第8話 貧民街の魔少年 Ⅳ
おれはサメ女に襲われ、マフィアに襲われ、坊主に襲われる。
ツイてなさすぎだろう。
廃墟に逃げ込んだおれを今度は幼い少女が襲う。
おれはロリコン趣味は無い。
無いったら無いんだ!
…グッ!
身体を痛みが駆け抜けるとともにおれは魔法から解き放たれていた。
少女の手を抑える。
先ほどまでがうそのように少女の手には力が無い。
弱々しい腕をつかみ、少女をベッドに寝かせる。
おれはベッドから抜け出す。
テーブルに有った酒瓶を掴み、窓際に行って飲み干す。
意識がハッキリしてくるのを感じる。
待てよ!
「酒には薬を入れてないだろうな!」
少年は肩をすくめる。
「入れてないよ オジサンさっき何をしたの」
「おれはここに来て食べても呑んでもいないぞ。香料か?」
「自分の胸をナイフで刺したように見えたよ。何のトリック?」
そう おれはナイフで自分の胸を刺していた。
即引き抜いたし、一瞬で傷も治ったから少年には何が起きたか分からなかった筈だ。
その瞬間 身体に回っていた毒だか薬の効果も消えた。
効果が消えればなんてことは無い。ただの子供だ。
先ほどまで魔的な魅力でおれを惹きつけた妖女はもういない。
ベッドに居るのは病的に白い肌、痩せっぽちの少女だ。
その様子はおれの中の子供に対する保護欲を呼び覚ました。
「下で祭りでもやってるんじゃないか?参加しなくていいのか」
おれは少年に言う。
少し前から下がうるさいのだ。
喋り声とかそういう物では無い。
「あの 大変なんだ!」
子供が一人2階へ上がってくる。
少年に怯えている。普段2階に上がるなと言われているのかもしれない。
「狩りだ! 奴隷狩りの連中が来てる!」
物騒な単語が飛び出して来た。
「サマラは?」
「今呼びに行ってる」
少年は建物の外の様子を覗う。
行きがかり上おれも一緒だ。
「まずいね 人数が多い」
「馬車が2台に 人数は…20人はいるな」
「普通は3.4人しか来ない。ここのところうまく追い払っていたんだ」
「子供だけでか?」
「建物に入ってきたら薬を嗅がせて、動きが鈍いところなら子供でも殺せる 後は強い仲間がいるけど、今はいない。そのタイミングを見計らってきたんだと思う」
武装をした男たちが近づいて来ていた。
犬まで連れてきている。
「イナンナの街は武器を抜き身にするのは許されないと聞いてるんだがな、行儀の悪い連中だ」
「そんなの守る人はここにいないよ」
男たちが犬を放つ。
こちらに猛烈な勢いで走る犬たち。可愛らしいお座敷犬などいない。
いずれ劣らぬ凶悪な面相の狩猟犬だ。
建物のまえでその勢いはいきなり落ちた。
落とし穴に落ちるモノ、ヤリに貫かれるモノ。
「罠のオンパレードだな」
「罠で動けなくして毒矢でトドメを刺すんだ」
「相手があんなに人数いちゃトドメにはいけないな」
犬は何頭も倒れたが罠を越えたヤツが近づいてくる、その後を人間達も近づいてくる。
「犬を先に行かせて罠を破るとは動物愛護団体からクレームがくるぜ」
「ドウブツアイゴ…?」
「入り口に網が仕掛けてある」
「身動き取れなくなったら矢で攻撃するんだ」
少年の合図で子供たちが入り口の脇に待機する。
みんな投矢・ダーツゲームで使うようなヤツを持っている。
あれに毒が仕込まれてるワケか。
おれならこんな危険地帯には近づかない。
もちろん犬は恐れげなく飛び込んでくる。
網にかかってもがく犬たち。
死のダーツが飛んでいく。
オッソロシイねぇ。
どちらが被害者か分からない。
「剣を貸してくれ」
「…あなたが僕たちの味方とは限らないな」
「人間達も近づいてくる。早くしろ」
「さっき妹ちゃんにキスをプレゼントして貰ったからな。そのプレゼント代くらいは働いてやるぜ」
犬たちは毒矢で動けなくなっているが、悪運強く抜け出してきたヤツが子供を襲う。
「グルルゥ」
牙が子供たちに向かう。
寸前におれは犬の胴体を刺し貫く。
手入れがいいとは言えない剣だったが、贅沢は言っていられない。
網でもがく犬にもトドメを刺す。
後続の人間達が入ってくる。
子供たちに奴隷狩りと呼ばれていたな。
事情は知らないが、手加減する必要は無いだろう。
