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第3話 ちょっとした真実と父神様

 僕は敵の神と戦う決意をした。

 だけど、あの黒い霧状の物とどう戦えばよいのだろう? 多分だけれど人間の力ではどうにもならない。可能性があるとしたらブレンに渡した神槍フォルニウスだけれど、傭兵隊長にはあの黒い霧は見えていないようだ。


 とは言えさすがに歴戦の戦士だ。ブレンは敵の残骸に不用意に近づこうとはしない。構えをとり、残心の姿勢を崩さない。ただの人間なりに何かを感じ取っているのかも知れない。


 僕もあそこへ行こうと思う。

 腰のサーベルの感触を確かめつつ壁の上から降りる。ブレンたちと違って飛び降りる自信はなかったので壁の内側、町の中へと移動した。


 そこで近づいてきていた馬蹄の響きと鉢合わせした。


 ヤバい。

 失敗した。


 僕はもともと父の目を盗んで屋敷を抜け出していたのだった。

 馬は三頭いた。馬上から3対の目が僕をにらむ。

 最初に口を開いたのは父の腹心クセル・ニードフォートだった。30歳を過ぎたあたりで僕と同じ緑のマントを獲得した最下級の貴族だ。もともと嫌味な奴だが僕が緑のマントを得てから当たりがよりキツくなったような気がする。心が狭いな!


「おや、フォリン様。あなたは今は刺繍のお時間だったはずですが、このような所で何をなさっておいでですか?」

「今日の分の刺繍ならもう終わりました。その上で町を散策していただけですが何か?」


 刺繍を終わらせたと言ってもチマチマと手で縫ったわけじゃない。魔法の精密操作で縫いあげた。


 クセルは「嘆かわしい」と額を押さえた。

 父は僕をギロリと睨む。

 今は僕の相手をしている時ではないだろう、と言いたいが彼は開け放たれた門の向こうに怪物の残骸を見ていた。そちらに緊急性はないと判断したようだ。


「屋敷を抜け出して領民や傭兵相手に人気取りか? それも初めてでは無さそうだな」


 いや、初めてだけど。

 反論したかったが父の視線は白猫ライアに向けられていた。

 屋敷で見たことがない猫を連れていてその猫が僕になついているとあっては時間をかけて馴らしたのだろうと判断されても仕方がない。

 本当に無駄に目ざとい奴だ。


「まったく、そうまでして家督が欲しいか?」

「ユーノクス家の家督が欲しいなどと思ったことはありません」


 人気取りがしたいのは神に至るための信仰心が欲しいからです、などとは言えない。子供らしい妄想として微笑ましい目で見られてしまう。そんな目で見られるぐらいなら棘だらけの視線の方がまだマシだ。


 傭兵の一人が意を決して進み出る。


「お言葉ですがご領主様、ご子息にはこのたび一方ならぬご助力をいただきました。あの怪物を討伐できたのはフォリン様のお力によるところが大きいのです。なにとぞその功に免じてお怒りを鎮めていただきたく存じます」

「お前は一つ勘違いしている。これは息子などではない」

「は?」

「いつも帯剣し男の形などしているが、これは娘だ。せっかくの器量よしだと言うのに何が不満で……」


 僕の性別がバラされてしまった。これでは父の怒りと嘆きの方が正当だと見なされてしまう。

 怪物討伐の功績と相殺という論点からすれば僕の性別なんか関係ないはずなんだけど。


 あ、僕はユーノクス家の次女フォリン・ユーノクスです。改めましてよろしく。

 ああ、周りの視線が痛い。僕の味方なんか一人もいないな。


 そうでもない?

