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 夜は色々なものを引きずり出してしまう。

 まるで蓋が取れてしまったかのように忘れていたい記憶や閉じ込めておいた感情がどっと沸いてくる。パジャマのまま一人で街の雑踏に放り出されたような居心地の悪さから逃れるように香澄は布団を被ったが、表情を奪い去る声は一向に消える気配がない。

 それもそのはずだ。声が湧いてくるのは香澄の胸の底なのだから。

 背中を丸めて蹲ってみても声は消えずに頭の中を文字が埋め尽くすばかりだ。いっそ殺してくれと願っても、声は胸の内をがりがりと引っ掻くだけで致命傷は与えてくれない。


「どうしたらいいんだろ」


 虚しく八畳間に響いた声もみるみるうちに切り裂かれ、ヒステリックな叫び声が香澄の耳元で呪詛を唱える。


「そんなものを描いてどうするの? なれもしないのに」


 そう言った母は香澄が描いたシンデレラの絵を破り捨てた。絵本どころか本と呼べるのが通販のカタログくらいしかなかったあの部屋で、香澄はシンデレラを家に招こうとした。幼稚園で初めて出会った絵本のお姫様は香澄の頭の中に住み着いていたが、それでも実際にそばで見ていたかった。

 けれど、そんな絵も目の前で引き裂かれてしまった。


「こんなもの、いらないでしょ? あなたは根暗だから」


 真冬だったけれど、あまり服を買ってもらえなかったからいつも毛布を被っていた。

 香水とタバコの臭いが充満するアパートの一室は、風邪をひいているわけでもないのに震えが止まらないほど寒くて痛かった。「これでいいでしょ」と渡された長袖のシャツとぶかぶかのジーンズの内側は切り傷と痣で埋め尽くされ、寝っ転がっても痛くなる。それでも服をもらえた時は嬉しくて、何度も鏡に映った自分を見つめていた。


「程度が低いのよ。こんなものに浮かれて」


 灰皿の上で燃えるシンデレラに香澄ができることは、涙を堪えながら後悔の念を積み重ねることくらいだった。いつも一緒に居たいなんて望むから罰が当たったんだ。ずっと心の中にしまっておけば、大切なものが汚されていくのを見なくて済んだのに。

 目を覚ました香澄は瞼の奥が涙で溢れているのを感じた。

 間違いなく、何かが失われていた。

 茫然と天井を見つめ、それがもうここにはないのだと気が付いたときには涙が溢れ出し、嗚咽交じりに布団を濡らしていた。

 午前四時の街は風の音がよく聴こえる。今日は久慈丸と会う日だ。

 香澄は起き上がると、パーカーとジーンズを履いて真っ暗な街を歩こうと思い立った。悪い夢と散歩の組み合わせはもうすっかりルーティンになり、起きるつもりのない時間に起きてしまうのも受け入れられる。

 休日の静まり返った街へと歩き出してもまたすぐに次の夜がやって来てしまう。街灯を頼りに身体を縮め、香澄はアスファルトを鳴らした

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