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第6話 神の力

 ダル・ダーレ・ダレンから譲られた神力が僕を満たしている。

 今までとは比べ物にもならない全能感、万能感がある。


 こういう時は「思い上がるな、ちょっと力が増しただけだ。お前より上のヤツなんかこの世にいくらでも居る!」と言うのがテンプレだと思うけど、僕の場合は手に入れたのが神の力だ。全能感があるのはむしろ正常な反応かも知れない。


 今までとは知覚の範囲が違う。

 他の神の関係する事柄が見えにくいのは同じだけれど、相手の神域がどこまで広がっているかぐらいは分かる。

 ダル・ダーレ・ダレンの神域は彼の言葉どおり、同化したバッカスを通じてクルセルク領全体に及んでいた。


 僕は自分の神域を広げようとする。

 クルセルク領全部に影響を与えるのは僕には無理だ。僕はここの領主じゃないし、そもそも僕が見たクルセルク領などこの町以外は王都へと通じる街道ぐらいしかない。


 でも、この屋敷の中、町の中ぐらいの範囲なら不可能ではないかも。


 ……。


 無理だった。

 ダル・ダーレ・ダレンの神域を完全に上書きするのは無理だった。しかし、相手の神域を中和して無効化するぐらいは出来た。


 今まではこの部屋の中での物音は外へは伝わらない様になっていたらしいが、それはもう無い。


 嫌がらせ程度でも少し反撃させてもらおう。

 僕は微笑んだ。

 たぶん邪悪な微笑み。実際、それを見たバッカスが引いていた。


 大きく息を吸い込んで悲鳴を上げる。


「キャーッ、誰か来て!」

「お、おい!」


 ザマを見ろ!

 バッカスがオロオロしている。


 遠慮のない重い足音が近づいてくる。「お待ちになって!」と制止する声も近づく。

 クセルの姿をした人形が素早く身を隠す。


 僕はその場にペタンと座りこむ。女の子の最終兵器を発動。

 涙、だ。

 胸元を露出させたまま涙を流す。領主の血が付いたナイフを持っていてもこちらが責められる理由が微塵もないシチュエーションが完成した。


 バッカスは下したズボンを戻そうとするが僕の涙ほど手際よくはいかないようだ。


 ぶち破られるような勢いで寝室の重い扉が開かれる。

 先頭に立つのは剛力の女戦士リリミヤ、扉は彼女が勢いをつけて蹴り開けたようだ。

 その後ろには傭兵隊長ブレン。武装しておく様にと言ったはずだが、神槍フォルニウスは持っていない。屋内で槍は使いづらそうだから仕方がないが、この場で祟り神と戦闘になったら彼は戦力として計算できないかも知れない。


 ブレンは唖然としてその場に立ちすくんだ。

 反面、リリミヤの反応は早かった。僕をかばう様に抱きしめる。


 そして三人目がいた。

 僕の天敵。ある意味この屋敷で最強の人間。メイド長のモトネラさんだ。彼女はエプロンドレスを握り締める。


「フォリン様、なんと言うお姿に! ……お屋形様! これは一体どういう事です‼︎」

「あ、あ、違う、違うんだ、これは。これは私の意志ではない。私はフォリンの命を救おうと……」


 モトネラさんの糾弾にバッカスがうろたえている。その姿には神としての威厳など寸毫も無い。

 僕には見える。ダル・ダーレ・ダレンはこの場の対応をバッカス一人に任せて逃げ出している。バッカスとの繋がりは維持しているのでまたすぐにでも戻ってくるだろうが。


 僕は余計な事は何も言わない。ただ、シクシクと泣き続けた。

 それがバッカスをもっとも追い詰める手段だと信じる。


 涙のせいで人間の目は役に立たない。神としての知覚でこっそりとあたりを伺う。


 ブレンが怒りと呆れと軽蔑のこもったまなざしでバッカスを見ていた。

 リリミヤの想いはバッカスへの怒りと僕への同情。モトネラさんは心の底から呆れた感じだ。


「黙りなさい! ご自分の娘に手を出そうなどとは恥を知りなさい! 私がフォリン様を着飾らせた結果がこんな事になるなんて、私はこの上なくとってもとっても情けないですよ」

