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余命宣告を受けたような一週間は、昨日とは確かに違う手触りで流れ始めていた。
風に流された白い雲が薄っすらとかかる空は手前に生える街路樹をくっきりと浮き上がらせ、揺れる葉の中から飛び出した小鳥たちはビル隙間へと消えていく。
いつもこんな風に空を見上げていたのだろうか。空を見上げる香澄はどこか自分をぎこちなく思った。いつも通りをなぞろうとしている自分と、精神安定剤を飲んで9時の街を歩く自分との矛盾に香澄が気付いていないわけではない。それでも、いつも通りではないのだと思う度に香澄は空を見上げずにはいられなかった。
閑散とした学校への道を歩きながら、香澄は「体調はどう?」という問いを頭の中で繰り返している。いずれ訊かれるであろうその問いに対する言葉を香澄は鮮明に導き出すことができず、景色を瞳に映しながら心の中を攫い続けていた。
良いと言い表すにはあまりに複雑で、悪いと言い表すには穏やか過ぎる。香澄の胸の底に流れ続けていた不安は弱まってはいるものの、まだ消えたわけではない。捉えどころのなかった恐怖の形を知った代わりに、自分の記憶とどう向き合うのかという迷いが付きまとっている。そんな簡単にはつかめない心だからこそ、香澄は鮮明に描き出された街を眺めた。今見えているこの景色こそが、香澄の体調の変化そのものであった。
人と接する恐さは過去の記憶によるものだ。何もかも思い出せば、今までのように人と接することはできないだろう。
今は心を傷つけてしまわないように。息をひそめるように入った校舎は、前に頭痛に襲われたとき以上に人を孤独にしてしまいそうだ。誰かの近くにいるのはとても心地いいけれど、それが心を傷つけるのなら今は孤独を愛そう。香澄は自分の足音から湧いてくる寂しさをかき分け、密かな誓いとともに保健室の扉を開いた。
「おはようございます」
「おはよう、浅間さん」
変わることなく柔和な微笑みを浮かべる養護教諭を見て、どうしてか香澄は知っているのだなと感じた。なぜそう感じたのか、その根拠は明確には言い表せないけれど、香澄は目の前の養護教諭が自分の事情を幾らか慮っているような気がした。
「えっと、その」
「大丈夫よ。事情は久慈丸先生から聴いているから」」
「そうですか」
その口調には「分かっているわよ」という香澄の心に寄り添うような姿勢が滲んでいて、それを聴いた香澄はほっとした。自分でも整理が付いていないことを誰かに説明するなんてそうできるものでもない。私は助けられているのだと、香澄は嫌でも感じた。
「そこの仕切りの中で勉強しましょうか」
「はい」
「お昼は一緒に食べましょう。おばさんと一緒なんて嫌かもしれないけれど」
「いえ。ありがとうございます」
保健室を訪れる生徒からも外にいる人からも見えない仕切りの奥は、傷ついた人の安息地として作られたのだろう。これから自分はここで残された日々を過ごすのだ。消えてしまった過去の自分を想いながら。




