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17話 世界の卵

 クルセルクの町角で白い猫が顔を洗っている。あの猫ってなんだか見覚えがあるぞ。


【ライア?】

【見つかってしまったのかニャ?】

【お前、トビたちに力を分け与えて消滅したんじゃなかったのか?】

【あれは嘘だニャ。それがライアの名前だニャ】


 いや、確かにそういう名前にしたけどさ。

 僕は白猫をジト目で見る。見たかったけれど、今の僕は肉体を持っていなかった。ボディランゲージが使えないのは困るな。


【ま、消滅したって別に悲しい相手じゃないけどさ】

【酷いニャ。ライアのことを一体どう思っているだニャ】

【創造神ダンタールが僕に仕掛けたウィルスにしてバックドア】

【それは誤解だ二ャ。おいらはフォリンの事をこんなにも大切に思っているのに。そんな事より、創造神様からのお言葉を伝えるニャ】

【それでどこがスパイじゃないんだか】

【親が子供の事を気にかけるのは当然ニャ】


 それを本気で言っているのならば養育費(おこずかい)でもせびってやろうか。


【ダンタール様いわく『よくやった』だそうニャ。永らく封印されて信者すら残っていない雑魚神とは言え、正規の神に勝ったのは大したものだ、と】

【それで、あの祟り神を僕にけしかけたのはダンタールなのか?】

【ニャ?】

【お前が出現したのとダル神と遭遇したのがほぼ同時だ。これで両者に関連がないというのは無理がある。タケル君もダル神の封印に異常があったから調査に向かったと言っていたし】

【それは誤解だニャ。ダル・ダーレ・ダレンが近づいたからおいらが目覚めたのであってその逆ではないニャ。それに、ダンタール様は複雑なことは企まないニャ】

【そうなのか?】

【無限の時を生きるダンタール様にとって陰謀なんて意味がないニャ。たいていの出来事はただ待っていれば起こるニャ】


 納得できなくもない意見だが、それが正しいとするとダンタールが知性や意識を持っている意味もないのでは?

 ま、長すぎる生と強すぎる力に生きている意味を失ったからダンタールはこの世界から去ったのかも知れないが。


 僕はあらためてクルセルク領を眺める。

 神の視点から見ると現在のクルセルク領は僕とダル・ダーレ・ダレンの共同統治区域だ。空間的には天と地で区切られ、明るい心は僕に、恐怖や絶望と言った暗い感情はダル神に捧げられる。


 現状のダル神は自らを封印しているから能動的な行動はできない。しかし自分の領域はしっかりと守っているし、地表を流れる溶岩も衰える様子はない。


 このありさまで僕が勝ったと言えるのだろうか?

 老獪な神にしてやられたという気しかしない。


 そもそも、ダル神の主目的は自分の領土を確立して無の領域の拡大を抑える事だったはずだ。

 ならば現状は彼の思惑通り。

 僕の方の目的は人々の生命財産を守る事だったから、こちらもある程度は成功しているけどね。


 僕は俯瞰視点からクルセルク領の行く末を見守る。

 もう、僕自身が手を出そうとは思わない。飛行石の創造だけで疲れてしまったし、人間は自分たちの力で生きていくべきだと思うから。


 ブレンは町の人間と話し合った。

 町を捨てて逃げ出そうという意見も多い。

 しかし、難民となった場合、その後の生活の保障がない。生まれた土地を捨てるという事は『難民』ではなく『流民』として扱われる可能性が高い。

 結局、クルセルク領を出ることを選択した者はごく一部だけだった。もともと流れ者である傭兵と、一家の次男坊以下の者たち。今回の件が無くてもいずれは町を出たであろう者たちだけだ。


 そちらリーダーは神の戦士ガイトとリックスの二人だった。

 ガイト自身はしばらくこの町にとどまるつもりだが、僕が空に浮かべた街道は不具合が多い。段差が出来ていたり、崩落していたり、通行が困難な場所が複数ある。

 二人の傭兵は協力して道を切り開いていった。


 一方、ブレンをはじめとする空中都市で生きることを選んだメンバーは早速、巨大な障害にぶつかった。

 僕は町一つとその周辺を空に浮かべたけれど、当然ながら地下水脈はついてきていない。井戸の底にたまっている水ぐらいは付いてきていたが、それを使い切ったら水はない。


 どうしよう?


 神の力があれば何かを作ることは簡単だが、きちんと機能する物を創造するのは難しい。


 無限に水が湧き出す壺でも創造してみるか?

 無理、だ。

 と言うか、そんなものを造ったら湧き出す水を創造するのに僕の神力を延々と消費し続けなくてはならない。とてもじゃないけどやっていられない。


 水不足でどうにもならなくなる前にさっさと町を捨てろと神託するべきだろうか?