「い、いや、これには理由が……」

「お黙りなさいと言っています!」

「ハイ」


 驚いた。メイド長の前では領主でさえこうなるんだ。

 モトネラさんはバッカスと歳が近いし、屋敷で一番の古株でもある。昔、色々あったのかも知れない。

 何があったのか神の『目』なら探れるだろうけれど、探るのが怖い気もする。


 騒ぎを聞きつけて人が集まって来ている。バッカスに注がれる軽蔑の眼差しが人の数だけ増えていく。

 いくらなんでもこれは不味いと思ったか、ブレンが事態の収拾に乗りだした。


「モトネラさん。フォリン様はこうなる事を事前に半ば予期していらっしゃいました。あの怪物との戦いの後、ご領主様は正気を失っていると。……ここはご領主様にはしばらくお休みいただくという事で手を打ちませんか?」


 心神喪失時の犯行につき罪に問いません、てか?

 しばらく監禁しておいてくれるなら僕的にはアリだな。どうせそれ以上の処分なんか出来ないし。


 などと思っているとダル・ダーレ・ダレンから不機嫌そうな念話が送られて来た。


【やってくれたな、女神よ。これで少し動きにくくなった】

【第2ラウンドも僕の勝ちだ】

【認めよう。だが、第1、第2ラウンドは所詮はただの前哨戦に過ぎない。ここから先が本当の戦いだ】


 リリミヤが僕に自分の上着を着せた。

 ただの上着なのに僕の膝下までスッポリと覆う大きさがある。


 ブレンがどこからか包帯を取り出す。医療道具はいつも持ち歩いているらしい。


「ズボンを履く前に傷の手当てをしてしまいましょう。失礼を」

「ヴゥ」


 あちらにはあまり目を向けたくない。肉眼も神の知覚もね。

 バッカスだって黄のマントをまとう魔法使いだ。自分の肉体の回復力を高めるぐらいは簡単なはず。放っておいても死にはしないだから、放置すればいいのに。


【フォリン!】


 不意にライアからの念話が届く。何か異常があったかと思う間に、僕も何かに気づく。

 人としての感覚ではまったく捉えられない何かの事象。


 動いている?


 何かが動いている。人間の語彙には存在しない何かが。

 強いて言うなら動いているのは世界だ。世界の存在に関わる基礎的な情報、世界の根幹が書き換えられていく。


「大丈夫?」


 不意に身を硬くした僕を心配してリリミヤが優しく声をかけてくる。

 ありがたいけど今は泣いている場合では無さそうだ。僕は涙を拭う。出し入れ自由なのが乙女の涙の仕様だ。


 僕も神の力を振るってダル・ダーレ・ダレンの行動を妨げようとする。


 限定的には成功する。

 祟り神の神域となったクルセルク領のほぼ全域に対しては手の打ちようがない。僕に手が出せるのはクルセルクの町の中だけだ。

 町を守る壁と周辺の農地までは守った。

 具体的に何をしているのか知らないが、祟り神による世界の改変を防いだ。


 僕は借り物の上着の胸元を合わせつつ立ち上がった。


「フォリン様?」

「あの怪物がまた何かを始めた様です。一旦、外へ出ます」

「それは、危険ではありませんか?」


 女戦士は反対するが、何が起きているのか分からないままでいるのが一番怖い。


「町の外を見なくてはなりません」

「もう日は落ちました。月も出ていませんから町の外なんかまるで見えませんよ」

「星明かりでも十分です」


 身体強化のバリエーションに暗視能力を高める方法は存在する。

 そうでなくともダル・ダーレ・ダレンの言う第3ラウンド、本番の戦いが目で見て分からない程度の物ではない事は想像がついた。


「リリミヤ、屋敷の外は不味い。フォリン様を物見台にお連れしろ。あそこなら安全だ。俺はご領主様の手当てを終わらせてから行く」

「了解です」


 僕には立ち入り禁止にされていたけれど、この家には物見台があった。屋根の上からさらに上に組まれている櫓で、塔と呼べるほどには高くない。

 確かに、外を見るだけならあそこでも問題ない。

 僕は歩き出そうとして、リリミヤにヒョイと掬い上げられた。お姫様抱っこされる。


 僕が「お姫様」扱いされるのは立場上問題ないような気もするが、それでもやっぱり気恥ずかしい。だが、ここでもがいて逃げ出そうとするのは抱っこ以上にみっともない。僕は大人しく運ばれる事にした。

