第2話 神々のサバイバル
書き溜めがあるので調子に乗って二日連続投稿です。
このペースを維持する事は出来ません。
街道上を逃走する荷馬車。
それを追いかける巨大な節足動物のモンスター。
荷馬車は街道をこちらに向かって逃げてくる。
マズイ!
荷馬車がモンスターに追いつかれたら悲劇だ。しかし、追いつかれる事なく町の前まで来てしまったら、より一層の悲劇だ。
荷馬車に関係なくあのモンスターがあらわれたなら、町は門を閉めるだろう。
そして弓や弩で応戦し、それでカタが付かなければ強大な黄の魔法使いである領主バッカス・ユーノクスに応援を要請するだろう。父ならあの程度のモンスターは軽く撃破するに違いない。
だが、逃げてくる荷馬車を迎え入れようとして門を開けたままだったらどうなるだろう?
町の中に侵入した怪物が暴れまわる様を夢想して僕は身震いした。
僕は走り出した。
一刻も早く町の門を閉ざさねばならない。
肩が重い。
とっとと降りろ、という思いをこめて僕はそこに爪を立てている白猫を睨みつけた。
【無理ニャ。猫の身体はスタミナがないニャ。瞬発力ならともかく、人が走り続けるスピードにはついて行けないニャ】
「なら、後から来い」
ビリッと音がするのも構わず猫を引き剥がし、遠くへ投げすてる。
チラリと見るとモンスターは相変わらず荷馬車を追いかけている。つかず離れずの距離を保って。
あいつは荷馬車を利用して町の門を突破するつもりでいる?
ならばあの怪物には人間並みの知能がある事になる。その事も恐ろしい。
息がきれる。
最近、屋敷に閉じこめられていた事が影響している。スタミナがないのは僕も同じだった。
上がらない足を動かして必死で走る。
僕の足は遅いけれど、それでもモンスターの到着よりは僕が門にたどり着く方が早い。
よし、と思った。
門が見えてきた。
父が雇った傭兵たちがそこで右往左往している。
「何をしている! さっさと門を閉めろ!」
怒号が響き渡った。
僕じゃない。
僕にはこんなに大きな声は出せない。それどころか、息が切れて普通の声すら出せなくなっていた。
ひょっとしたら無駄足だった?
傭兵たちは僕の助けなんか無くともその役目を十分に果たせる?
気が抜けると同時に足がもつれた。僕はその場にうつ伏せに倒れた。
汗がダラダラと流れる。このままだと風邪でも引きそうだ。
「しかし、隊長。逃げてくる」
「荷馬車を気にするなら弓を用意して壁の上にあがれ! グダグダ言うのはやる事をやってからにしろ!」
敵味方、どちらに発見されてもマズそうなので立ち上がるのはやめにする。
腹ばいになったまま観察を続ける。
隊長と呼ばれているのは40代ぐらいの厳つい顔の大男だ。屋敷でも見かけた記憶があるが、名前はなんと言ったかな?
記憶を探っても出てこないので、神の『目』で見てみる。
彼の名前はブレン。貴族ではないので家名はない。長年、傭兵として各地を渡り歩いた古強者で傭兵だけではなく山賊をやっていた過去もあるようだ。
もう若くはないので安定を求めてこの町の守備隊に志願。屋敷に勤める未亡人に求婚中。というあたりは良いとして、ちょっと驚いたのは彼の魔力量。ひょっとしたら僕より多いのでは?
事実かどうかは不明だが彼の認識としては、彼ぐらいの魔力を持っていて魔法っぽい事ができる人間は平民でも決して少なくはないらしい。魔法を魔法として使うと貴族から「不敬である」としてとがめられるので隠しているだけだとか。
僕が見るところでは彼ほどの魔力を持った平民は滅多にいないので、彼は自分を過小評価していると思う。でなければ「戦場を生き残れる平民」の間でなら彼の認識で正しいのかもしれない。
ブレンの指示で大きな扉が重々しく閉まっていく。
長弓を手にした兵が壁の上に登る。
声までは聞こえないが、荷馬車の馭者が絶望の叫びを上げているのが見えた。
馭者はそして怪物はどう動くだろうか?
