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11話 一対の一人

 夜だというのに明るい町。

 今までは町の外からの溶岩の光で明るかった。今では町の中からも火の手が上がっている。それを肩ごしにチラリと見て、大剣使いの大男ガイは顔をしかめた。


 敵が空に居るのでは自慢の大剣も届かない。そして、怪鳥が降りて来たとしても、そちらに集中する事もできない。

 前方では一時後退していた三本腕の巨人達が再び前進をはじめていた。

 背後から矢の雨を降らせていた者たちは混乱している。混乱していなくても対空戦への対応で手一杯だ。どちらにしても、援護は期待できない。


「無理、無理、無理! こんなのもう持たない!」


 叫んだのはガイではない。相棒を務める小男リックスだ。ただの傭兵としては正しい行為。彼はさっさと逃げ出しにかかる。

 ガイは大剣を担いで鼻で笑った。

 尋常な戦場ならばともかく、この状況でどこへ逃げればいいのか? 背中を向けるぐらいなら、前を向いて死んだ方がマシだった。

 とは言え、リックスにつられて弩隊までもが崩れた。こちらは痛い。


 ガイの正面には異形の巨人の一体がやってきた。


 一対一の戦いだ。


 チラリと左右を見るが、援護に来れそうなヤツは居ない。

 一人の巨人に対して分隊一つで相手をするのがやっとだ。彼以外で一対一になっているのはあの化け物のような槍を賜ったブレン隊長だけだ。


 ガイはほんの少しだけ満足した。


 彼がこの町の守備隊に入ったのは戦場でブレンに出会い、その強さに憧れた過去があるからだ。かつて憧れた存在と同格とみなされた。それは死ぬ前に受ける評価としては充分以上だろう。

 彼は自分のことをすでに死者として数えていた。


「タイマン勝負だ。来やがれ、怪物!」


 返答がわりに長柄の武器が横薙ぎに襲いかかって来た。

 この武器の重さは巨体をもって鳴らすガイの体重と大差ないだろう。こんな物をそう何度も受け止めてはいられない。彼は身を低くしてそれを回避した。

 二度三度と同じような攻撃が来る。

 リーチの差でガイの大剣は届かない。よって同じように回避する。


 今度は低い突きが来た。

 打点の高い攻撃が続いた後で足元を狙った攻撃。工夫と言えば工夫だが、歴戦の戦士に通じるようなものではない。そんな小技に引っかかるのは素人だけ、とガイは余裕で回避、伸びきった矛の穂先を踏みつける。


 岩ってのは引っ張り強度が低い、んだったっけ、学者さん?


 塊に正面から挑むと跳ね返されるが、へし折るように力がかかると意外にあっさりポッキリいく。

 ガイは矛の柄を叩き折るべく自慢の大剣を振り上げる。


 その次の瞬間に起こった事柄には彼の理解は及ばなかった。彼にわかったのは突然に衝撃を受けて彼の身体が吹き飛ばされた事だけだった。

 少し離れて見ていればわかった。ガイが踏みつけた矛の穂先が高速で回転をはじめた事が。


 いくら鍛えていてもいくら大柄でも、ガイの肉体は天然自然な人間の物だ。超人的な強度などもっていない。

 彼は壊れた。


 その脚はあらぬ方向へと曲がり、空へと跳ね上げられた。クルクルと回転しながら受け身も取れずに落下する。右の側頭部が硬いものにあたり、グシャリと潰れる感覚があった。


 あ、これは死んだな。


 無事な言語野でそんな事を考える余裕はあった。

 だが、それだけだった。





 うーん、押されてるニャ。


 白猫のライアは物見台の上で戦場を俯瞰していた。

 彼はフォリンがこちらへ力を振るうための中継器であり、用事を済ませたフォリンが戻ってくるための道標でもある。だから役に立ってはいる。しかし、彼は肉体的にはただの猫と同等かそれ以下だ。戦闘能力は皆無と言っていい。……心理的には肩身が狭かった。