 しばらく考え込んでから、解決策を見つけた。

 元ネタ(アニメ)は偉大だ。

 空に浮かぶ町は嵐に守られているべきなんだ。


 溶岩の熱でクルセルク領には元から上昇気流が生まれている。

 上昇気流が存在するという事は積乱雲が生まれやすくなっているという事で、周辺の大気の水分まで吸い込んでくれるという事だ。

 つまり、クルセルクの外延部では激しい雨が降りやすい。

 ならば雨を受け止めて町まで流れてくるような構造を作り出せば水不足は解決できる。クルセルクの町から枝のような構造体を四方へ伸ばし、水道を造る。


 追加で神力を大量に消費したが、何とかなった。

 水をためるにはちょうどいいものがあった。町をめぐる空堀に水を流す。農業用水にはこれで十分。飲み水としてはやや心もとないが、ここから先は人間たちでも何とか出来るだろう。

 実際、僕が手を出す暇もなかった。コータスとかいう男が水瓶を用意して流れてくる水を直接受ける工夫を始めた。

 知恵の回る男がいるものだ。


 その後も、僕が手を出すような事柄はほとんどなかった。

 ブレンはバッカスの孫であるトーレを仮の領主とした。自分をその名代と位置付ける。

 その状況を最大限に利用したのが女戦士のリリミヤだった。実質的なトーレの保護者という立場を活用してブレンの妻の座をかすめ取った。ブレンに抵抗の糸口も与えない見事な手際だった。


 男女の事はともかく、ブレンは有能だった。

 荒らされた農地の再建とともに街道の整備を行い、他領への通行を確保した。

 溶岩が流れる地獄と化した地表へ降りる方法をみつけ、硫黄をはじめとした鉱物資源の採取も始めた。

 交易をおこない、足りない食料を確保した。


 僕から彼への注文は一つだけだった。

 僕を祭る祭壇を造れ。

 神として祭壇の一つぐらいは必要だ。

 注文したのは小さな祭壇一つだけだったが、クルセルクの人々は協力して『神殿』と呼べる規模の物を建造してくれた。


 今のクルセルクは信仰心に篤い領地だ。

 それはね、僕が消滅したらせっかく浮かんでいるクルセルクの町が地獄へ落下しかねない、と知ったらみんな信仰を持つようになるだろう。


 そんなこんなで、僕は順調に信仰を集め、神力をためて行った。





 そして、三年がすぎた。


 僕は依代となる肉体を創り出した。異世界からクローンとか培養とかの概念を仕入れてくれば、このぐらいの物は創れる。

 この三年間の集大成として街道の端に立っていた。


 かつて、この街道の先はどこへ通じていたのだろう?

 今はこの道の先は無だ。何も見えない、何も感じ取れない完全なる消失。かつてそこに何かがあったという記録さえ残されていない。


 白猫がこちらを向いてニャーと鳴いた。


【やめておいた方がいいと思うニャ。無に呑まれたら神ですら無事では済まないニャ】

「クルセルク領はこのままではジリ貧だからね。空に浮かんだままでは農業にも限界がある。火山性の資源の採取も危険が大きすぎるし、このままではクルセルク領は衰退していくばかりだ。僕の信者と呼べる相手がこの領地にしかいない以上、それは僕自身の力の喪失に等しい」

【だからと言ってこんなギャンブルのようなマネをしなくても】

「大丈夫。僕には自信がある」


 僕は一歩前に出る。

 無はもう目の先、鼻の先だ。


「クルセルクの町はかつて宿場町だったような形跡がある。ここが無に呑まれる前はこの街道を往復する人間たちが居たのだろう。その往来を復活させなければこの領地に未来はない」