荷馬車の行き足が鈍った。
蜘蛛のようなカマキリのような怪物は「さっさと行け」と催促するように荷馬車を小突き、効果がないと知ると鎌のような前脚をふるって荷馬車を粉砕した。
荷馬車の残骸が重しになり、引っ張っていた馬も怪物の餌食になる。
餌食と言っても怪物が馬を食べたりする様子はない。単純に踏み砕かれただけだ。狩りをする生き物にはあるまじき動きだ。
粉砕された荷馬車から御者をしていた男が転がるように脱出した。
男、というか少年だ。僕より少し年かさぐらいの男の子が背中に弓を背負い、胸に何かを大事そうに抱えて走って来る。
そんな物は捨ててもっと速く走れ、と言いたいがアレを捨てるのは無理だな。
少年がが抱えているのはどうやら幼子らしい。
壁の上から矢が次々に放たれる。
あまり上手い攻撃ではない。大半は無駄に地面に突き刺さり、逃げる少年の至近距離に落ちる矢まである。それでも一本か二本は命中、モンスターをひるませる事には成功した。
当たっても致命傷には程遠かった、とも言うが。
あの怪物はいったい何者なのだろう?
僕は奴を神の『目』で見る。
あの蜘蛛カマキリは普通の意味では生きてはいない。
あれは石でできている。
そこまでは分かった。
だが、それ以上は見えない。
あいつが何を動力源にしているのか。生物でないのならだれが造ったのか、どこから来たのか、そういった情報が読み取れない。こんなことは初めてだ。
自律的に動作するマジックアイテム、いわゆるゴーレムのようなものを創り出す魔法はこの世界には存在しない。僕が知らないだけでどこかにはあったとしてもあの怪物がそういう物ではない事は明らかだ。魔力の流れなら、僕にはこの上なく明確に見える。
敵の正体は、不明。
「ひるむな! 矢を放ち続けろ! まったく効いていないわけではない」
ブレンが声を張り上げる。
彼も槍を手にして壁の上に立っていた。
敵が近づいてきたら壁の上から突くつもりだろう。と思っていたら、彼は壁の向こうに平然と飛び降りた。石突を突き立てて、空堀にかけられた簡素な橋の上にきれいに着地する。
並みの度胸ではない。
理屈の上ではわかる。
あの怪物は石造り。こちらの壁は土壁。奴に自由に動かれたらこちらの壁など簡単に崩される。石造りと分からなくとも相手は虫型だ。障害物を乗り越える能力が高いだろう事は容易に想像できる。
壁を守るための人員が必要であることは間違いないのだが、あの怪物に対して生身で対峙するなどそうそう出来る事ではない。
傭兵隊長は槍を掲げて大きく振った。
少年に呼びかける。
「こっちだ! こっちに逃げてこい」
子供を抱いた少年と怪物の命がけの追いかけっこ。
町の門が閉ざされた以上、怪物にはもはや少年を生かしておく理由がない。……そのはずだ。
怪物はゆっくり動いているように見えるが、それはその巨体ゆえの錯覚。人間が走るよりは速い。
時おり命中する矢が牽制となり少年と幼子をわずかに生き延びさせる。
そのままでは危ないと思ったのか、ブレンが前進した。
僕にはその体が光って見える。身体強化の魔法を使っているようだ。が、完全に我流で習得したためか無駄が多い。豊富な魔力で強引に発動している。魔力がダダ漏れだ。自力で魔法を習得した平民が貴族と同列とみなされないのはそれなりに理由がある事のようだ。
矢のような勢いで突進するブレン。
男とすれ違いその勢いのまま手にした槍を怪物に突き立てる。馬こそ使わないが騎兵突撃のよう。
鋼鉄の穂先が岩の身体をえぐる。
だが、弾かれた。
おそらく彼は怪物の表面の甲殻を貫きさえすれば、その下にはやわらかい肉があると思っていたのだろう。それが常識的な判断というものだ。