 ライアを目標にして三つの魂がやって来る。

 フォリンから神力を分け与えられた彼らは、パワーだけならライアよりはるかに強い。が、自我が消えかかった魂では知恵という面ではかなり不安だ。


【オイラの役目って、もう終わっちゃったのかニャ?】


 白猫はつぶやく。

 ライアはもともとフォリンの一部であると同時に異物だ。最高神ダンタールが自らの後継者を神に育て上げるために用意した導き手。

 しかしフォリンは自分の意思で神への道を歩き出した。


【もう必要無くなった物ならば、最後に有効利用されるべきなのニャ。オイラの思考能力をあの魂たちに分け与えるのニャ】


 白猫はその身体を構成していた神力をほどいた。

 白い光の玉へと変わる。光の玉は三つに分裂しやって来る魂たちに吸収されていった。


【ニャニャニャ。空の敵への対応と地上への応援。二手に分かれるニャ! これがオイラの最期の言葉だニャ!】





 壁から下へ落下して、ガイは瀕死の重傷だった。

 立って戦いを続けようとする事など無意味。身体に無事な部分が残っていようと脳すら損傷しているのではそれを動かすなど文字通り『思いもよらない』。


 ああ、死んだらどうなるんだっけ?

 いい所へ行けるのはお貴族様だけって聞いたよなぁ。

 俺らは死んだら、消滅する。運が良くても記憶や何かを全部失った上での転生。それも人間になれるとは限らなくて畜生道に落ちる事もあり得る、んだったか?


 ま、今まで他人を散々にそこへ送り込んで来たのだから、自分の順番が来たからって恨みに思うのは間違いだろう。問題があるとすればあの化け物どもに死んだ後まで苦しめられる可能性だが、悪業を積んだ者は地獄に落ちると説く宗教家も居る。自分が『地獄落ちにふさわしい』行ないをして来た自覚はあった。


 ま、問題無いな。


 納得したところへソレがやって来た。


【お邪魔します】


 ガイの身体の中にスルリと入り込んで来た。


 なんだ、テメエは⁈


【僕? 僕はカブト。フォリン様にそう名付けられた】


 何しに来やがった?


【何しに、ってご挨拶だなぁ。僕が来なかったら、おじさん死んじゃうよ】


 それは、今、戦死する所なんだから当たり前だろう。……何、邪魔しに来てるんだ!


【おじさん、死にたいの?】


 別に死に急ぎたいわけじゃ無いが、傭兵が戦死するのは普通の事だ。覚悟は出来てる。


【そうなの? なら、遠慮なく】


 コラァッ‼︎ 納得したならとっとと出て行け! もっと入って来ようとするんじゃない!


【え? だって、おじさんは死んで構わないんでしょう? 僕はどこかで肉体を得ないと満足に戦えないし、おじさんの身体なのにおじさんの心が残っていなかったら可哀想かな、って遠慮してたけど。……おじさんが死んでも良いならこの身体を丸ごと貰っても大丈夫でしょう?】


 大丈夫な訳があるか!

 この身体は俺の物だ! お前にはやらない!


【ワガママだなぁ】


 どっちがだ⁈


 自分の身体を乗っ取ろうとする得体の知れない存在に、ガイは必死で抵抗した。

 本来なら神力を持つカブトにガイが抵抗できる余地はない。しかし、そこは死に掛けでも自分の身体だ。ホームグランドでの勝負だ。魔力や神力には乏しくても鍛え上げた精神力だけで、カブトを追い出す事に成功する。


 彼はそう認識した。


【うぅぅん。半分だけしか入れなかったか】


 何だって? つうか「先っちょだけ」みたいに言うんじゃねえ!


