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新月夜にノスフェラトゥ嗤う  作者: くろ


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第5話 貧民街の魔少年 Ⅰ

「ジェイスンさん。仕事です。着いてきてください」

アリスは言った。

ギルドの中である。

おれがギルドに出向いた途端言われたのだった。


「いや今おれは休暇中なんだが」

「今 手の空いてる人間はあなたくらいなんです」


いやどう見てもギルドの待合室にたむろしてるのがたくさん居る。

依頼票を見ながら考えてるヤツらもいるじゃねーか。

すでにアリスはおれに背を向けて歩き出していた。

賢明なおれはそれ以上言い返さず後を追う。

この娘に何か言った場合3倍以上の小言になって返ってくるのをすでに学習してるからである。

どうもこの背の低い娘におれは弱い。


近くの食堂で暴力沙汰が起こった。

その確認と連絡がアリスの役目らしい。

おれはイナンナの街に詳しくない。

まだこの街に来て10日と経っていない新参者なのだ。

通りを歩いていて思う。

イナンナの街は治安が良い。

東西を結ぶ街道の要所で有り、旅人も多く商業も盛んな街だ。

アリスによると今おれ達がいる大通りは一番安全な場所らしい。

夜になると酔っぱらいのケンカくらいは有るものの、昼間は女性 子供が一人で歩いても平気なのだ。

この街は周辺を騎士団がパトロールしており、街の内部は評議会による警護隊、商人たちによる自警団がいる。

街で強盗やひったくりが居れば冒険者も手を貸す。もっとも冒険者はそれによる報奨金が目当てだ。

大都市につきものの危険な通りは有るし、街はずれの貧民街はよそ者が近づくのは自殺行為という物騒な場所だそうだが、それにしてもこの世界で最高クラスに安全な場所だろう。

「ならアリスちゃんひとりで行けるだろう。なぜおれも行くんだ」

「暴力沙汰が現在進行形だったらどうするんです? ジェイスンさんはか弱い女性ひとりでいかせる気ですか?」

いやお前はか弱くない!



「こりゃひどいな 」

店はメチャクチャだった。テーブルはひっくり返り、イスは原型を留めていない。

人が大勢倒れている。

野戦病院さながらだ。

アリスは先に来ていた警護隊に捕まっている。

緑色の軽装備に身を包んだ連中だ。警護隊の証らしい。

「季節外れの台風でも来たのか?」

おれはアリスが仕事しているのを眺めながるしかなかった。

治療はおれの仕事じゃない。


「ハゲ頭の坊主だよ。そいつが店をこんなにしやがったんだ!」

店の人間だろう、中年女性がおれに言ってくる。

なんでおれに言うのだ!


「大きな鉄棒でお客さんまでやられちまった」

「倒れてるのは客たちかい?」

「ウチの従業員も居るし、お客さんもいるよ」

「あっちのひどくやられてるのは?」


ほとんどの被害者はおれの見たところ重傷じゃない。

棒でやられたと言ってたな。

意識を失ってる人も脳震盪くらいだろう。

おれが気にしたのは2人ほど重傷の男がいるのだ。

黒服を着込んだガタイのいい男どもだ。

遠目に見ても手足の形が不自然だ。腕が、足が折れているのである。

「助けに来たってのにやられたのさ。普段偉そうにしてるくせにだらしない」

中年女性の言葉がキツくなる。

重傷男をよく見るとどうもマトモなご面相ではない。

路地裏で出会ったら逃げ出したくなるような連中だった。

 

「アリス あの二人分かるか?」

「あれはコナー・ファミリーの組員ですね」

マフィアか!