ヤツに肉はない。芯まで岩でできているなど、僕のような神の『目』を持っていなければ分かるわけがない。
弾かれたのは槍の穂先だけではなかった。
圧倒的な重量差によりブレン本人までが宙に舞う。
空中で身をよじって姿勢を制御、両足から着地する。
その気になれば僕でも身体強化は多少は出来るけど、今の動きは絶対に無理だ。
ブレンと怪物の一騎打ちがはじまる。
怪物の足を止める、という意味では大成功だ。だが、ブレンには攻め手がない。
ランスチャージばりの突進攻撃は槍を使った攻撃としてはおそらく最強。それが通じなかった以上、彼には牽制程度の攻撃しかできない。
そして僕の『目』には彼の槍に細かいひびが入っているのが見えていた。
あの槍はもう間もなく砕ける。
これは、僕が出て行かなければ駄目かな。
いや、直接戦闘だと僕が出て行ったって何が出来るわけでも無いけど。
呼吸も整ったことだし、僕は立ち上がった。
町の門に向かって歩く。
その間に馭者をやっていた男が門へ到着した。
空堀にかかった橋の上からなら壁の上まで高さはさほどでもない。ロープの一本も垂らしてやれば簡単に登れるだろうが、また一人下に飛び降りた。
大柄なその人物は少年の足をむんずとつかみ、勢いをつけて持ち上げた。
上にいた兵たちが連携して彼を引っ張り上げる。
少年は黒髪に黒目。異国風の顔立ちをしていた。
身につけている物はここらの平民がまとう様なボロだが、背負った弓はそれとは不釣り合いに立派だ。複数の素材を貼り合わせた手の込んだ造りで、それに装飾と塗装まで施されている。
そして、少年と僕の目があった。
彼が抱えている5歳ぐらいの子供とも目があった。
なぜか二人とも、唖然、呆然としている。
僕にとってはなじみの反応。僕を始めて見たものは時々こうなる。僕の外見が引き起こす効果らしいのだが、僕としてはなぜそこまでの反応が出るのか疑問に思っている。
僕の容姿が整っているのは認めるけど、状態異常「魅了」を引き起こすほどではないだろう。ま、まだ子供なのにもかかわらず僕に良からぬ事をしたがる大人がいるから、僕はことさら男っぽくふるまっているのだけれど。
「天使さま」
子供がつぶやいていた。
陶然とする二人を見て兵士たちも僕に気づいた。
ここの兵士のほとんどは僕を見るのが初めてだ。この場所は一種の戦場であるにもかかわらず、弛緩した空気が流れる。
怪物から目を離すなよ、と思いつつ僕は物腰を公式典礼用にあらためる。
とりあえず兵士たちは無視。助け上げられた二人に微笑みかける。
「はじめまして。クルセルクの町へようこそ。僕はここの領主の子供、フォリン・ユーノクスです。非常時につき、これ以上の挨拶は略させてもらいますね」
「オレ、シキ・タケル。ハジメマシテ」
少年が言った。一応、言葉は通じている様だが訛りがひどい。やはりこの辺りの人間ではない様だ。
今の僕は皆の注目を集めている。
賛美や期待といった、信仰に近似した感情が僕に集まる。ほんのわずかだけれど僕の神としての力が高まる。
神への道を歩みたければここで失敗はできない。
僕は近くにあった矢筒から一本の矢を引き抜いた。人の緑の魔法使いとしての力で矢に貫通力を高める術式をこめる。
この矢を自分で射たいところだけれど、長弓を扱うには僕の腕では長さが足りない。
シキ・タケルと名乗った少年の背中の弓を観察する。長弓用の矢を射るには少し短めだが、何とかなる範囲だろう。
「その弓は使えますか?」
僕の問いにタケル少年は力強くうなづいた。
弓を下ろし、弦を張る。流れるような熟練した動作。僕から矢を受け取るとき、かすかにためらいを見せる。やはり万全の道具と呼ぶには長すぎるか。
