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第9話 奮闘する勇者たち

 今は夜のはずだった。

 なのに周囲は明るい。


 もう正常な静かな夜は戻ってくる事は無いだろう。爽やかな朝もやって来ないだろう。

 クルセルクの町の耕地の境の向こうはオレンジ色の光に包まれている。そして、溶岩の間を通って異形の軍勢がやって来る。


 ブレンたち傭兵隊が応戦の準備を整える。

 傭兵たちにも恐怖はある。しかし、一度動き出すと恐怖を忘れるためにもテキパキと動いた。


「あいつも昼間の怪物と同じく岩なら、刃物は肉に対するほど役に立たない。鈍器を用意しろ。メイスでもピックでも構わん。足りなければ脱穀用のフレイルを持ち出せ」

「脱穀用のは木製です。岩を砕くのは無理ですぜ」

「なら鍛冶屋を叩き起こして鉄塊を取り付けさせろ。支払いは山賊流でいい!」

「あっしらは仮にもご領主様に雇われているんですよね?」

「ちゃんと払うかどうかは向こうに任せる。今は戦力を整える事が第一だ」


「俺の分の鈍器は要らねえ。コイツ一本で十分だ」


 ひときわ大柄な兵士が両手持ちの巨大な剣を背中から降ろす。刀傷の残る顔でニヤリと笑う。

 彼の名はガイ、大剣使いのガイと呼ばれている。

 隊長のブレンと戦場で何度も刃を交えた猛者だ。昼間の戦いの時は町の門の裏側に待機させられていたので活躍の機会が無かった。門が破られる様な事があれば彼の大剣がダル・ダーレ・ダレンを不意打ちする予定だった。


「旦那のそれは刃が付いた鈍器でしょうが」


 小柄ではしっこい兵士が言う。

 彼はリックス。ブレンやガイには劣るが彼も実戦経験者の一人だ。現地採用の兵たちとは肝の座り方が違う。

 彼の本来の武器は突剣だ。剣の形をした槍、とでも言うべき刺突武器を使う。しかし、今回はそれを置いてきている。かと言って使いこなすのに体格が必須の打撃武器を持とうとはしない。

 彼が選んだのは1束のロープだった。人間相手の戦をするのは諦めて、猛獣に罠を仕掛ける感覚で勝負するつもりだ。


「それにしても旦那は元気ですねぇ。あっしなんかは足がガクブルなんですが」

「地獄の蓋が開いて中身が地上に湧き出してきただけだろう。……どうせいつかは行くところだ。ただの予行演習だな」

「やめてくだせえ。あっしは旦那ほど悪事の限りを尽くした覚えはねぇです。地獄行き確定にしないでくだせえ」

「ふっ、どうだかな?」


 大剣使いのガイは鼻で笑った。

 戦場を渡り歩いた傭兵が品行方正なわけがない。掠奪・強姦その他、ひと通りこなしているのが普通だ。


 彼らと違い、間違いなく悪事を働いていないのが隊の会計係コータス。

 彼はビクついているのと同じぐらい、鼻をヒクつかせていた。


「どうした、インテリさん」

「いえ、お尋ねしますが、卵が腐った様な匂いはしませんよね?」

「別に何も」

「こんな風に溶岩が吹き出ている場所では嫌な匂いがしたら用心しろ、と書かれた書物を読んだ事があるものですから。嫌な匂いを吸い続けているとバッタリ倒れてそれっきりだとか」

「学者さんは考える事が多くて大変だねぇ」


 ガイは感心半分・呆れ半分。

 それでも「腐った卵の臭いがしたら即逃げる」とだけは心にとめる。戦場を生き抜くにはちょっとした情報にも気をつけなければ。

 この状況で生き延びて先の展望があるかは別の問題で、もしかしたら思いっきり戦って死ぬ方が満足度が高いかも知れないが。


 異形の軍団が町をとりまく耕地の中へ入って来る。

 白い光にわずかにたじろいだ様だがそれ以上の効果はない。……心なしか動きが鈍くなった気がしなくもないが、気のせいと言われればそれで納得しそうなその程度の効果だ。


 異形の軍団は14体。すべて同種族だ。細かい部分に違いはあるが、ほぼ同じ姿、同じ装備を持っている。

 近づいて見ても彼らは三本腕だった。

 左側の一本の腕が大型の盾を持ち、右側の二本の腕が小型の剣と矛を担当している。身長は標準的な成人男子の1.5倍ぐらい。ヒョロリとした体型で直立した昆虫の様な印象がある。