 異国から来たらしい少年、シキ・タケルが僕のすぐ後ろに立っていた。彼の場合はまわりの会話が聞き取れていない可能性が高いが。


「お前の処分は屋敷に帰ってからだ。とりあえず、この件にこれ以上関わる事は禁ずる。分かったな」

「ですが、父上」

「ならん!」


 父にも多分、アレは見えていない。

 僕は父の事はあまり好きではない。が、特に悪政を強いている訳ではないと分かった今、あの祟り神に簡単に殺されて良いとも思わない。


 だけど、この場で父の意志に正面から背くのは難しい。父親、というだけならまだしも領主の言葉だ。無視して良いものではない。

 だから僕は言葉だけをつむぐ。


「僕が見るところあの怪物はまだ滅びてはいません。くれぐれもご注意を」

「自分の事を僕などと呼ぶな!」


 重要な論点はそこではないのだけれど。


 バッカス・ユーノクスたちは馬を進めた。

 先頭は護衛の兵。ただの傭兵ではなく貴族の血をひく魔力持ちだ。

 緑のマントすら身につけられない落ちこぼれ貴族とはいえ、ブレンと同等程度の戦力ではあるはずだ。神槍を握った後のブレンには大差で負けるだろうが。


 次に進むのはクセル・ニードフォート。

 僕と同じく緑のマントをまとう以上、魔力の精密操作に長けるはず。魔力を感知する能力も標準以上であるはずで、『神』の気配に気づいてもおかしくない。そのはずなのだけれど大して警戒する様子もなくずんずん進んでいく。

 不審に思って彼の事を『目』で見てみた。


 ……ダメだ、これ。


 彼の能力は緑のマントに届いていない。彼が水準以上だったのは能力ではなく金だった。厳密には金ではなく手に入りにくい高級酒を贈ったようだが、彼のマントが賄賂の結果である事は確かだ。


 僕は我知らず一歩踏み出しかけた。

 ご丁寧に傭兵の人が僕の前に立ちはだかってくれた。「領主の意をくんだ」というより「姫様を危険に晒さないように」といった風なのがわずかな救いだ。


 僕が彼らを助けに行くことは出来そうにない。

 僕はついでに父が今何を考えているかも『目』で見てみた。


 ちょっとだけ驚いた。僕の警告は彼の心に届いていた。幼くして緑のマントを得た魔法使いの警告を無視するのは愚かなこと、だそうだ。だから警戒しながらゆっくりと近づいていく。

 ただし警戒はしているが、自分の手に負えないほどの脅威だとも考えていない。

 幼い娘と平民たちの力で残骸を晒した程度の怪物だ。まだ力を残しているとしても、不意を打たれさえしなければ自分なら処理できると判断している。


 父は思ったより馬鹿じゃない。その判断は適切だ。

 僕と怪物がともに『神』の因子を持っているという想定不可能な状況がなければ適切だった。


 僕は唇を噛んだ。

 あの父親に対する愛情なんかひとかけらもないと思っていたけれど、ここへ来て死なれるのは惜しいと本気で思ってしまった。


 父は怪物の残骸の前に立った。

 敬礼するブレンたちを身ぶりで下がらせる。クセルともう一人が彼の前で壁になった。


 父は水筒を取り出し、中身を地面にこぼした。

 得意の魔法『水爆』を使うつもりらしい。

 水爆という名前だが、異世界の水素爆弾ではない。水の状態変化を利用する魔法だ。ここからでは見えないが、水は父にコントロールされて移動しているはずだ。

 地面の下を移動して残骸の直下に到着したところで水蒸気へと変化する。体積が一気に膨れ上がり、その結果に起こるのは爆発だ。


 轟音と共に地面が捲れ上がった。

 地中で起きた爆発はそのエネルギーを一番弱いところ、真上に対して解放する。

 残骸が宙に浮いた。

 空中で幾つかに分解し、地へ落下してさらに割れる。


 笑い声がする。割れた残骸のあたりから哄笑が湧き起こっていた。


 空に噴きあがった土煙が形をとった。巨大な人型となる。先ほどまでの黒い霧と異なり誰の目にも見える実在の姿だ。

 人の口から発せられたものでない言葉があたりに響き渡る。


「フハハハハハ、見事、見事である! かりそめの物とはいえ、よくぞ我が依り代を破壊しつくした。褒めてつかわす」


 あれが僕より先へ行った『神』か。

 僕は拳を握り締めた。


 ブレンとリリミヤは人型から距離をとりつつ、戦闘態勢を継続。

 父とクセルは恐慌をおこした馬を御しきれずに落馬。もう一人の護衛は落馬こそしなかったが馬と一緒に逃亡中。どうやら逃げ出そうとする馬に逆らわなかったから振り落とされずにすんだらしい。


 僕はあそこへ行きたいと思った。


 僕の『目』には見える。余裕ぶってはいるが、あの祟り神も全くダメージを受けていないわけではない。依り代の破壊は『神』にとっても痛手だ。

 それ行け、神槍を振るえ!