「……急いで!」
僕の視界に奮戦するブレンの槍が遂に砕ける様が映っていた。
身体強化を使っていても岩の身体に対してまったくの素手ではどうにもならない。傭兵隊長は全力で後退をはじめた。
わずかな間をおいて怪物も反応、地響きとともに追撃を開始する。
少年の複合弓から僕が強化した矢が放たれる。
兵士たちの長弓に勝る弓勢、狙いはかすかにブレたか? 敵の本体には刺さらず少しだけ行きすぎて最後尾の足の一本に突き刺さった。矢じりが見事に貫通する。
矢が貫通した部分からひび割れが広がり、その足はぽっきりと折れて脱落した。
怪物の行き足が鈍った。
初めての有効打と言える攻撃に兵士たちが湧いた。賛美と期待に続いて賞賛と希望が僕に集まる。
この程度では神にはなれない。
しかし、その力のほんの一端ぐらいは振るうことが出来そうだ。
今、ほんの少しだけ集まった信仰もどきを使って少しだけ奇跡をおこす。それによって更なる信仰心を稼ぐ事を決意する。
ちょっとした投資家の心境だ。
後退するブレンは援護を受けていた。
先ほど御者の男を持ち上げた大柄な兵士が前進していた。その手に持つのは大きなハンマーだ。岩に対しては槍よりも有利。
驚いたことにその兵士は女性だった。
並の男よりも背が高く、筋肉の盛り上がりもものすごい。ブレンもかなり大柄だが、身体強化を使わない素の筋力では彼女にかなわないだろう。
意外に思ったため、僕は無駄に彼女を『目』で見ていた。
彼女の名前はリリミヤ。もちろん家名はない。
このクルセルクの町の生まれで、父親は鍛冶屋だった。ハンマーが武器なのはそのあたりからの流れだ。二十歳過ぎの行き遅れでもある。
彼女が行き遅れなのはもちろんその体格によるところも大きいが、かつてこの地を襲った盗賊団に家族を殺されたからでもある。彼女自身は命を拾ったが、その際に顔にひどい火傷を負った。家族を亡くした哀れな子供に町の人々は同情的だったが、それも飢えずに生きられるというだけ。彼女を嫁にと望むものはなく、彼女自身も腕っぷしを磨くことに専念していた。
結果として今の彼女はブレンに続く守備隊のナンバーツーの実力者。火傷の跡が残る顔を兜の奥に隠した強者となっていた。
リリミヤはブレンに代わって一騎打ちを引き受けていた。
岩製の鎌をいなしつつ巨大なハンマーでぶっ叩く。
武装が適切な分、ブレンより攻撃の通りが良い。このままだと単独でも怪物を討伐してしまうかもしれない。
それは困る。
それでは僕が目立てないではないか。
僕は手近にあった槍を持ち上げた。
重い。
ブレンは軽々と操っていたが僕の10歳の身体には文字通り荷が重い。傭兵隊長を見習って少しだけ身体強化を使う。こうしないと優雅な動作を維持できない。優雅に見える白鳥も水面下では必死に水をかいているものなのだ。
槍は頑丈だが簡素な作りだった。穂先は焼の入った鋼鉄製で手が込んでいるが、柄の部分は使い捨てても惜しくないレベル。良くも悪くも実用品だ。
先ほどと同じように槍に貫通力を高める術式を込める。だが、今回はそれだけで終わらせるつもりはない。
人間の使う魔法は魔力と呼ばれる神の奇跡の力の残滓を消費して発動する。神の奇跡も人の魔法も等しく超常の力だが、魔法にはできないことがいくつかある。
その一、魔法では無から有は作れない。
地面を動かして堀や壁は作れる。水を操作して氷にしたり、水蒸気にかえて爆発をおこしたりもできる。だが、何もない空中に岩の弾丸を呼びだしたりはできないし、可燃物が何もないところに炎を発生させたりもできない。もし、それができるように見えたなら、その魔法にはタネがあるか最初から幻覚魔法であるかのどちらかであろう。
