恋のクピドー
「なにあれ、感じ悪い。」
私は秋山くんにボソッと呟いた。
真山さんが代わりに日直の仕事をしてくれたんだよと伝えると、秋山くんは「ふうん」と呟くと教室から出て行ってしまったからだ。
真山さんは困った顔でこちらと秋山くんを交互に見て、それから黙って秋山くんの後を追った。
これで私の今日の使命は終わりだ。
真山さんに続いて教室を出て、帰路につく。
*
生まれた時から私の宿命は決まっていた。
幼稚園のとき、ゆうたくんに言ったのが始まりだった。
ゆうたくんがあけみちゃんの描いた絵を悪く言ったので、私は昼ドラで覚えた「感じ悪い」という嫌味な単語を伝えたのだ。
するとどうだろう。不思議なことにゆうたくんとあけみちゃんはすっかり仲良くなっていた。
小学校のときにもあった。
鈴木くんが、りおちゃんに対して掃除しろよ!と言って、りおちゃんが黙って教室を出て行ったのだ。
そしてすかさず私の言葉「なにあれ、感じ悪い。」である。
数日後、やはり鈴木くんとりおちゃんは仲良しさんになっていた。
こんなことが何度もあるうちに私は気付く。
私が「なにあれ、感じ悪い。」と言えば、特定の男女がくっつくのだと。
そしてその日見た夢の中で「お前の役目を全うするのだ。お前は恋愛物語の脇役。主役の二人を輝かせろ!」と言われ、自分の役目を知る。
きっと神や仏からの御神託だ。
私は夢の言葉を信じ、その言葉通りの行動をする。
ぶっきらぼうな男の子に対して影で「なにあれ、感じ悪い。」と言う。
それを聞いた女の子は「そんなことない」と、男の子を庇う。
それによって2人の絆が深まるというわけだ。
謂わば、私の一言は2人の愛の小道具、愛の障害なのだ。
それが我が宿命。
今まで沢山の恋する2人に向かって「なにあれ、感じ悪い。」と言ってきた。
そしてそれを言った瞬間、2人の関係は一歩ステップアップするのだ。
きっと秋山くんと真山さんも今頃、用があったら話しかけるだけの関係から朝挨拶するくらいの関係になっているだろう。
私は布団に潜り込んだ。
2人が結ばれればこの「秋山くんはどう見ても優しい」が終わり、私は次の2人に移る。
次のターゲットは知らないが、タイトルは「ちょっと待ってよ、ハスミくん!」というらしい。
夢でそう言われた。
なんでか知らないが、カップルが出来上がるたびにタイトルが付くそうだ。
神様って暇なんだろうな。
なんであれそこでもまた私は「なにあれ、感じ悪い」と言うのだろう。
私はため息をついた。
たった一度でいい。
私も誰かと恋をしたい。
変なタイトルを付けられたい。
クラスのイケてるメンズに「お前って面白い奴だな」とか「そいついじめていいのは俺だけだ」とか言われてちょっとイライラしながらもキュンキュンしたい。
それが脇役の叶わぬ夢だった。
✳︎
朝、眠い目をこすりながら真山さんに挨拶をする。
真山さんは私の前の席、その斜め前が秋山くんの席である。
彼らの行動は丸見えというわけだ。
真山さんはどこかソワソワした感じで挨拶を返してきた。
どうしたのかなと周囲を見ると、ちょうど秋山くんが教室に入ってきたところだった。
秋山くんはズカズカとこちらに歩いて来る。
彼は剣道部のエースで、ガタイがいい。
本人はズカズカ歩いているつもりはないのだろうけど、我々からしたらそれはもうズカズカと感じるのだ。ズカズカのドンだ。
「あ、秋山くん、おはよう!」
真山さんが顔を赤くしながら秋山くんに向かって挨拶をした。
すぐに彼女は俯いてしまい、茶色の髪が影になって表情が見えなくなる。
秋山くんは「……はよ。」と小さく返事をして席にどかっと座った。
その耳が赤く染まっていたのを私は見逃さない。
昨日なにがあったか知らないが、うまくいったようだ。
よかったよかった。
それもこれも全ての発端は私。
感謝しなさいよオホホ、と高飛車に思いながら2人を見つめた。
*
放課後といえばロマンスの宝庫だ。
私は箒片手に真山さんと秋山くんに目を光らせる。
2人きりにするチャンスがあれば、すかさず狙う。
2人を結ぶのが私の使命なのだから。
「ゴミ、私が運ぶね。
昨日高山さんにお願いしちゃったし。」
「え、でも今日の量は1人で持てないよ。
そうだ、秋山くんも一緒にゴミ捨てしてよ。昨日部活だからって行っちゃったじゃん。」
我ながら仕事の押し付けが強いと思うが仕方がない。
なんとか2人きりにしたいのだ。
その為なら周囲からちょっと浮こうと構ってられない。
ちょっとならね。
「今日も部活あんだけど。」
「でも皆あるし。
秋山くんって剣道部だよね?