 どうせこのアマゾネスの腕力が相手では僕が抵抗しても何の役にも立たないしね。


 リリミヤは特に急いでいないのに、僕が移動するよりずっと速かった。これが一歩の歩幅の違いか。

 夜風に吹かれながら階段を登る。

 櫓の上には白猫が先回りして待っていた。


 櫓の上は思ったより広かった。

 中央にはテーブルが置かれ、簡単な会議か酒盛りが出来るようになっている。


「ここでよろしいですか?」


 僕はうなずいた。

 自分の足で立って『目』をこらす。


 ダル・ダーレ・ダレンの神力があたり一面に浸透している。

 その力は地中にまで入り込んでいた。


 ライアが櫓手すりの上に飛び乗った。

 その毛が逆立っている。

 僕はモフモフの毛皮を撫でつけてライアと自分の気を落ち着かせた。


【凄い力だニャ。今まで見ていたのはアイツの力のほんの一端に過ぎなかったのニャ】

【あのクモキリを動かしていたのはダル・ダーレ・ダレンの分体だったんだろうな】


 僕にとってのライアみたいな物だ。自分の一部ではあっても本体ではない。

 地面が震動し始める。

 その揺れが僕には祟り神の哄笑のように思えた。


【この地震、フォリンには止められないニャ?】

【町の中にはヤツの力は及んでいない。地下も含めて大丈夫だ。だけど、この震動は外からくる。地面を伝わってくる波は止めようがない】


 神の奇跡で無理矢理とめるのは不可能ではないが、それをやってもリターンがない。こっちの力を消耗するだけだ。


 星明かりの下、町の外にオレンジ色の光が灯った。

 誰かが火を焚いたのかと思ったが、それにしては大きすぎる。

 山火事?

 光が広がる。

 まわり中への拡大ではなく、一方向へ流れるように。


 その動きと地面の振動で『目』で見なくとも光の正体には見当がついた。しかし認めたくない。


【フォリン、あっちにも!】


 オレンジ色の光は一つではなかった。

 右にも左にも後ろにも全方位に出現する。星明りしかなかった外は、もう暗くはなかった。


「フォリン様、これはいったい何事なのですか?」


 リリミヤの声が上ずっている。

 無理もない。僕だって認めたくないような現実だ。


「溶岩だ」

「は?」

「知らないか。この地面のずっと深いところではドロドロに溶けるほど高温になった岩石が眠っているんだ。ごく一部の山岳地帯ではそれが地表に噴出することもある。あの怪物はそれをこのクルセルク領に呼びだしたんだ」

「そんなことが?」


 クルセルクの町の人間も異変に気付いたようだ。

 家から外へ出る者がちらほらいる。

 物見櫓の上の僕らと違ってそこからでは町の外は見えない。だが、壁の向こうが明るくなっているのは分かる。

 町をめぐる壁の上に登ったり家の屋根の上から外をのぞき見る者が出てくる。


 彼らはどう反応するだろうか?


 見たところでは意外に平静。

 いや、パニックを起こせるほどにも事態を理解していないのだろう。僕だってこの溶岩地帯で祟り神が何をするつもりか分からないのだし。


 この溶岩は幻覚ではない。本物が地中から導かれている。


 これが続けばどうなる?


 クルセルク領が外部との連絡を遮断される。溶岩の横を歩いて旅をするなんて出来るはずがない!

 天候や気候に与える影響はどうなるだろう?

 話が大きすぎて僕にも想像がつかない。

 町のすぐ外の農地までは守っているけれど、そこの食料生産が不可能になったら溶岩の間を歩いてでも他領に避難しなけばならないかも。


 祟り神の哄笑のごとき地揺れがまた一際大きくなる。

 これ以上激しくなったら倒壊する家も出てくるかも知れない。この辺りでは地震など滅多にない。当然、どこかの異世界のような耐震建築など存在しない。


【幼き女神よ、お前は神の力を人の使う魔法の延長のように扱ってきた。だが、神の力の本質はそのような物ではない。神の力とは世界そのものを変革し、維持するための物だ】


 ダル・ダーレ・ダレンからの念話が届いた。


【この地を溶岩で満たすなど、この地の人間を殺しつくすつもりですか? そんな事をすればあなたも新しい信仰心を得られなくなる! 今だけは良くても、いずれ自分の首を絞める事に成りますよ】