 損傷したガイの脳は自分の身体の一部を認識できなくなっていた。具体的には自分の身体の左半分が分からない。そこからの追い出しには完全に失敗していた。


 いつの間にか、ガイの肉体の損傷はすべて治っていた。

 痛みが無くなった事に気づいて、彼は立ち上がった。そんな馬鹿な、と思って見おろすと、身体の左右で色が違う。身体の左半分が人らしくない色に変わっているようだった。また、彼には見ることができなかったが、顔の右半分もまた変色していた。


 どうなってるんだ?


【そんなのは僕が入り込んだからに決まってるじゃない】

「決まってない! だいたい、お前は誰なんだ⁈」

【僕はカブト。言わなかった? フォリン様の眷属だよ】

「フォリン様っていうと、ここの領主の娘御か?」

【そうだよ。ただし、領主の子である以前に神の子だけど。もともと半神半人。今、完全な神になろうとしている所】

「半分くらい神だからブレン隊長にあんな化け物みたいな槍を授けられたって事か。……この身体も、あの槍に劣らないだけの力があるんだろうな?」

【それ以上だと思うよ】

「素晴らしい」


 ガイは試しに身体を動かしてみる。

 怪我は完治しているようだ。変色した身体の半分は色だけではなく甲殻に覆われているようだった。【僕の名前に引きずられたみたいだ】と、カブトは笑った。


「俺もあの怪物どもと同等の存在になった、っていう理解で良いんだよな?」

【そうだけど、調子が良くない? 死ぬつもりじゃなかったの?】

「言っただろう。別に死にたいわけじゃ無いって。命が繋がったなら、生きている限りは戦うさ。……来るぜ!」


 ガイが倒れていたのはクルセルクを守る壁のすぐ内側。

 守備兵が居なくなった壁を異形の巨人が乗り越えようとしている。


 巨人と言っても壁を跨ぎ越すほどの大きさはない。壁の上に両手をついてよじ登ろうとしている。

 ガイは巨人の顔の前にジャンプした。自分の身長以上の高さを助走なしで跳ぶ、人間離れした身体能力だ。


「お返しだ!」


 甲殻付きとなった左の拳を握りしめ、岩の顔面を思いっきり殴る。

 岩の巨人でも脳しんとうを起こすのだろうか? 怪物はひっくり返って落下していく。


「ヘッ」

【ちょっとぉ、痛いじゃないか!】

「へ? 俺は痛くなかったぞ」

【身体の左側は僕の方が感覚が鋭いみたいだ。いくら殻が付いているからって、岩を思いっきり殴ったら、痛いに決まってるじゃないか】

「そりゃあ悪かったな」


 異形の巨人は落下したからと言って、別に死んではいない。もぞもぞと立ち上がって来る。

 ガイはその間に落ちていた自分の大剣を拾い上げる。


「これさえあれば百人力だ」

【ただの鉄の塊だけどね】

「それで十分」


 重量のある硬い物はそれだけで力だ。


 怪物が何か言った。


「オメェの声は聞き取りづらいんだよ!」

【何者だ、名を名乗れ! だって】

「時代錯誤の騎士様気取りかよ。……良いぜ、名乗ってやらぁ。剛力無双、最強無敵の不死身の傭兵。大剣使いのガイ様とは俺のことよ!」

「僕はカブト。女神フォリン様の使徒として遣わされた者。以後、お見知り置きを」

「おい! 俺の口から喋るな!」

「だって、ガイったら自分の自己紹介しかしないじゃないか」


 巨人はゴフゴフと音を立てる。


「笑われてるぞ」

「おじさんのせいでしょう」

「人のせいにするな!」

「お互い様でしょう」


 二人はお互いにそっぽを向こうとして、その首はピクリとも動かなかった。


「これはマズイ。身体は一つなんだ」

「二心同体だね」

「連携が取れないと戦えない。戦闘時の肉体の制御は俺がやるぞ、俺は傭兵だからな」