おれは剣で切り込むが相手は人数が多い。
入り口の前に来たヤツと闘い、それ以上の敵が建物に入って来れないように動くおれ。
子供たちも毒矢でフォローしてくれるが、相手は革で素肌を露出しないように備えている。
以前にも死のダーツを喰らったのだろう。
同情する気は無いがね。
「キサマ なんのつもりだ」
「お前らこそなんだ 人の家に入る時はベルを鳴らしてからだって教わらなかったのか」
「今のうちに大人しく道を開けろ。コナー・ファミリーがおれたちにはついてるんだぜ」
「ここの子供たちはしつけがいいんだ。知らないオジサンを家に上げちゃダメだってさ」
奴隷狩りと呼ばれたヤツらにしてみれば計算違いだったんだろう。
ワナを犬でかいくぐってしまえば、赤ずきんちゃんを捕まえ放題と思っていたはずだ。
ヤツらの計算違いは続く。
「何グズグズしてるんだ。相手は一人だぞ」
「イヤ おれはこいつをやった 手ごたえは有ったんだ」
「替われ おれがやる」
「確かにそこそこやるようだが、こいつで終いだ」
槍で後方から刺してくる。
それは見事におれの腹を貫いた。
前線で疲弊したヤツと交代で入ってきた男の剣。
それはおれの胸を切り裂いた。
「なんてタフなヤツなんだ」
「いやタフとかいうレベルじゃねぇ」
「コイツおかしい おかしいだろ」
ヤツらの顔色が変わる。
前に立ちふさがるヤッカイな相手を倒したと歓声を上げるたびに 期待を裏切っておれが闘い続けるからだ。
「なんだ コレ」
「おれたち 薬で幻覚を見せられてるんじゃ」
「チクショウ 死ね! もう死ねよ!」
男たちはパニックをおこしかける。
「窓だ! あの窓をぶち割って入れば!」
おれのいる入り口の離れた場所に窓がある。
正確には窓だったんだろう場所だ。
ガラスはすでに無く、木枠のようなものが下手くそに打ち付けられている。
男たちは おれの相手に5人ほど残してそちらに向かう。
なんとかしたいがおれの身体は一つしかない。
「罠はもうないのか?」
「さっきの網で終わりだよ」
年長の子供たちが窓に向かうが、武器は毒矢だけ、盾も鎧も無いのだ。
相手は武装した男たちだ。
勝負にならないだろう。
窓の木枠を打ち破り、男たちが建物に押し入る。
おれは入り口にくぎ付けのままだ。
一人は剣で切り伏せたが、まだ4人残っている。
男たちが子供を捕えていく。
打ち据え、抵抗できない者を縄で縛り上げる。
年長の少年が抗うが、相手は武装しているのだ。
抵抗を続ける子供が切られ血を流す。
「おい殺すなよ。せっかくの売り物だ」
「2、3人みせしめに殺した方がよくねーか」
「毒矢で狙ってくるようなガキどもだ 少しおしおきしとかねーと」
ヤツらは奥にいた銀髪の少女に目を付けていた。
「ヤッたぜ 上物だ」
「こいつは 高く売れる」
「しかしこの年じゃ娼館には売れないぞ」
「変態の貴族様が買ってくれるさ」
「その前に少し味見しようぜ」
「俺のデカイのを入れたら壊れちまうだろ」
「上の口なら…」
「キサマら この娘には手をださせない」
銀髪の美少年が男たちの視線から妹を隠す。
「こいつも上物だが…男かよ」
「イヤ それも買ってくれる客がいるぜ」
「おとなしく捕まればイタイ目をみないですむぜ」
男達が少年と少女に近寄る。
美少年は答えずにビンを取り出すと男に向かって中身を浴びせかける。
「ギャーッ」
男たちは悲鳴を上げていた。
「手が焼ける 皮膚が溶けてやがる」
「顔が…おれのかおが…」
酸だった。それも強力なヤツだ。
最後の武器を隠し持ってたのか。
大した少年だ。
しかしまだ人数はいるぞ。
それに相手を怒らせちまった。
どうする?
おれはさらに二人切り伏せていたが、窓から入った男が後ろから加勢してくる。
先ほどより形勢は不利だ。
前から後ろから攻撃が来るのだ。
助けに行きたいが行ける状況じゃない。
意外な形で助けは現れた。
建物の外からおれをしつこく攻撃していた連中がいきなり倒れたのである。
そして倒れた連中の後ろには マントを羽織り、山刀をかまえたヤツが立っていた。
そう サメ男! いや アリスの言葉を信じるなら サメ女!である。