【言わなかったか? 我はこの世を地獄へと変える神である。我に力を捧げるのに人が人の姿をしている必要はない。炎の川が流れる大地に物言わぬ人形が並ぶ様を想像してみるがよい。人形は魂の器であり、永遠の苦痛が我に永遠の力をもたらす。自力で動く事ができる獄卒人形も用意してやろう! よそから来た者はそいつらの手で人形へと変えられる。素晴らしい光景だとは思わぬか?】


 それは確かに地獄だ。

 僕の手は無意識のうちに剣の柄を探し、自分が無手である事に気づく。バッカスを刺したナイフもいつの間にか手放していた。


 僕は正義の味方ではない。

 世のため人のために身を粉にして働くつもりなどない。僕は自分さえ良ければそれでいい。

 だけど、ダル・ダーレ・ダレンの語る地獄は不愉快だ。僕と関わりのない所で実現されてもムカムカするし、僕がいるここにそれを造られるなど耐え難い。


 殺そう。


 僕は決心した。こいつは何が何でも殺す。討伐が必要な化け物として処分する。

 もっとも、今の僕にそれが可能なだけの実力があるかどうかは怪しいのだが。


 町の外を溶岩の川が流れていく。

 クルセルクの町はまわりより少しだけ高い丘の上に作られているので、溶岩が町を直撃する事はないだろう。

 溶岩の熱に炙られて遠くの森が発火した。

 山火事が広がりそうだ。

 火事を発見した時の標準手続きなのだろう、カンカンカンと鐘が打ち鳴らされる。

 まだ寝ていた住人が起きてくるが、人手があっても何かが出来るわけではない。溶岩の間を突撃して火を消したとしても、それでどうなる?

 また別の二箇所で火の手が上がった。


 この様子だと、この町以外のクルセルク領の各村は全滅だろう。なんとか他領へ脱出してくれれば良いのだが。

 返す返すも先刻バッカスを仕留められなかったのが悔やまれる。バッカスに憑依しているのがダル・ダーレ・ダレンの分体なら、バッカスを殺しても本体は無事かもしれない。だが、クルセルク領の領主がいなくなれば祟り神とこの土地とのつながりは失われる。そうなればここまで派手な事はできなくなるはずだ。


「フォリン様、左を!」


 リリミヤが叫んだ。

 見ると町をめぐる農地のすぐ外側、意外な近距離から溶岩が噴き上がっていた。


 豪胆なはずの女戦士が動揺している。

 一般の住人たちはもっともっと動揺するだろう。パニックを起こすまであと一歩だ。皆の目に見える形で安全をアピールしなければ。


 僕は特に必要はないが、両手を組んで祈りを捧げるようなポーズをとった。


「強大なる悪意を退ける力を。この世の地獄を退ける真白き力をここに!」


 言葉とともに神の力をふるう。

 クルセルクの町の中は別に僕の神域というわけではない。僕と祟り神の力が拮抗していてダル・ダーレ・ダレンの勝手を許さないというだけだ。当然、向こうも僕の邪魔が出来るはずだが、どういう訳か何の抵抗も感じなかった。


 僕の祈りを中心に白い光が広がる。


 ほぼ見てくれだけの祟り神を追い払うには全く足りない光だ。少しだけ相手の行動を阻害出来るかも、その程度だ。

 だけどタイミングが良かった。間近に噴き出した溶岩が光に追い立てられるかのように遠くへと流れる。

 重力に従って高い所から低い場所へ流れているだけなのだが、リリミヤは安堵と賞賛の吐息を漏らしていた。


「この光の範囲内に溶岩が噴き出すことはありません」


 僕は真実の一部だけを口に出した。

 言葉は聞こえていないはずだが光だけでも十分だったようだ。町の人たちから僕に感謝の思いが伝わってくる。

 消費した以上の神力が回収できた。


 ホッとしたのもつかの間、祟り神からの念話が再び飛んできた。


【そう来たか。満点とは言えないが、及第点ではある。幼き女神よ、神の力とは現実を認識し続けるものである事を忘れるな。……さて、これから始めてやろう。神同士の本当の戦いというものをな!】


 僕にとっての真の及第点はお前を殺す事だぞ、祟り神!

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