剣道部の休みって日曜日じゃなかった?
このままずっとゴミ当番しないつもり?」
「……わかったよ。」
秋山くんはため息をついたあと、嫌そうに私からゴミを受け取った。
君のためを思ってのことだよ、秋山くん。
そう言いたかったがグッと堪えて例の「なにあれ、感じ悪い」を発動した。
「そうだね。
今のは秋山感じ悪かった。」
明るい声が聞こえてきて振り向くと、同じ班の太田くんが王子のような顔でニコニコと立っていた。
「だ、だよね。
皆ゴミ当番なんてやりたくないもん。
公平にしなくちゃ。」
私は少し動揺する。
今まで私の「なにあれ、感じ悪い」に同調する人はいなかった。
皆「いやそんな……聞こえるように言ってやるなよ……寛容の心を持って!」という感じで私を見た。
それがまさか学園の王子様と言われる太田くんに同意されるなんて。
「高山さんってちゃんとしてるよね。」
「ちゃんと?」
「秋山って女子から怖がられてるのに、ああやって言えるって凄いと思うし、ちゃんとしてんだなあって思う。
しかもあいつの部活とか把握してるし。」
「たまたまだよ。」
まさか秋山くんと真山さんをくっ付けたいから2人に関しては異常に詳しいとは言えない。
「俺の部活が何部か知ってる?」
「ええっと……。」
しまった。
太田くんは調査範囲外だったため部活を知らない。
それどころか最近になってやっと顔と名前が一致したところだ。
「剣道部だよ。
秋山とおんなじ。」
「あ、そうだったんだ。」
秋山くんと同じ部活か。それは良いことを聞いたぞ、と脳内メモに書き込む。
今後何かあった時使えるだろう。
「秋山くんは部活に真剣だよね。
欠かさず行ってるし。」
「顧問が怖いからね。
三年主任の山崎先生。」
「あー、ヒゲの……。確かに怖そう。」
「秋山もしょっちゅう怒られてるよ。」
「えー?あの秋山くんが?
意外だなあ……。」
秋山くんは真面目なのになぜゴミ捨てはサボろうとする!と思ってたけど、サボろうとしてるわけじゃなくて本当に怒られたくなくて早めに部活に行ってるのだろうか。
だとしたらちょっとキツい言い方をしてしまったかもしれない。申し訳ねえ。
「俺も怒られたくないし、そろそろ行くね。」
「そうだよね。ごめんね、引き止めて。
部活頑張って。」
太田くんはちょっと驚いた顔をしたあと、ニッコリと笑った。
「そういうの、秋山に言うべきじゃない?」
「秋山くんに?どうして?」
彼に言うべき言葉は「なにあれ、感じ悪い」か「早く真山さんに告白しろ」くらいだ。
不思議に思って太田くんを見つめると、彼はとんでもないことを言った。
「だって高山さんって秋山のこと好きなんだろ?」