その二、魔法に知能はない。
敵を自動でホーミングしたり、誰かが特定の場所に来た時だけ発動するような都合のよい魔法は存在しない。敵を追尾させたかったら自分で操作して追跡させなければならない。
その三、魔法は持続しない。
これは程度問題。5秒や10秒の持続は普通にある。だが、分単位で持続する魔法を発動するのは至難の業だし、時間単位ともなると不可能と言い切れる。
僕は今、この三つの法則をすべて破るつもりだ。それを可能にするのが神の力だ。
僕は槍と世界に呼びかける。
「凡庸なる槍よ、剛直の力よ、汝は今より聖なる遺物となる。我が選びし勇者の手に渡り、我が敵すべてを打ち貫け。汝の名は神槍フォルニウス。新たなる神話となるために今、生まれいでよ」
ただの量産品だった槍が光に包まれ、その中で姿を変える。
発言をちょっとだけ訂正しよう。魔法の法則の一番目はあまり破れなかった。槍は形こそ変えたが、重さも体積もほとんど変わっていない。無から有を生むのは神の奇跡としても難易度が高いようだ。
神槍フォルニウスは異世界知識的に言うとインテリジェンスな感じのマジックアイテムだ。
堅牢さを保つ魔法は常時発動で通常の手段ではまず壊せない。僕が選んだ相手を識別しその者の手にある時だけ、僕の敵に対して貫通の術式を発動する。僕は槍に対して一時的な強化魔法を施したのではなく、この世に新たな存在を生み出したというわけだ。
武器を失ったブレンが門の前まで後退してきた。
「代わりの槍をくれ! 早く! ……フォリン様⁈」
彼は軟禁状態だった僕とも顔を合わせた事がある。
僕は微笑んだ。
壁の上から神槍の柄をさしだす。
我流とはいえ彼も魔法を使う者だ。フォルニウスの力を感じとったのかその顔がひきつった。
「この槍を下賜します。あの怪物を殲滅しなさい」
「御意!」
彼は飛びつくように神槍をひったくっていた。
バランスを確かめるためかその場で回転させる。フォルニウスは回転しながら持ち主の好みに重量バランスを微調整したようだった。ブレンの顔に戸惑いが生まれ、それは歓喜に変化した。
「良し! 行ける! リリミヤ、お前は下がれ!」
「まだ、やれます」
強壮な女戦士も怪物の単独討伐はやっぱり無理だった。
重いハンマーは岩の身体に対しても有効だが、使い手の体力を消耗させる。リリミヤが怪物を倒すには何回・何十回となくハンマーを直撃させる必要があるが、怪物が彼女を戦闘不能にするにはたった一回の命中で事足りるという事情も大きい。
戦線離脱を良しとしない女戦士だったが、連携して戦う必要は認めていた。
後退して前進してきたブレンと肩を並べる。
「なんですか、その槍は?」
「天使様から、今、授かった」
神様の卵です。
神槍による突きの連打が怪物に襲いかかる。
怪物の鎌のリーチはかなり長い。その所為で敵の本体には届かない。だが、神槍は鎌と打ち合い、えぐり、孔を穿った。ゴトリ、ゴトリと二本の鎌が地に落ちる。
リリミヤが気合いとともに突き進んだ。
驚いたことに彼女も魔法を使った。ハンマーの頭が光を放ち、単純なスピード✖︎重量ではない衝撃を生み出す。
光るハンマーが怪物の頭部に着弾。
そこからひび割れが広がる。怪物の動きが止まった。
「止めだ!」
神槍がひびの入ったボディをさらにえぐる。
怪物は遂にバラバラになって崩れ落ちた。
勝った。
歓声が上がった。
飛び上がる者、兜を脱いで左右に振る者、弓を掲げる者、みんな思い思いに喜びを表現している。
前線の二人と喜びを分かち合うために、一旦閉ざされた門がまた大きく開かれる。
門を開くのはまだちょっと早くないか?