 もう一回、水爆だ! 土煙なんか吹きはらってしまえ!

 十分に弱らせたら『神』としての核は僕がもらう。


 なのに僕はここから動けない。

 もう一回タケル君に頑張ってもらおうかと思ったが、見ると彼も顔面蒼白。まともに弓など射れそうにない。正真正銘の神に出会った人間の反応としてはこれが普通だろう。


 僕が手も口も出せないでいる間に、祟り神は回復していく。

 彼の姿を見て恐れる者、彼の声を聞いておののく者の心が祟り神に力を与えている。


「怖れよ! 恐怖せよ! 我が名はダル・ダーレ・ダレン! 人にとっての災いである!」


 身体の奥底にズシリと響く重低音は言葉の意味に関係なく本能的な恐怖を呼び起こす。

 あの祟り神は恐怖を喰らう方法を熟知している。


 父は落馬した場所でなんとか立ち上がる。

 クセルは這いずってそこから逃げようとする。


「なりません、フォリン様」


 気がつくと僕の肩に力強い手が乗せられていた。

 無意識のうちに何歩か足を踏み出していたようだ。これ以上動いたら、抱き上げられて強制的に後方へ送られそうだ。


「我を畏れるのはまことに良い心がけである。しかし、イモムシのように這いずる者はいささか見苦しい。……控えるが良い!」


 巨大な人影の目の辺りが光った。

 閃光を浴びてクセルが硬直する。僕の『目』にも何が起きたのかわからない。が、何かしらの『奇跡』が起こされた事だけは確かだ。


 ダル・ダーレ・ダレンが動いた。

 腕を動かし、土煙でできているはずの手でクセルの身体をつかんだ。こちらへ放り投げてくる。

 クセルは不自然な姿勢で硬直したまま飛んでくる。


 あの勢いで地面に激突したら間違いなく死ぬ。

 それは分かるが生身の人間が受け止められる勢いではなかった。僕を含めてその場の全員が蜘蛛の子を散らすように逃げた。


 それが正解だった。


 地面に着弾したクセルは固くて軽い音を立ててバラバラに壊れた。破片が飛び散り、逃げた何人かを傷つけた。

 僕は破片を観察する。


「陶器?」


 クセルの身体は無機物に変化していた。異世界知識で言う、状態異常:石化に近い物らしい。

 かつてクセルだった陶器の欠片は祟り神の呪いをたっぷりと含んでいた。


 間近で悲鳴が上がった。

 陶器の破片で傷を負った兵が自分の手足を恐怖とともに見ている。無傷の兵は彼らからあとずさる。

 怪我をした兵の傷口のまわりもまた陶器に変化していた。流血が徐々に止まっていくのが逆に恐ろしい。


 祟り神の哄笑がふたたび響きわたる。


「我が呪いの味はどうだ? お前たちは間もなくただの人形となるのだ! 我が呪いは感染し町全体に広がっていくぞ」


 悲鳴が上がった。

 兵士たちの士気が崩壊する。全軍潰走まであと一歩。


「静まりなさい!」


 僕は声をあげた。

 僕にだって身体強化の魔法ぐらい使える。強化した心肺機能を使ってようやく周りに届く声を出せた。神としての威厳を込めてあたりを睥睨する。


 僕にも神同士の戦いのルールが呑み込めてきた。

 神と神の戦いではハッタリが大事なんだ。より少ない力を使って、観客となる人間たちからより多くの恐怖や尊敬を引き出す。消費する力より増大する力が大きくなるように計算して奇跡をおこすべきなんだ。


 よく見るとダル・ダーレ・ダレンと名乗った神の起こした奇跡も張りぼて込みだ。

 クセルを陶器化させた奇跡は本物。

 しかし、そこから感染させたと主張する陶器化は幻覚だ。人間の魔法使いにも行使可能なちゃちな魔法だ。出血が止まったのは心因性の作用だろう。

 僕は恐れずに兵士の陶器に見える腕をとった。これを解除するのに奇跡を使う必要はない。緑の魔法使いとしての実力だけで十分だ。魔力の精緻な操作は僕の得意分野。細く鋭くメスを入れるような魔力の操作で幻影を破壊する。


「この程度の呪い、恐れる必要はありません」


 ただの幻影だったと暴露はしない。恐ろしい呪いがかかっていたが僕には解除できたと主張する方がお得だ。

 あたりの注目が僕に集まったところで腕をひと振りする。その動作とともに残りの幻影も破壊してのける。


 驚きの声とともに崩壊しつつあった味方の士気が回復した。

 人々の信頼と期待が僕を強くする。ヒーローを支える精神論ではなく、文字通りの意味で。


 土煙の巨体を見上げつつ思案する。

 新たに得た力をどう使おうか?

