第9話 貧民街の魔少年 Ⅴ
おれは次々襲われる。
サメ女、怪しい坊主、マフィア。
今度は奴隷狩りである。
何てツイてないんだ。
おれの前には先日おれを襲ったマントのヤツが立っていた。
「サマラ!」
「良かった~」
子供たちが歓声を上げる。
どうも既知の仲らしい。
サマラは狂犬の様だった。
怒りに燃えた眼差しで奴隷狩りの男たちを睨むと走り出す。
立ちふさがる者を容赦なく切り捨てていく。
映像の早送りを見ているようなスピードで男たちが山刀で切り殺されていく。
その山刀がおれにも向く。
「キサマ どこかで見た覚えがあるな」
おれは内心ずっこける。昨日この女に殺されかけたのだが、サメ女は覚えてないらしい。
「待って サマラ」
「その人は僕たちを助けてくれたよ」
子供たちが口々に叫ぶ。
ありがたいねぇ。
しかしサマラはおれを睨みながら迷っている様子だ。
おれを狙って憩いの広場を流血の大惨事にした女だ。
見境という物があるだろうか。
おれもしかたなく剣を構える。
「駄目だ。サマラ! その人は敵じゃない」
銀髪の美少年の声だった。
「サマラ 敵はあっちだ。」
奴隷狩りを指して言う。
「その人は恩人だ。殺しちゃダメだ」
「デミアンが言うなら…分かった」
サマラがおれを睨むのを止め、奴隷狩りの男たちに向かう。
どうもおれは美少年に認められるのに成功したらしい。
その後はサメ女の独壇場だった。
おれも無論加勢したし、子供たちもダーツでフォローしたが必要なかったかもしれない。
それくらいあっけなく男たちは片付いた。
相手が剣を構えていようが迷いなく突っ込むサマラの気力が半端な奴隷狩りを圧倒したのである。
おれはサマラに切られたヤツを縛り上げ、逃げないようにするくらいしかする事が無かった。
「僕は感動しました。あなたはスゴイ人だ。死ぬような傷を受けながら、たった一人で闘い続けた」
「初めて会った子供たちのために命懸けで闘う。おとぎ話の英雄以外そんなコトありえないと思ってた。あなたは僕の英雄です」
「おいおい やめてくれ いくら何でも褒めすぎだ」
「おれはマヌケな冒険者で通ってるんだぜ。少しばかり痛みに鈍感なだけだよ」
銀髪の美少年がおれに礼を言い、手放しで褒めてくる。
照れるがまぁいいだろう。
このところ苦難の連続なのだ。
誰かに褒めてもらわなきゃやってられない。
おれも少年に言わなきゃならない事が有る。
「デミアン…でいいのか?」
「はい。僕の名です。」
「デミアン。今後 妹に躰を売らせるな!」
「は…はい」
「金を工面する方法ならおれも協力する」
「あの…妹は清い身体です」
「…?」
薬でぼーっとした男をさらに酔わせる。酩酊した男たちは妹を犯してるつもりで近所の犬相手に腰を振ってるワケ
デミアンは笑いながら説明した。
おれは自分にロリコンの気が無かったことに感謝した。
一歩間違えれば、犬相手に交尾してる姿をデミアンに見られていたかもしれない。
サマラは手加減を知らない。
それでも奴隷狩りは死んでいる者は少なかった。彼らが毒矢に対するため装備をしていたからだろう。
重傷の者は血止めだけして後の連中と一緒には縛り上げている。
「やった。お肉だね」
「腐っちゃうから 早く食べなきゃ」
喜ぶ子供たち。
いや ちょっとソレは…おれとしてはどうも…
「僕も子供たちにそんなコトはさせたくありません。でも子供たちは万年栄養失調です」
「死ぬか生きるかの選択です」
デミアン少年のいう事は正論だ。
でも協力者に大人もいるのだ。
なんとか別の選択がありそうじゃないか。
とりあえず朝までひと眠りと行こう。
ザコ寝している子供たちと一緒に横になる。
建物には汚い毛布や破れた布しか無かったが、男たちの馬車に毛布やマントが有った。
子供たちは大喜びした。
「やった。新品の毛布だ」
「破れてないマント 初めて見た~」
サマラはここの出身らしい。
ずっと子供たちの中で最大戦力だったが、リーダーではなく用心棒扱いらしい。
まぁそうだろう。
狂犬じゃリーダーにはなれない。
今は『赤いレジスタンス』に戦力として力を貸し、その報酬で子供たちに食料や衣類を買っている。
「おまえ どこで見たんだっけ?」
「まあいい。子供を守ってくれて ありがとな」
サマラは無邪気に礼を言ってきた。