敵を倒してもその絶命を確認するまでは構えを解くべきではない。剣術の初歩だ。
念のため怪物の残骸を『目』で見る。
ゾクっとした。
解析不能。
僕の『目』でも見ることが出来ない何かがまだあそこに居る。しかもまだ活発に活動している。
岩の身体はただのガワであって本質ではなかったという事か。岩を動かしていた本体は無傷ではないにしろ、健在だ。
「まだ終わっていない! 離れて!」
僕は叫んだが、僕の声量ではブレンたちの所まで届かない。それどころか、喜びに沸く兵士たちの耳にさえ届いていないようだ。
折り悪しく、町の中から馬蹄の響きが複数近づいて来ている。
ここの領主にして僕の父親、バッカス・ユーノクスがようやくご到着のようだ。いや、戦闘にかかった時間を考えると別に遅くはないか。知らせを受けてすぐに出動してもこのぐらいの時間になるだろう。
ようやく追いついてきた者はもう一匹いた。
白猫が僕の足元に駆け寄ってきた。足首にじゃれつきつつ怪物の残骸を見やる。
【ああ、最悪ニャ】
他の者にどう見えているかは知らないが、僕の『目』には残骸から黒い霧が立ち昇っているように見える。霧の中に人の顔が浮かんでいる。
【逃げた方がいいニャ。あれは神様ニャ】
「神? あれが? 神となった者がなぜ人を襲う?」
【神様が必要とするのは信仰心ニャ。でも、それは別に祭壇に祈りとして捧げられた物でなくとも良いニャ。自分に向けられた強い想いなら何でも力に変えられるニャ】
それはたった今、僕も経験したことだ。
僕に向けられた期待や希望が僕の力になった。
【自分に向けられた感情なら何でも良いのなら、それを集める一番簡単な方法は人間を殺す事だニャ。自分を認識させた人間をジワジワと苦しめながら殺せば被害者の感情はすべて自分の物だニャ】
「略奪経済か」
確かに納得できる。理解したくはないが、理屈としては納得だ。
あれは人々を苦しめながら移動しているヤバイ祟り神なのだろう。
確かに最悪だ。
【アレの獲物は人間だけではないニャ。フォリンは早く逃げるニャ】
「え?」
【さっきオイラが言った事を聞いていなかったかニャ? 神は他の神の卵が持っている神の因子を奪い取る事でも成長できるニャ。神としての力をロクに振るえないフォリンなんかご馳走でしかないニャ】
それは最悪の中の最悪だ。
逃げる、か?
僕が奴に喰われる事で奴の力が増大するのなら、僕が保身に走ることは全体にとって有益だ。
そういう理屈もつけられる。
だけど……
「好みじゃないな」
【どうしたのニャ?】
「逃げて隠れて生きながらえて、それでどうなる? 領地から逃亡した貴族というだけでもマイナス評価。まして、自分の信徒となり得る人々を見捨てる神なんかあり得ない」
僕が神になりたいと思っているのは、人のままでいるより偉そうだからとかより大きな力が振るえるからとかいった浅薄な動機だ。それは認めよう。別に世界を救済したいとか人々を極楽浄土へ連れていきたいとかいう大目的があるわけじゃない。
でも、強そうな敵からは逃げ隠れ、どこかで小ずるく信仰心を稼いで神に至ったとしてもそれを誇れるか?
僕は神だ。
だからこそ逆説的に僕は神を信じない。
僕が信仰心をささげ救済を求める『神』は存在しえない。僕が『悪』となったとしてもそれを断罪してくれる『神』はいない。
僕の道徳基盤となるものがあるとすれば、それは僕の神生という本を読んでいる仮想の読者の存在だ。仮想の読者、あるいは過去を振り返る未来の自分自身に対してその選択を誇れるか?
悪神、邪神となる決意をしたのであればどのような悪逆非道なふるまいもアリだ。
だが、善良な神として普段はふるまっておいて逆境になると卑怯未練なふるまいをするのであればそれはただの小者だ。主人公に切り捨てられる有象無象の雑魚の行動だ。
そんなくだらない存在に成り下がることに僕は耐えられそうにない。
「僕は戦うよ、ライア。勝って逆にあいつの神の因子を取り込んでやる」
【喰うか喰われるか、弱肉強食ニャ】
どちらが真に神たる存在になるか。
サバイバルデスマッチの開催だ。