【では、僕はサポートに回るよ】


 カブトの発言が肉声から思念の伝達に戻った。


「あらためて名乗ろう。俺の名はガイト!」

【名前も合体した!】

「二人で一人の神の戦士だ!」

【ノリノリだね】

「おうさ! 行くぜ、相棒‼︎」


 神の戦士ガイトは壁の上から跳んだ。

 一瞬で懐へ入り込まれ、矛での迎撃は間に合わない。異形の巨人は二本目の右腕に持った小さめの剣で応じた。

 小さめの剣と言っても、ガイトの大剣とさほど変わらない程度には大きい。神の戦士は正面からは打ち合わず、自分の軌道を斜めにそらす形で受け流した。

 小剣の間合いよりもさらに内側、巨人の足元に着地する。


 蹴りが来た。


 武術的な蹴りではなく、敵を蹴散らすだけの雑な動き。


「それは悪手だぜ!」


 ガイトは蹴り足を回避しつつ、大剣を振り回す。敵の軸足に叩きつけた。

 固定された軸足に対する大質量の鉄塊の激突。ミシリ、と音がした。

 蹴り足を戻そうとする動きで亀裂が拡大。


 折れた。


 転倒する敵をガイトは飛びすさって回避する。


【ワォ! すごい、すごい! 神槍でもなかなか倒せない相手をこんなに簡単に!】

「武器の性質の違いだ」


 岩をも穿つ神槍であろうとも、槍という武器は岩を破壊する様には出来ていない。魔力も神力も無くとも『刃のついた鈍器』ならばそれが出来る。


 歴戦の傭兵であるガイは敵に容赦などしない。油断もしない。

 倒れた敵の武器が届かない方向から回り込み、その頭を叩き割った。その瞬間、大剣が不自然に発光した様だった。


「お?」

【剣の保護と衝撃を増加させる術式を構築したよ】

「上出来だ」


 ガイトは大きく息を吸い込む。大音量の声を響かせる。


「まずひとつ! 神の戦士ガイト、炎風の戦士を討ち取ったりぃぃ‼︎」

【ホントにノリノリだ】

「戦争ってのはノリが良い方が勝つんだよ。……さあ、サクサク片付けるぞ!」


 今までは数で勝るクルセルク守備隊に対して炎風戦士団は質で優位を保っていた。その優位性が崩れた。

 ガイは幾多の戦場を渡り歩いてきた経験から戦の流れが変わる瞬間を見る目を持っていた。

 地上の戦いはもう大丈夫だ。

 味方と戦っている巨人を襲えば怪物どもは問題なく処分できる。敵に再度の増援があるか、彼自身が下手をうたない限り負けることはない。


 あとは空か。


「念のために聞くが、俺は空を飛べたりはしないよな?」

【無理だよ。おじさんと合体した時点で、僕の能力はおじさんの性質に沿った物に限定された。おじさん自身が飛べない限り、神の戦士ガイトにも飛行能力はない】

「そうなると、アレは弓使いたちに任せるしかない訳だ」


 ガイトは空を見上げた。

 巨大で不恰好な怪鳥が我が物顔に飛んでいる。それにまとわりつく様に大小二つの影が飛ぶ。

 ガイにもその二つが自分と合体したカブトの同類だとわかった。


「なんでアイツらは影のままなんだ? 誰かに取り憑かないと戦い難いんだろう?」

【飛行能力を維持できる合体相手が見つからないんだと思う】

「ままならないな」


 神の戦士ガイトは愛用の大剣を握りしめ、自分の戦いに身を投じる。


【ツバメ、トビ。空の戦い、頑張って!】





 と、カッコよく決めた二人で一人だったが、直後に慌てた。

 町の攻略から離れた異形の巨人が二体、彼らに向かってきた。


 戦いの潮目を変えたのが神の戦士ガイトの存在ならば、それを潰しにかかるのが戦術の常道。


「ハハハ、ハードじゃねぇか」


 ガイトは笑いを引きつらせた。

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