「この店はコナー・ファミリーに属していたようです」



広場でおれたちはお茶を飲んでいた。

おれは少々興奮していた。

広場の屋台で懐かしいにおいを嗅いだのだ。


「おやじ コーヒーがあるのか?」

「ヘイッ 最近南方で流行っているお茶みたいなもんで 試しにしいれたんでさ」


前にもこの世界で飲んだことは有る。

が、悲しい事にほとんど流通していないのだ。

たまに見かけるとどんな値段が付いていても飲まずにはいられない。

今回は2年ぶりくらいだろうか。

広場にはイスや丸テーブルが置かれてる。

そろそろ昼が近い。

周りには早めの昼食を屋台で買って食べる、そんな家族や旅人であふれてる。

噴水の近くではカップルが談笑している。


おれたちは空いているテーブルとイスを見つけて休憩する。


「それ 真っ黒ですよ。 人間が飲める物なんですか?」

「ああ 大人向けの飲み物だからな。アリスには早いかな」


おれはコーヒーの香りを楽しむ。


「一口試してみるか?」

「飲みます!」


…か…関節キス…

アリスはなにかブツブツ言っている。

まだ口は着けていないんだが。

一口飲んでアリスは吐き出した。


「に…苦いっ! 毒です。 これ毒が入ってます」

ミルクを入れてやるべきだったか。


行きがけのアリスの説明には大事なポイントが抜けていた。

この街の秩序を守っているのは騎士団、警護隊、自警団、だけじゃない

マフィア・犯罪組織である。

コナー・ファミリーはその代表格だという。

この街で商売してる人間はコナー・ファミリーに金を納めて、揉め事を解決してもらっているワケだ。


「本当はマフィアを無くして、自警団と冒険者ギルドの連携でやっていきたいんです」

「でもコナーは貴族とも繋がってます。いきなりコナー・ファミリーを敵に回すほどのの力はギルドには無いです」


「見たところこの街は平和だ。コナー・ファミリーは最低限常識はわきまえてるってことだろう?」


「それは…日の当たるところはそうです。でも陰では この前の事件みたいに女性が攫われている。ファミリーに逆らった店が潰されてる」


アリスは興奮して 涙目になっている。

そういえば先日の事件で知人を亡くしたんだったか。


「分かった。良く知らないで言ったおれが悪かった。謝るから泣かないでくれ」

「ジェイスンさんが悪いんじゃありません。謝らないでください」


「あっちの屋台で 菓子を売ってたぜ。なにかおごるよ」

「…わたしを子供だと思ってませんか?ジェイスンさん 失礼です」


…そこは今夜お酒に誘うところです…

またなにかブツブツ言っている。

おれはアリスから意識を別の方に向けていた。

おれたちの方に近づいてくる連中がいるのである。



「よう 冒険者のジェイスンってのはお前だな!」

3人組は広場には似合っていなかった。

街中だってのに剣を鞘にも入れていない作法の無いヤツらである。

「いや おれはフレディ。神殿で働いてるんだ」

おれは先日知り合った女性のプロフィールを無断借用した。


「アリス 座ってるんだ。ただの人違いだよ」


立ち上がって何か言いかけるアリスを黙らせる。

男がジロジロおれを見る。


「黒髪 黒い瞳でやせっぽちのオッサン」

「コーザンさんに聞いた通りダロ」


髪を赤く染めて逆立てている若い男がナマリの入った言葉で答える。

もう一人も似たような髪を染めた若僧だ。

流行っているのか?

目的はおしゃれじゃなくて威嚇だろう。

まっとうな商売の青年じゃないのは間違いないがプロのマフィアという雰囲気じゃない。

路地裏の不良少年といったところだ。

問題はその後ろにいるヤツだった。

旅人の帽子をかぶり、マントをしてるため、外見は分からないが、剣呑な雰囲気が漂っている。

おれはそいつに注意を向けていた。


「サマラさん お願いします」

「分かった そいつを殺す」


いや 会話の文脈がおかしい。

そこは捕まえるとか痛い目に合わせるじゃないのか。

見ると若僧二人も目を見開いている。

予想外のセリフだったらしい。

そいつがおれに向かって来た!

マントから刀を抜いて斬りかかってくる!

辺りには昼食を楽しむ家族連れや、デートしているカップルがいる空間なのだ。

狂気の沙汰だ。


おれはイスで刀を受け止めた。

イヤ 受け止めたと思ったイスの脚はキレイに両断されていた。

飛び下がって刀のリーチから離れる。


周りにいた家族が叫び声を上げる。


「キャーッ」

「なに 何なの」


逃げだすカップルや老人たち。

賢明な判断だ。

賢明でない輩どもはヤジ馬になって近づいてくる。

治安が良い分、街の人間にも危機感が足りてない。


アリスは無事だが、パニクっている。


「なっ 何ですか 何ですか…ジェイスンさん 何したんですか?!」

おれが悪いのかよ!


