの壁にもたれる形で、一人の少女が死にかけていた。


 首と腕に汚れた包帯。

 滲んだ血が黒くなり、化膿している。


(傷のせいか)


 少女の目は虚になっていた。

 傷の状態からして、もう永くはないだろう。

 痩せた体に、ボロボロの服。

 酷くみすぼらしい格好だった。


(お願い、治って!!)


 それでも薫は彼女に近付き、自分の持つ癒しの力とやらを必死で使った。両手で彼女の頬を包むようにして、何度も何度も叫ぶ。


(治って、治れってんだ!!) 


 少女の瞳が徐々に白く濁ってゆく。

 小刻みに上下していた体も、動きを止める。


 そして少女はとうとう事切れたのだった。


(……なにが……なにが癒しの力よ)


 無力な己を薫は責めた。

 この体では誰も救えないのかと怒り、悲しんだ。


 少女の体から魂がスッと抜けるようにして浮き上がると、絶望する薫の方へと近付いた。

 少女は涙を流していた。


『ありがとう。優しいお姉ちゃん』


 少女の涙は死に対する悲しみではなく、薫に対する深い感謝の涙だった。


 薫も涙を流した。そして何度も謝った。


『やっと楽になれた』


 そう言いながら空へと昇ってゆく少女。

 薫も後を追って昇ってゆく。


(私のいるべき場所も、きっとそっちなんだ)


 少女はくるりと振り返ると、大きく首を振った。

 薫の体が、地上へ吸い寄せられるように落ちてゆく。


『役目の残っている魂はね、神様の所へ行けないんだって。だからお願い。どうか私の体を役目のために使ってください。そしてどうか私のような子を――』


 少女は最期、笑っていた。

 そしてそのまま天へと消えていった。


 薫は何もできないまま、どこか暗い何かに入ってゆき――鈍い体の痛みで目が覚めた。


(体が、痛い?)


 そう認識した直後――

 凄まじい激痛と倦怠感が薫を襲った。

 喉は張り付くように乾き、胃が締め付けられる。


「な、にが……!」


 自分の口から発せられた聞きなれない声。

 いや、先程聞こえてた声とよく似ていた。

 薫は自分が「死んだ少女」の体になっていることに気付き、咄嗟に治療を試みた。


(この子を、この子を二度も殺させやしない)


 傷なのか病気なのかは分からない。

 けれど、あの少女を二度も殺したくないと思った。


 体を黄金色の光が包み込む。

 治療の力は驚くほど簡単に発揮された――

 化膿した傷は逆再生のように塞がってゆき、倦怠感は消え、喉の渇きも緩和される。


「治った……?」


 喉の渇きは健在、空腹も限界に近い。

 しかし、傷と病気はきれいに完治していた。



◇◇◇◇◇



 生を受けてから薫の見る景色は変わった。

 体はもう以前のように浮遊できず、出ることもできない。少女の体と薫の魂は結びついてしまっていた。


(これからどうしよう……)


 王宮に戻って庇護を受けるべきか?

 いや、前の体ならともかく、今は路地裏で死んでいた少女の体だ。うまく状況を説明できるかも不明であった。


 そもそもこの国の治安はどうだろうか。

 身寄りのなさそうなこの子を、保護してくれる者がいるのだろうか。


 ぼーっと考えながら路地裏を進む薫は、先々で倒れている孤児や難民達に目を向けた。


(体が黒く見える)


 それは霊体の頃とは違った景色だった。

 ある人は頭に黒いモヤがかかっており、ある人は腕に同じものができている――そしてそれは、その人が怪我をした部位であるとか、病気の原因箇所だとかを理解するのに、さほど時間は掛からなかった。


(これが、私の力?)


 今の薫には病気を見つける目と、治療する力がある。


『どうか私のような子を――』


 天に昇った少女の言葉が蘇る。

 薫は意を決して近くの一人に歩み寄った。


「その怪我、治してもいいですか?」


 訝しげに見上げてくる難民の男。

 薫がそう尋ねたのには理由があった。


 今の自分がそうであるように、路地裏の人々は恐らく、空腹の極限状態にある。

 傷や病気の具合にもよるが、長生きできる状態でもない。


 果たして治すのが正しいのか。

 あえてそのままにするのが正しいのか。

 薫にとってではなく、相手の意志の問題である。


(治療すれば少なくとも今より長く生きられるはず。けど、それは本当に幸せなんだろうか)


 傷が癒えても腹は膨らまない。

 取り巻く環境が変わるわけでもない。


 だから彼女は相手に「選択」を委ねた。


「……」


 男はしばらく黙り、薫の姿を見つめる。


 身なりは自分と同じようなもので、髪は汚れ、緑の瞳は濁り、血に塗れ、包帯も汚い――それなのに彼女には言い表せない〝迫力〟があった。


 かつて見た、偉大な魔法使いのような。


「……お願い、します」


 男の言葉に薫は小さく頷いた。

 薫が手をかざすと、黄金の光が男を包んだ。

 男の傷、病気がみるみるうちに回復する。


「足が……!」


 まさに奇跡のような体験に、歓喜した男が彼女を見上げると、薫は既に次の難民の元へと歩み寄り、先ほどと同じ質問を繰り返していた。


「その怪我、治してもいいですか?」

 

 黄金の光に包まれた少女が通る。

 彼女が通った後に怪我人や病人はいなくなる。

 完治した難民達は、薫の後ろ姿を崇めながらこう言った。


 黄金の聖女様 と。

過去の短編「転生した元聖女は魔法学校に通うようです」のリメイクのつもりが全く別物になりました。


第一章完結まで書けています(約4万字)


3/7まで毎日投稿(12時)されます。


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