【せめて、あと100年待つべきだと思うニャ】

「そんなに待ったら領地が滅んでしまうよ」


 僕は無に向かって手を伸ばす。

 途中でやめた。

 今は慎重に行動するべき時ではない。無謀と思い切りと勇気を示す時だ。


 僕は手で触れる代わりに、全身でぶつかっていった。

 全身が無の中に入り込む。


 存在しないところだというのに『入り込む』とは奇妙だ

 だけど、僕はあえて『入り込んだ』と表現しよう。

 中に入ることが出来るのならばそれは無ではない。大きさも位置情報もある実体だ。

 僕は自分の存在をもって、無が無であることを否定する。


「僕は武神ではない。戦うことも殺すことも壊すことも得意ではない。そんな僕にできるのは創り出すこと」


 僕は無のただなかで「光あれ」と唱えた。

 光源がぽつんと浮かぶ。

 光だけがあってもそれが照らし出す存在が無ければ無意味だ。


 どこかの同業者のやり方を真似してみたけれど、上手くいかなかったな。世界を一つ丸ごと創造する時ならば使えるかも知れない。

 僕は光を消して、その代わりになる物を呼び起こす。


「空よ、あれ。澄みわたる青色。風がまく。遥か上方へと湧き上がる雲を生み出す空よ」


 空が生まれる。

 空が生まれた事で何もない無から上と下という概念が生まれた。

 下という概念が有るのならば、自分の足場を創る必要がある。


「街道よ、あれ。どこまでも続く、地平線の彼方までの道を」


 道が出来上がる。

 僕の足元からずっと先まで続いていく道だ。


 あ。


 空中街道をそのまま続けてしまった。

 僕がそう望まない限り地表が溶岩で覆われたりしない。道を空に浮かべる意味はもうないんだった。


 まあ、いいか。


 気を取り直して地面を創る。

 ただの地面が広がるだけでは道を空に浮かべる意味がないので、地面から空に向かって巨大な樹木を生やしてみた。

 自分が小人になったように感じられる巨大樹の間を飛行石の道が貫いている。


 悪くない土地だと思う。

 僕は無の中に創り出した土地をクルセルクにつないだ。


【成功だニャ】

「失敗だ」


 ライアと僕が相次いで口に出した。

 僕と猫は目を合わせ、お互いに目で相手を非難した。


【どこが失敗だニャ。無の中から生還するだけじゃニャくて、新しい土地を生み出すニャんて普通は出来ないニャ】

「もっと広く、もっと遠くまで創りあげるつもりだったんだよ。最低でもクルセルク領全体と同じぐらいの広さに」


 無の中から引っ張り出すのと同時に、僕が創りだした世界は小さくなっていた。

 どこまでも続いているはずだった街道はほんの100メートルほど先で途切れていた。その先はやっぱり無だ。せっかく創った巨大樹も三本しか残っていなかった。

 こんなライアの額ほどの土地ではわざわざここまでやって来る理由にならない。クルセルクを宿場町として復活させるにはまったく足りない。だから、これは完全な失敗だ。


【フォリンはこれを軽く考えすぎだニャ。ダンタール様がこの世を離れられてから、無の領域は拡大を続けているニャ。どこの神様も無を押しとどめる事は出来ても、押し返す事には成功していないニャ。これは無に対する初勝利ニャ。お父上に報告しなければならないニャ】

「どの父上に?」

【ダンタール様にもレンライル様にもニャ。バッカスの墓前に報告するのはフォリンの自由ニャ】

「最後の一人だけはゴメンだ」


 創造神様に対してはライアが勝手に報告するだろう。だから、僕が話を通さなければならない相手は義父様だけだ。

 いや、それもライアの見立てが正しければの話だ。

 無の浸食をほんの僅かばかり押し返したと言ってもそれが何だというのだ?

 レンライル神に話すとしてもまた今度、何かのついでで良いだろう。


 そう思っていました。


 失敗せずに創造の力をふるうにはどうしたら良いかと考えていると、至近距離で神力の揺らぎを感じる。

 あれ、と思う間もなく翼を生やした逞しい若い男性が出現する。レンライル神の化身の一つ、性獣モード(仮)だ。


「久しいな、フォリンよ。少しは娘らしくなったか」

「どこを見て言っている!」


 僕は胸元をおさえる。

 人間としての三年分の成長。僕は13歳になった。

 お前が報告したのか? と、ライアに目で問いかける。白猫はフルフルと首を横にふった。


「見るべき場所はそこよりもこちらか」


 性獣はあたりを見回した。

 一方向のみクルセルク領につながっていて、三方向は無の領域だ。100メートル程度の奥行きがあると言っても圧迫感は少なくない。

 やっぱり、狭すぎて使い道のない場所だ。


「さすがだな、フォリン。無の中から新たな世界を創造する。神にとっても最上級の御業だ」


 などと供述しながら、レンライル神は僕を抱き寄せる。

 男、を感じさせる体臭が僕の鼻孔をくすぐる。無遠慮な手が僕の身体をまさぐる。


「知っているか、フォリンよ。国生みという物はな、夫婦神でやるものだぞ」


 確かにそうかもしれない。彼の無尽蔵な神力を使わせてもらえば一国ぐらいは創り出すことが出来るだろう。

 だけど


「調子に乗るな‼」


 僕はアッパーカットで男神の顎を打ち抜く。確実に脳を揺らした。

 レンライル神が生身の脳に依存して思考していれば障害が残ったかも知れない一撃。実際にはじゃれつく程度の物でしかなかったが。

 それでも僕は彼の腕の中からスルリと抜けた。


 貞操まではあげませんよ。


 ここはクルセルク領を抜けた場所。

 世界の終わりが終わる森。


 僕の創造神としての第一歩はここから始まった。


「べぇぇぇーー、だ」

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