「ちょちょっと。サマラさん マズイっすよ」

「コイツは殺さずに連れてくんダロ」

チンピラどもが慌てているが、マントの奴は気にも留めていない。


こちらを睨みながら片刃の刀をかまえる。

日本刀? 片刃だが日本刀にしては刃部分が広く裏が鋸状だ。山刀とか呼ばれるモノか。

サバイバルナイフのデッカイ奴だ。


再度 山刀で切りかかってくる。

早い!

まずコイツの動きが速い。マントで見えないが鍛えられた身体をしているのに違いない。

そこから迷いの無い刃先が振るわれる。

凶器ごと前方へ突進するのだ。

走る凶器だ。


狂気の凶器!

絶体絶命だってのにアホな事をおれは一瞬考える。

おれはなんとか刃先をよけ、相手に向かって丸テーブルを蹴り上げる。

クソッ。コーヒーが台無しだ。まだ口もつけていないのに。


突進する方向をずらし丸テーブルをよけるマントの奴。

スピードを殺しきれずそのまま人ごみに突っ込む。

凶器はかざしたままだ。

たちまち辺りは血にまみれた。


「ギャーッ」

「切られた! 俺の腕!」


アホなヤジ馬が蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。


「切りました! あの人本当に切りました!」

「落ち着け! アリス!」


騒ぎを聞きつけた警備隊が駆けつけて来るのが見えた。

緑色の連中だ。


「そこで何をしている!」

大柄な男が大声で呼びかける。


「チッ 警備隊だ」

「逃げるダロ」


マントの奴は無言だ。


「キサマ! 街中は抜刀禁止だ!」

「詰め所に来てもらうぞ」


その隙におれはアリスの手を掴んで逃げ出す。

残されたマントの人間に手を伸ばす警備隊。


マントの奴から刃が放たれたのをおれは見ていた。


緑色の服を着た男の手首から先が下に落ちる。


「ぺぺぺ…ぺ…ぺぺ」

男は自分の腕から先を見ている。何が起きたか理解できていないのだ。


「ぺくび…俺のぺくびがーっ!」

手を抑えてうずくまる。

ようやっと手を斬られた痛みに気付いたようだった。


「サマラさん 逃げるっすよ」

「早く行くダロ」


チンピラのいう事を聞いているのか、いないのかマントは辺りを見回している。

おれを探しているのだ。


おれはと言うと屋台の影に隠れていた。

腸詰をパンに挟んで売ってる、ホットドッグだね。

「ジェイスンさん 警備隊の人が…」

「シー アリス今は静かに」


仲間をやられた警備隊がマントを囲もうとしていた。

すでに剣を抜いている。

さらに緑色の連中がが集合して来るのが見える。

よし。これだけ人数が居れば何とかなるだろう。

さっさと逃げよう。


「アリス 逃げるぞ」

「ええっ ジェイスンさん ここは警備の人に協力する場面じゃ」

「あのな おれは休暇中。前回の傷だって癒えてないの。 おれが大ケガしてたの 見ただろう」

アリスはおれを疑わし気にジロジロ見る。


「ジェイスンさん 元気そうですよ こないだは全部返り血だって言ってたじゃないですか」


「大人しくしろ」

「剣を捨てなさい!」

マントは警備隊を見ていない? いまだに周囲をキョロキョロしてる。


マズイ! 目が合った!

一直線にこちらに向かってくる!


マントの進行方向にいた警備隊の中年男がマントを遮る。


「キサマ 逆らう気か!」

マントは不運な中年を見もせずに山刀を振るう。


あちゃ~。

中年男の頭半分が無くなるのが見えた。


「逃げますよ なにグズグズしてるんですか!」

あれ アリス さっきと言ってることが違うよ。


アリスはおれの手を引っ張って走り出す。

おれはどさくさに紛れて屋台からビンを貰って、手持ちの小銭を屋台に投げつける。

屋台のオヤジは逃げたのだろう。

すでに人はいない。

「もらうよ」

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