木枯らしの運ぶ未来
ホームに着いたと同時に、電車が出発した。
加奈子と僕は、それを呆然と見送った。
学校帰り。次の電車はおよそ30分後。
幼なじみの僕らは、最寄駅から学校まで、乗り継ぎを経て2時間かけて学校へ通っているのだが、こういう風に電車を一本逃したときはそれが2時間半になる。
とはいえ、中学も2年の秋となると、それにもなれっこだった。
「また行っちゃった、ごめんね」
「うん、まあしょうがないよ」
この日は、加奈子の所属する生徒会の会議が長引いていた。僕は自習をしながら終わるのを待っていたのだ。
こういうときは、特にやることもないのでホームに座って他愛もない話をして過ごす。
「この前行った水族館、楽しかったねー」
「あの新しい魚…なんだったっけ?すごい綺麗だった」
「あー、いたね。私も忘れちゃった」
水族館へは先週行った。加奈子とは長い付き合いだし気も合うから、よく2人で遊びに行く。趣味も大体同じで、2人とも生き物が好きだから、水族館や動物園へは何かイベントがあるたびに通っていた。
「そういえば今動物園でトラの赤ちゃん見れるらしいよ」
「うっそ、絶対かわいいじゃん。今度見に行こうよ」
「あー…うん」
僕はいつものように何の気なしに誘ったが、加奈子の反応はいつもとちょっと違った。そのことに少し胸騒ぎを覚えたが、気にしないようにして、電車を待った。
そうしているうちに、電車がきた。
田舎の単線、3両編成。乗客も、この車両には僕らだけだった。
不思議と、電車が走っている間は会話がなかった。
ただ、薄暗くなっていく車窓と、そこに写る加奈子をぼんやりと見つめていた。
終点。僕らの家の最寄駅。この時間、ここで降りるのは僕らだけだ。
車掌に定期券を見せて、ホームに降りた。
「あのさ」
別れ際、あまりに不意に言葉が出たので自分でも驚いた。
前を歩いていた加奈子が振り向く。
「動物園。今週の土曜日はどうかな」
電車に乗る前の胸騒ぎ。きっと何もないはずだ。何もない。加奈子はいつも通り承諾してくれる―――。
「うーん…」
数秒の沈黙があった。
「私、おととい生徒会の先輩に告白されたんだ」
加奈子が何を言っているのか、理解できなかった。
ただ、熱いような冷たいような、わけの分からない感覚が全身を襲った。
ナニヲイッテルンダ―――。
「そうなん、だ」
再びの沈黙の後、それだけが言葉になった。
「OK、したの?」
「まだだけど…私、どうしようか迷ってて。どうしたらいいと思う?」
断れよ。僕は加奈子と動物園に行きたいし、また水族館にも行きたい。また加奈子の家で一緒にお菓子を作るし、高校だっていっぱい勉強して同じところに行くんだ―――。
「……加奈子が…したいようにすれば…いいんじゃないかな」
言えなかった。言えなかった。言えなかった。
手が震えている。声も。くそ、止まれよ。何だよこれ。
加奈子は、そんな僕をじっと見つめていたが、しばらくして、一言だけ呟いた。
「そっか」
僕らは駅舎を出た。
ここからは僕と加奈子の家は反対方向だ。
「じゃあね」
軽く微笑み、手を振りながら加奈子が言った。
じゃあ、と声を絞り出して、僕は加奈子に背を向け、家路を歩き始めた。
沈みかけた太陽が、段々輪郭を失って、ついには頬を伝って落ちた。
風が冷たい。冬はもう近いらしかった。