「弓箭隊、前へ」


 傭兵隊長ブレンの号令がかかる。

 弓箭隊と言っても気分だけだ。普通の兵が弓を持っているだけで、専門の兵種ではない。彼らは基本的に農家の次男坊以下で戦闘訓練もお察しレベル。接近戦をやらせられる技量はないので弓を持たせている。今回は敵が接近してきたら打撃武器に持ち替えて応戦せざるを得ないが。

 昼間の戦いと違い小さいとは言え部隊が相手だ。下手な弓でも数を撃てば少しは当たるだろうと期待する。


 ガイとリックスは弓部隊には参加していない。

 彼らの体格は標準から離れすぎているので一般用の弓矢では身体に合わないのだ。別に使えない程ではないが、使いづらい弓でヒョロヒョロとした矢を射るぐらいなら体力の温存を選んでいた。


「矢をつがえよ」


 ここはブレンたちのホームグラウンドだ。

 矢が耕地のどの辺りまで飛ぶかは熟知している。


「射よ!」


 町をめぐる壁の上から矢が一斉に放たれる。

 高価な鉄の鏃が付いた矢の一斉攻撃にコータスがなんとも言えない顔をした。この状況で消耗を惜しむ意味はない、と理性では分かっているが感情は追いつかない様だ。


 異形の軍団は矢の雨に対して左手の盾をかざして応じた。

 矢の大半は虚しく地面に刺さったが、何本かは盾に当たった。小さな傷をつけて跳ね返った。


「怯むな! 奴らは盾で防いだ。ならば本体に当てればダメージになるという事だ。二の矢をつがえよ!」


 ブレンの檄に応じて二の矢・三の矢が放たれる。

 有効打はない。

 異形の軍団はまったく歩調を変えずに進軍してくる。


 十分に近づいた、と判断したブレンは指示を加えた。


「弓箭隊。赤色の弓を持っている者は曲射、青色の弓の者は直射を行え!」


 弓の色に特に意味はない。コータスが管理するのに都合が良いと布を巻いて色分けしただけだ。

 その数の比率は1:1。

 山なりに頭上から落ちてくる曲射と直線で狙う直射、二種類の弾道の矢が異形の軍団を襲った。


 その両方を盾で防ぐことは出来ない。

 軍団は盾を頭上にかざした。

 先頭を歩いていた三本腕に直射の矢が突き刺さった。

 前進する足が止まった。

 壁の上で弓箭隊が歓声を上げる。


 先頭の三本腕は小剣を持った手をゆっくりと動かした。その身に突き立った矢を払いおとす。

 完全なノーダメージではない。しかし、戦闘能力に支障が出るほどの傷でもなかった。


 三本腕たちは隊列を変えた。

 縦一列から横隊へ。行軍隊列から戦闘用の隊列へ組替えた。一般の兵が使う弓矢など無駄に受けるつもりはないが、当たった所で大した事はないとその態度で示している。

 怪物たちが戦列をつくる間にも直射・曲射を織り交ぜた攻撃を行ったが、その行動を阻害する事は叶わなかった。


「相手が生身の生き物なら小さな傷でもつけておけば後々楽になるんですがねぇ……」

「ダメージがないふりをするのは戦いの基本じゃねぇか。相手が嫌がる事は続けりゃいい」


 リックスとガイが何もしていない癖に講評する。


 三本腕たちが盾を矛で叩き始めた。

 あの盾も石造りかと思ったが、意外にいい音が響く。


 騒音の中、一番右側にいる三本腕。最初は先頭を歩いていた個体が前に出る。そいつは声を出した。岩が擦れるような聞き取りにくい声だ。


「盛大な出迎え、ご苦労」


 昼間、人型の土煙が発声したことに比べれば大した驚きではない。

 ではあるが、ブレンは手を上げて次の弓射を中止させた。たとえ降伏の条件についての話であろうと、聞くだけ聞いて損はない。


「僅かなものでも抵抗がある事に驚いたぞ。この世の終わりあってもまだ戦おうとするその心意気は見事である。褒めてやろう」

「俺はクルセルク傭兵隊、第一隊の隊長ブレンだ。あなたのお名前を伺いたい!」