凶悪に見えたサメ女も子供たちに混じると、身体が大きい子供に見えた。
サマラは子供たちと一緒になって驚くほどアッサリ寝てしまった。
何を警戒する事も無く、グースカ寝ている。
帽子とマントを外した顔を見ると間違いなく女だった。
遠方の血が混じっているのか、この辺の人間にしては色が黒い。
彫りの深い顔立ちと相まってエキゾチック美人に見える。
彼女の身体には子供たちがくっついて寝ている。
おれも眠くなる。
きょうは忙しかった。
おれの身体にも子供たちはひっついてきた。
子供たちの体は温かく、おれも安心してグッスリ寝てしまった。
翌朝おれは奴隷狩りの持ってきた馬車に連中を詰めて運ぶ。
つきそいはデミアンとサマラだ。
行先はギルドである。
アリスは目を白黒させていた。
「コイツら 強盗なんだ。おれが捕まえた」
「証人はこの二人だ」
「僕は街はずれで薬屋を営んでいる デミアンと言います。この人たちが昨夜いきなり襲ってきたんです」
「ジェイスンさんが助けてくれなかったら、僕と妹は攫われるところでした」
「ウム ズッと見てたよ。 マチガイ無い」
「ジェイスンさん 捕まえたって10人以上いますよ…」
「それにその証人の女性…」
「アリス 頼むよ。コイツラ調べれば犯罪歴が絶対出てくる」
「あとこの馬車も買い取ってくれ。載ってる武器やらなんかも全部頼む」
「報奨金は手付だけでもいい。銀髪少年に渡してくれ」
「そんなの すぐ出ませんよ」
「アリス ほんの一部でいい。とにかく今渡してやってくれ」
アリスにもろもろ全部押し付ける。
キィーッとか言っていたが彼女ならうまくやってくれるだろう。
アリスが銀髪少年に名前と住所を書くように言う場面でおれは緊張したが、少年はサラサラと書いていく。
デタラメを書いてるにしては澱みない。
フーン。
「ジェイスン 良かった!いいところにいた!」
「カニンガム 久しぶりだな」
「お前を探しにいかなきゃならんと思ってた」
カニンガムは慌てておれをギルドの奥に連れていく。
「待ってください。まだ手続きが…」
「アリス ギルドの一大事だ」
上司に言われて黙るアリス。悪いね。後はまかせる。
「良いか ジェイスン。サラ子爵がお前と面会を希望している」
「誰だって?」
「サラ子爵。200年以上続く貴族でこの街の評議会の一員、最大手商会の会長で、娼婦たちの大元締め兼騎士団の御意見番兼冒険者ギルドのスポンサーで人事権まで持ってる」
「待ってくれ 覚えきれない」
「他にもいろいろある ついでにコナー・ファミリーのボスだ」
「昨夜 お前を招待したんだが、招待したものが失敗したって、ギルドに連絡が来た」
「今日の昼 ギルドに出向くから その場でお前と面会する と言ってる」
「ゴッドマザーとか言うヤツか、昨日の今日でせっかちな婆さんだ」
「お前 サラ子爵を怒らせるな。本当に怒らせるなよ」
「ギルドの人事権を持ってるって言ったろ。おれもお前もどうなるか分からんぞ」
今日の昼?もう一時間もないじゃないか。
「お前さんがジェイスンかい 腕利きの冒険者って聞いてたけど、思ったより迫力が無いねぇ」
サラ子爵はおれの顔をみるなり言った。
年齢は相当いってるが、背が成人男子なみに高く横幅もデカイ。
身のこなしに年齢相応の弱ったところが無いのだ。
むしろ気力に満ちていて、他人を圧倒する迫力がある。
「いや 人間違いでしょう。おれはマヌケな冒険者で有名なんです」
「カニンガム!」
サラがカニンガムを睨め付ける。
「いえ 間違いなくお探しのジェイスンです」
「先日 イナンナ神殿の不祥事を暴いた腕利きです」
カニンガム…権力に弱い男じゃなかったんだが、彼女の迫力に圧されてるらしい
「ふん ジェイスン 昨夜は使いの者が役に立たなくて失礼したね」
サラは昨日のマッチョ男、筋肉女も連れていた。
サラの言葉に筋肉オトコ・アーニーが頭を下げる。
相当な大男だが、サラといると小さく見える。
計測すればアーニーの方が高いだろうが、印象の強さが違うのだ。
ケイトの方はこっちを見て話しかけてくる。
「アンタ 無事だったんだね」
「ああ おかげさまでな。昨夜は子供と一晩遊んでたんだ」
「チッ こっちはヒドイ目に有ったんだ…」
そっぽを向くケイト。何故かその頬は紅潮している。
ギルドにこんな部屋が有ったのか?
