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ちょっと待ってよ、蓮実くん

頭の中はグチャグチャだ。

私の御神託と今後のこと、蓮実くんのこと、蓮実くんの股間。

一体どうなってしまうのだろうか。


頭を抱えながら布団にゴロンと横になる。

とにかく寝よう。寝てから考えようと眠りにつく。

疲れていたからか、布団に横になって10秒もしないで深い夢の中へと入っていった。




「高山桐花。お前はもう私の使命を聞かぬということか。」


神様の声がする。

どうやらいつもの、御神託を聞く夢のようだ。


「神様……。

私、もうお見合いババアはやめたいんです。私だって自分の恋がしたい。

だからもう御神託を聞けません。」


私は神様に深々とこうべを垂れた。

今まで神様の御神託に従っていたのに、きっと神様は失望したことだろう。


「よい。

太田蓮実と恋に落ちるのもまた使命。」


「……いえ、違うのです。

恋に落ちるのは使命だからじゃありません。

自分の意思です。

私は、私が好きだと思った相手と恋に落ちます。

それがもし万が一蓮実くんだとしても、使命感からじゃありません。意思によるものです。」


神様は丸いボタンの瞳で私をじっと見つめてきた。

私は神様の目を見るのが怖くて自分の手元を見ることしか出来なかった。


「ならば好きに生きろ。

お前が私の使命を聞かぬ限り、私はお前を助けたりはしない。」


「わかっています……。」


今までたくさん神様に助けてもらった。

苦しい時、悲しい時、神様は私の気持ちを汲んで浄化してくれた。


「さようならだ。」


神様はフワフワのテディベアの体をくるりと翻し闇に消えていく。

さよなら神様。


「お前はよくやってくれた。

いい子で偉い、誇れる子だ。」



朝目が覚めると、いつも枕元に置いていたテディベアが無くなっていた。


母さんが5番目のお父さんといなくなる前に買ってくれたテディベア。

母さんはいつも私に「お母さんが幸せになれるように、恋のキューピッドになって」と言っていた。


ごめんね母さん。私は恋のキューピッドはもう卒業するんだ。


爽やかな気持ちに包まれながらも、どこか寂しかった。


✳︎


学校に行くべきか、行かぬべきか。

私は散々迷ったが、結局行くことにした。

蓮実くんだってみんながいる前で殴り返したりはしないだろう。


しかしそんな考えは甘かったと知る。


「桐花ちゃん、ちょっと来て。」


蓮実くんは一切笑わず、物凄く冷たい目で私を呼んだ。

恐ろしい。これがこの学園の王子か?

魔物と言った方がいいんじゃないだろうか。


「お、おはよう。

これからホームルームだよ。

着席しなきゃ。」


「すぐに済むから。」


それだけ言うと彼は私の腕を握り潰さんばかりに掴むと周りを蹴散らしてどこかへと連行した。

遠くで真山さんの唖然とした表情と、秋山くんの念仏が聞こえる。


「た、助けて……。」


真山さんと秋山くんに助けを求める。

真山さんはハッとした表情になり、それからハンカチで目元を抑えながら首を振った。

秋山くんはそんな彼女の背中をさすりながら「残念ですが彼女はもう……」と宣告していた。


私は2人が見えなくなるまで見つめた。

まるで私が死ぬみたいじゃないか。

なにあれ、感じ悪い。


✳︎


「俺がなんでここに連れて来たかわかるよね?」


ここ、とは屋上前の階段の踊り場である。

人気が少ないから殴るのにはもってこいだろう。


「わかってます……。

どうぞ好きなだけ殴ってください。」


「……殴ったりしないよ……。」


「もしかして治療費?

バイトしてるし、6万2千円くらいまでなら出せる。」


「その細かい数字はなんだろう……?

……そうじゃなくて。

あんなだまし討ちいくらなんでも酷い。」


蓮実くんは私の腕をギリギリと締め上げながら氷点下の瞳で睨んでいる。


「ご、ごめん。

あの時はいいアイデアだと思ったんだよ。でもこうして腕の血の流れを止められることになるってわかってたらやらなかった。」


「俺の心を弄びやがって。」


「本当に股間蹴ったのは悪かったと思う。

で、でもああでもしないと離してくれなかったでしょ?」


蓮実くんは黙った。

図星だったようだ。


「お互い悪かったってことで、もうチャラにしない?

私が言うのもアレだけど。」


「……そうだね。

この件は水に流すよ。」


蓮実くんはふっと笑った。

よかった。納得してくれたんだ。

そう思った瞬間、私は壁に押し付けられていた。


「キスしてくれたらね。」


「へっ!?」


「だって離したらキスしてくれるって言ったじゃん。

俺は離したよ。だからさ、キスしてよ。」


おかしいおかしい。

そもそも彼が私を追い詰めて捕縛しなければあんなことにはならなかったのだ。

6割くらいは蓮実くんが悪い。


「ちょっと待って、いくらなんでもそんなことできない。」


「昨日はキスするって言ったのに。」


「そ、それは……そうなんだけど、でもさ、」


「ならずっとここにいる?