 ブレンは大声を張り上げる。

 怪物はゴフゴフと奇妙な音を立てた。笑っているらしい。


「吾輩はダル・ダーレ・ダレン様の……何であろうな?」

「ヲイ!」

「……⁈」

「役職がねぇのかよ⁈」


 怪物が首を傾げ、ガイたちがツッコミを入れる。


「ひっこめ、ヒラ兵士!」

「その様な事はない。吾輩はダル・ダーレ・ダレン様の親衛隊、炎風戦士団の団長フェーンステラである。決して今考えた名前ではないぞ」

「嘘こけ」

「嘘では無い! 確かに親衛隊はちょっとだけふかし過ぎかも知れんが、かつては真実その様な名前を世界に轟かせておった!」

「知らん名だ。……おい、コータス。学者のお前なら聞いたことがあるか?」

「歴史書は結構読みましたけど、多分ここ1000年以内で有名だった事は無いと思います」

「もっと昔の話だ!」

「神話・伝説としても現代までは伝わっていない様です」


 コータスの解説を受けてガイがさらに煽ろうとする。

 が、ブレンはそれを押しとどめた。


「少し黙れ、ガイ。お前が居ると話が進まない」

「時間稼ぎにはちょうど良いと思ったんだけどねぇ。……ホレ、来たぞ」


 町をめぐる壁の下の暗がりから実直そうな男が登って来る。

 第二隊の隊長カルナックだ。


「傭兵第二隊、後ろの屋根の上に展開完了だ。皆、弓を持っている」

「お前たちには周辺の警戒を頼んだはずだぞ。そっちだって立派な任務だ」

「警戒は町の者たちに頼んでおいた。問題ない。我々も一緒に戦わせてくれ」

「馬鹿野郎どもが」


 見ると町をめぐる壁のあちこちに人影がある。

 町を守るのは傭兵たちだけではない。一般の市民たちも立ち上がった様だ。義勇兵が前線に出て来ると統率が取れなくなる。補助に回してくれたのは良い判断だ、とブレンは評価した。

 せっかく用意した仕掛けを素人に台無しにされてはたまらない。


 フェーンステラと名乗った怪物も防衛側の様子の変化に気づいた。

 その感情をうろたえ気味の怒りから、嬉しい笑いへとシフトする。


「おお、我ら炎風戦士団と戦おうという強者が増えた様だな。結構、結構。ただ逃げ惑うだけのヤツらを蹂躙するよりはよほど張り合いがある。……クルセルクとか言ったな、その町の者たちよ、聞くが良い! 吾輩たちは今からお前たちを殲滅する。慈悲はない。あるとすればそれは刃の素早い一閃だけである。よく戦えば我らの一人として取り立てられるかも知れぬ。しかし、それは死して後の事である。ダル・ダーレ・ダレン様が支配するこの地に生きた人間は必要ない!」

「皆殺し宣言来ましたぁぁぁっ、てか? ……アンタ、馬鹿だな」


 黙れと言われたはずだが、ガイが大剣を素振りしながら挑発する。


「学のない俺だって知っているぜぇ。戦う相手を追いつめ過ぎると良くない、ってな。……兵法の初歩だろう。皆殺しにされると分かれば相手は死兵になって抵抗する。死兵と戦うほど割に合わない事は無いぜぇ。前に一度やった事があるから俺は良く知っている」

「問題ない。死兵となる? ダル・ダーレ・ダレン様を憎み闘志を抱きながら死ぬならそれはあのお方の力となる。ダル・ダーレ・ダレン様の名に恐怖を抱き無力を嘆きながら死ぬならそれもまたあのお方の力となる」

「何を訳の分からない事を……」

「ガイさん。あなたの言葉を借りれば相手は地獄の底からやって来た怪物です。人間を苦しめる事そのものが彼の目的なのでは?」


 コータスの言葉はさほど大きくなかった。フェーンステラの立ち位置まで届くとは思えない。しかし、三本腕の怪物はそれを聞きつけた。


「良い読みだ。当たらずとも遠からずと言えよう。お前たちに希望などは残してやらぬ。勇者たちよ、後ろの街並みを守れない事、女子供が虐殺される事を悔いながら死ぬが良い!」