 風を起こして煙を払う?

 それとも豪雨で地面にたたき落としてやる方が有効だろうか?

 どちらであれヤツが今あの土煙を依り代としている以上、その破壊となりダメージになるはずだ。


 が、僕が行動に出るより早くダル・ダーレ・ダレンが僕に注意を向けたようだった。

 祟り神は降参だ、とばかりに両手を胴体の左右で上にあげた。


「なるほど、お前たちの町には守護者がいるようだ。我の計算が少し狂った。ここは一旦引くとしよう。なに、長くは待たせん。我が真の権能により三日の内にはお前たちを滅ぼしつくすことを約束しよう」

「僕としては今この場で決着をつけても構わないんだけどな」


 さすがに神だ。ダル・ダーレ・ダレンは身体強化も使っていない僕の言葉をしっかりと聞き取ったようだった。


「そう言うでない。それではいろいろと詰まらぬだろう。お互いに、な。……我はすでに名乗ったぞ。娘よ、そなたも名乗りを上げるが良い!」

「フォリンだ。フォリン・ユーノクス」

「そうか。ではフォリンよ。そなたの健闘を楽しみにしているぞ」


 ダル・ダーレ・ダレンが言い終えた時、彼の足元で魔力が膨れ上がった。

 どうやらキレた人物がいるようだ。

 バッカス・ユーノクスが通常の彼ではありえない量の魔力を放出していた。あんな無理をしたら寿命を縮めるぞ、とは思うがただの人間の身で神に対抗しようとしたらあのぐらいの無理はむしろ当たり前かもしれない。


 父もまた祟り神に劣らない大きさの声をあたりに響かせた。


「フォリンだと。ふざけるな! ここの領主は私だ! バッカス・ユーノクスだ! この私を無視などさせぬ!」


 放出された魔力があたりに満ちる。父はもともと力業・大技に関しては僕など足元にも及ばない実力の持ち主だ。その彼が無理に無理を重ねて放つ大魔法、決して軽視はできない。

 先ほどの『水爆』と同じく今回の魔法もまた加熱系だった。

 今回の対象は水ではなく広範囲にわたる空気だ。暖められた空気が上昇気流となり風を呼ぶ。土煙の身体が揺らぐ。

 風は一点に集まっていき、小規模な竜巻となった。

 竜巻が土煙を吸い込み、形を失わせていく。


 破壊されながら祟り神はまたもや笑っていた。


「ただの人とは思えぬ見事な技よ! だが、我を滅ぼすには到底足りぬ。では、フォリンよ。またすぐに会おうぞ」


 ダル・ダーレ・ダレンは土煙の中からその存在を抜け出させたようだった。

 僕は『目』を見はって祟り神がどちらへ逃げるか見極めようとする。


 いない。

 見えない。

 黒い霧のように見えるはずの祟り神の本体はどちらへ向かっても飛んでいかない。


 ひょっとして、父が討伐に成功した?


 そんな考えも浮かぶが、そこまで簡単な相手だとは思えない。僕にも見極められないような巧妙な手口で逃走したと思った方が良いだろう。


 土煙は吹き散らされ、竜巻もまた役目を終えて消滅した。

 そして、バッカス・ユーノクスは倒れた。一切の受け身が取れない朽ち木のような倒れ方。後頭部をぶつける直前にブレンが駆け寄ってかろうじて受け止めていた。


【た、大変だニャ】

「そうだね。あの倒れ方は心配だ。命の心配はともかく、しばらく寝込むことになるかもしれない」

【そうじゃないニャ。今のを見なかったのニャ?】


 白猫ライアは何かを目撃したらしい。

 助かる、と思ったが、そんな思いは次の瞬間に消し飛んだ。


【黒い霧がバッカスの身体に吸い込まれていったニャ】


 なんだって?

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