俺はそれでもいいけど。」


ホームルームはもう始まるだろう。

それまでに私たちが戻らなかったら先生から詮索されるのは間違いなしだ。

その時に上手く誤魔化せる自信はない。


「……キスしたらもう付きまとわない?」


「そんなわけないじゃん。

君が俺と一緒に納骨されるまで付きまとってやる。」


これである。

ファーストキスを捧げるかどうかという問題なのに、全く考慮が無い。

ファーストキスなんだからなんでも言うことを聞くくらいの重みをもたせてくれてもいいじゃないか。


まあそんなこと彼に言ったら何が何でもファーストキスを奪おうとするだろうから黙っておく。


「そ、そうだ!

あの、告白の返事、少し時間を貰えないかな?

いきなり運命の相手とか可愛いとか一緒のお墓に入ってって言われても自分の気持ちが分からないというか……。」


私の脳は昨日のあの瞬間まで夢の御神託に支配されていたのだ。

自分の恋愛を考える余裕などなかった。

いや、妄想はいつだってしていたが、現実のものとなるだなんて思いもしなかったのだ。


「わかった。

でも断ったら付きまとうから。」


「なんてやつだ……。」


本当にこんなやつと付き合うの?

でも断ったら付きまとわれて刺されそうだし、でも付き合ったら付き合ったで刺されそうだし……。


私がグルグル悩んでいる間、蓮実くんは黙っていた。

そして何故か私の腕をさすり始めた。

どうやら彼に握られていたところが赤くなっていたからのようだ。


蓮実くんは何も言わない。

ただ辛そうに、泣きそうな顔で私の腕をさするだけだ。


そんな辛い顔をするくらいなら最初から強く握らなければいいのに。

別に腕が赤くなるくらいで怒ってないのに。

そもそもそんなことよりもっととんでもないことしでかしてたのに。


なんて不器用なんだ。


そう思ったら、なぜか、私は背伸びして彼のほっぺにキスをしていた。


「…………え?」


「と、取り敢えず、昨日の件はチャラってことでいい?」


私が慌てて言葉を紡ぐも蓮実くんはぼーっとこちらを見るだけで何も言わない。


「あの、」


私が声を掛けると蓮実くんは大きく一歩後退した。

その顔はトマトのように真っ赤だ。


「蓮実くん……?」


「……と、うかちゃん……。」


彼は首まで真っ赤にしながら狼狽えた表情をこちらに見せた。

さっきまでは向こうが迫っていたというのに可愛らしい反応だ。


「あ、れ?蓮実くん、随分ウブな反応するね……。」


「な、だって仕方ないだろ!

不意打ちだよこんな……!」


「あ、そっか。

ごめん。キ、キスするって言った方が良かったね。」


慣れないことはするもんじゃないな、と自分の火照った頬に手を当てる。

蓮実くんは暫く真っ赤な顔でこちらを睨んだ後、ずいっと近づいてきた。


「……そんなに俺と関わりたくない?

でも残念。キスくらいじゃ離れるつもりないから。」


「う、ん。わかってる。

納骨されるまで一緒にいるんつもりなんだもんね。

さすがにそこまでは無理だろうけど……」


「へ?」


「ふつか、不束者ですけどよろしくお願いします……。」


私は蓮実くんに頭を下げた。

蓮実くんの戸惑った声が上から降ってきた。


「え、なんで?

さっきまではあんな、嫌がってたのに。」


「嫌っていうか……蓮実くん迫ってくるから落ち着いて考えられなくて離れて欲しかったんだよ……。


でも、落ち着いて考えたところで蓮実くんはしつこいからきっと私が好きになるまで待つんだろうなって思ったら、断る意味もないかなあと……。」


「本当に?本気?その場しのぎで騙そうとしてる?」


「してないよ!さすがに!」


そう思われるとは心外だったが、彼としては不意をついて股間を踏まれた痛みは消えることはないのだろう。

もしかしたらもう既に彼の股間は……。考えないでおこう。


私の強い否定に蓮実くんはホッとした顔をして、それからみるみるうちに笑顔になった。


「ほんとに嬉しい……。

ああ、桐花ちゃん。この世で一番大好きだよ。愛してる。」


「あ、りがとう。」


「桐花ちゃんが俺のこと好きになるように頑張るからね。」


蓮実くんは見たことのない、綺麗な微笑みを私に向けた。

私もちょっとだけ笑い返した。

なんて穏やかな笑顔なんだろう。

蓮実くんもこんな優しい顔ができるんだ……。


「いや、違った。

桐花ちゃんが俺から離れたら息もできなくなるように頑張るからね。」


「えっ」


「起きてる時も寝てる時も俺のことで頭が一杯で他のことが手につかなくなるくらい俺のこと好きになるように頑張るからね。」


「蓮実くん……?」


さっきまでの穏やかさはほんの一瞬の出来事だった。

蓮実くんはギラギラときた目で私を見つめている。

なんでこうなるんだ。


自分の身の危機を感じ、ジリジリと階段に近づくもそれに気付いた蓮実くんはすかさず私の二の腕を掴んだ。


「死んでも離さないよ。」


「ちょっと待って……」


私の抗議は蓮実くんによって塞がれた。

遠くでホームルームの始まるチャイムの音が聞こえてきた。

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