 戦列を組んだ三本腕たちが前進を開始する。


「矢の雨を降らせろ!」


 第一隊、第二隊がともに弓を引く。

 第一隊の弓射は直射と曲射の混合、第二隊の矢は第一隊の頭の上を越えなければならない関係ですべて曲射だ。加えて第二隊の攻撃は狙いも甘い。基本的に「だいたい敵の方向に飛んでいる」だけだ。


 だがそれでも三本腕たちは盾を頭上に掲げた。

 直射の矢が彼らに軽傷を負わせる。


 炎風戦士団が壁を攻撃圏内に捉えた。

 壁の高さは三本腕たちの身長よりやや高い。町の外側に空堀がある事も含めれば更に高い。

 しかし、彼らの矛が壁の上に届かないほどでは無かった。


 その名の通りに彼らの矛が風をまく。

 人間がまともにくらったら一たまりもない大質量の攻撃だ。弓兵たちは壁の後ろへ飛び降り、または転げ落ちた。


 ブレンとリックスは無理をせずに壁の上に伏せて攻撃をやり過ごした。

 受け止めようなどと思った馬鹿者はただひとり。


「ぬぅおおぉぉぉっっ‼︎」


 ガイは自慢の鉄塊のごとき大剣を壁に突き刺した。

 そうやって切っ先を固定した大剣の柄を全体重をかけて押す。


 大剣と矛とが鈍い音を立てて激突した。

 ガイの巨体がそれでも押される。しかし、切っ先が地面からすっぽ抜ける勢いを利用して、矛を上に向かって受け流す事に成功する。


「へへぇ。どんなもんだ」


 巨漢の傭兵は笑うが、そうまでして一撃を受け流してどんな意味があったかは定かではない。

 彼の自己満足以外には何の意味もない、そう思えた。


 しかしこの一瞬、三本腕たちの合計28個の目は全てがガイに集まった。


 ところで、中世程度の技術力の世界において、非魔法的な手段の中で最大の攻撃力を持つ物は何であろうか?

 黒色火薬が発明されていればそれを用いた大砲が強力であろう。また、高所から大石を落とすなどの位置エネルギーを利用した戦法も大きな破壊力を持つ。

 だが、それらの用意は今はない。


 もっと手軽な、個人で使える武器の中で最大の攻撃力を持つものは?

 ポールアックスや斬馬刀などの長柄の重量級武器が強大なのは間違いない。しかしこれらは使い手が限定される。

 誰にでも扱えて大きなエネルギーを一度に放出できる物。梃子の原理で多少非力な者でも大きなエネルギーをため込める物。それを持った兵たちは最初から壁の上に伏せていた。


 ブレンが号令をかける。


「弩弓隊、撃てぇぇぇっっ!」


 板金鎧をも打ち抜く鋼鉄の太矢(クォレル)が、無防備な姿を晒した三本腕たちに向かって一斉に打ち出された。





 へぇ、僕の助けが無くともブレンたちは中々やるじゃないか。

 僕は白猫ライアから中継されて来るクルセルク防衛戦の状況を確認していた。しばらくは放っておいても大丈夫だろうと判断する。


 僕の方はちょっと難儀している。


 レンライル神の所へ行こうと思ったが、どう移動すれば良いんだ?

 魂だけになっての移動方法なんてよく分からない。初神者用のマニュアルか新神講座でもあれば助かるのだけれど……。


 肉体が無いのだから存在する場所に制約はないはず、と最初は思った。

 どこにでも制限なく移動できると考えて、実行しようとした瞬間ゾッとした。この移動方法はヤバイと理屈抜きで実感した。

 どこにでも存在できるという事は逆にどこにも存在していない繋がって、危うく自分の存在が薄れて消滅してしまう所だった。


 本当に力のある神ならどうか知らないけれど、僕程度の雑魚神はある程度の制約を設けておかなければ存在を保てない。今までは肉体がその役目を果たした果たしていたが、今は完全に自力でなんとかしなければ。

 僕は自分の姿を幽霊のように投影した。

 一番に自分だと感じられる姿、10歳の女の子の下町生活用の男装姿だ。ドレスの裾さばきも仕込まれてはいるけれど、アレは面倒でいけない。


 そして、レンライル神の所へ地道に移動しようとする。


 どっちの方角に進めば良い?