おれは仰天していた。
クッションの聞いてない長イスとは大違いのソファにおれは座っている。
広間にはシャデリア、装飾の施された窓、純白のテーブルが並び、とても冒険者ギルドの部屋とは思えない。
「ギルドには貴族の御客人やお偉いさんだって来るんだ。それ用の特別室だ」
「カニンガム 今度おれを泊めるときはこっちにしてくれ」
テーブルには豪勢な食事が並ぶ。
近くのレストランから取り寄せたらしい。
食事をしながら会談という事になったのだ。
おれの隣にはアリスと何故か銀髪少年、サマラまで並んでいる。
「ヤバい 美味しすぎる。これボーナス出たら行きたかったお店なの」
アリスは有頂天だ。
銀髪少年は黙って食べている。
サマラは食器の使い方がメチャクチャだが、少年がフォローしている。
「ジェイスン 『赤いレジスタンス』聞いたことがあるかい?」
「おれをこの間襲ってきた赤髪のチンピラがそんな名前らしい」
「そいつらはね コナー・ファミリーに立てついてる」
「若い子たちのやる事さ ちょっとしたケンカくらいならアタシも口出ししたくない」
「でも 強い助っ人が二人『赤いレジスタンス』に入ったらしくてね」
「それから どうもやる事が派手過ぎるのさ」
「一度お灸をすえないとね」
「薬を売ってるんだ。こいつがどうも物騒だ」
「香料さ、空気に混じって無色だから 誰でも吸い込む。すると身体が自由に動かなくなってくる」
「さらに 吸い過ぎると男も女も性感が高まる。子造りしたくてどうしようもなくなる」
「効き目はウチのモンが実証済みだよ」
サラのウチのモンが実証済みのセリフでケイトが何故か赤くなってうつむく。
おれの方も心当たりがある話だ。
銀髪少年の方を見ると分かり易く下を向いて見せた。
まあいい。
銀髪少年に余計なこと言うなよと目配せして見せる。
少年は勿論ですと視線で応える。
心配なのはその隣だが…。
サマラは食べ物をせっせと口に運んでいた。
「おいしい…幸せ」
おれたちの会話を何も聞いていない。
「本当に効くんですか…いかにも怪しいですよ」
アリスが言う。
「効いた気がする程度のインチキならかまやしない 騙されるスケベが悪いのさ」
「本当に効くのはマズイねぇ」
「しかもその辺の男が月給で買える値段でときちゃ最悪だね」
確かに物騒な薬だ。
身体を動けなくして、性感を高める。もてない男が買い込むのは予想が付く。
サラ子爵はおれたちを睨め付ける。
「アンタたち! 女の身になって考えたことがあるかい?」
「臭いもしない。色も無い。どこで使われるか分かんないんだよ」
「職場で使われるかもしれない 自分の家に仕掛けられたら?」
「安心できる場所なんて何処もないじゃないか」
サラ子爵が続ける。
「あたしはねこの街で生まれ育った。あたしが子供の頃はもっと乱暴な街だったんだ」
「力のあるヤツがのさばってね。マジメな庶民は貧乏になる一方。ちょっとキレイな娘はすぐ誘拐される」
「旅人は泊まっていかないのさ。街道沿いだから通らなきゃならないけど、この街に泊まったら死ぬぞなんて言われてた」
「それを60年かけて何とかしたのさ。行儀の悪い貴族はオドシをかける。力にモノ言わせる連中はさらに強い力で潰す。」
「コナー・ファミリーなんて5人しかいないギャングだった。漢気のある連中が集まってきてね」
「やっと旅人が安心して泊まれる、女子供だけで街を散歩できる、そんな街にしたんだ」
「それをひっくり返す薬は売らせられないねぇ」
その場にいた全員がサラの言う事を黙って聞いていた。
60年か。
『そんな街にした』ヒトコトで済ませられる物ではない。
覚悟を持ち実行し続ける。
血と汗と涙を流し続けなければ不可能だ。
それを60年。
見ればサラの顔にはいくつも傷跡がある。
体にはもっとあるのだろう。