 かの神から引き寄せる力を感じはするが、それは人間の魂を呼びよせる程度の力だ。僕からすると微弱過ぎて、移動をはじめると自分の力に紛れて感じ取れなくなる。


 こっちが歓びの園って標識でも出しておいて欲しい。


 もちろん、そんな物は無いので代わりを探す。先に呼ばれたクセル・ニードフォートの魂なら案内人として機能してくれるだろう。


 ここは魂だけの存在しか入って来れない場所。『場所』という概念を当てはめて良いかどうかも分からない『どこか』。

 本来なら何もない所だが、僕は自分が移動している状態を実感したくてちょっした地面と道を定義した。

 自分でつくった道なりに歩いていく。


 仮初めの地面の先に僕が作った物ではない巨大な門が現れる。

 クセルの魂が門の前をウロチョロしている。どうやら門が開かないらしい。


 門の前に神々しい存在が現れる。

 僕にもその存在を把握しきれない相手だ。多分、あれがレンライル神。

 僕の目でもその全貌を捉えることが出来ない。姿すら複数の姿が重なって見える。

 いや、姿は複数見えるのが正しいのか?

 どの姿も年齢は様々だが男性型だ。そしてどの姿にも翼がある。この二つがレンライル神を表現する最低限の約束らしい。神殿の像も確かにそんな風だった。

 ちょっと面白いのが翼の取り付け位置。

 オーソドックスに背中から生えている姿があれば、腕が翼になっている姿もある。珍しいところでは両足の踵のあたりから翼が広がる姿もあった。


 多重の姿はクセルの前で首を横にふった。そして下を指さす。

 クセルの魂が下に向かって飛ばされて行く


 まさか、地獄落ち?


 それはちょっと可哀想。

 そう思って見送ると、地獄ではなく地上落ちであると分かった。貴族の女性の所へ落ちていく。

 地獄行きではなく転生。「もう一生分、修行して出直せ」という事らしい。


 チャンスをもらえて良かったな。


 クセルのヤツは口うるさかったし何よりも僕を殺した相手だが、特別に不幸になって貰いたかった訳じゃない。


 ま、アイツの事はそれで良い。

 僕は多重の姿を持つ神格の前に進みでた。


「お初にお目にかかります。レンライル神でいらっしゃいますね? 僕は……」

「知っておる。フォリン・ユーノクス」


 不機嫌そのものの声が僕の自己紹介を遮った。

 なんでこんなに機嫌が悪そうなの? それに僕を知っている?


「馬鹿者が。10年にもわたって儂の膝元で生活し、儂の洗礼まで受けておいて気づかれないとでも思ったか⁉︎」


 え?

 確かに僕は王都で暮らしていたが、レンライル神はその間に僕が神であると気がついていたのか?

 僕としては隠れているつもりだったのだけど。


「あれで隠れていたつもりとは聞いて呆れる。下町に紛れていたのまでは良いが、神の気配はほぼダダ漏れ。ついでにチシキちーととやらを試そうとしておっただろうが。外見だけは小汚い男装でごまかしても、お前は目立ちまくっていたぞ」


 知識チートって、焼肉のタレを工夫しようとした件かな? それとも手押しポンプを作ろうとした件?

 発酵させようとした食材はただ腐敗したし、水漏れ空気漏れしないパイプが無ければポンプなんかただの置物だったが。


「大体だな、貴様は来るのが遅い! 儂の縄張りで事を起こすなら事前に挨拶しておくものだ」

「……ええっと、別に僕から仕掛けた訳ではないし、ダル・ダーレ・ダレンもそういう筋を通して無いでしょう?」

「通したぞ」

「え?」

「貴様より早くここへ来て、クルセルク領が儂に管理しきれない土地ならばいただきたいと言ってきた。確かにあの土地は『無』が近づいて来ていて維持に手間がかかる割には信仰心の上がりが少ない、不採算領地だからな」

「ちょっと! かの祟り神の侵攻はレンライル様の承認の上での事だとおっしゃるのですか⁉︎」

「そうだ、と言ったらどうする?」


 クルセルクはレンライル神への信仰心などほとんどない土地ではあるけれど、だからと言って悪神のもとへ差し出される理由はないはずだ。この神がクルセルクの住人全てを生きながら地獄へ落とすという決定をしたのならば……。

 僕は自分の姿に愛用のサーベルを追加した。


「それが貴様の覚悟。相違ないな?」


 多重の姿が僕を睨む。

 ここまで来たら僕も引けない。


 一触即発、だった。

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