6話 『くどい決意』
さて、今日は何をしようかと思案しながら、俺は家の中へと入って行った
。
ドウェルクとアーディは冒険者として依頼を受けているので、教えに来てくれる日は少ない。なので、俺達に鍛練の内容を伝えただけだ。
そしてシェヴァは、その課せられた鍛練を終え、リーネと共に町へと遊びに行ってしまった。
ここで1人ずっと素振りをするのも味気無いし、それだけで強くなれるとも思っていない。
うーむ、取り合えず魔術でも鍛えるかなと悩む。
今の俺はどうにも水属性以外の魔術が使いにくいのだ。
もちろん、それ以外も使えるには使えるのだが、発動にタイムラグがあるし、心なしか威力もちょっと落ちてる気がする。
不動 明であった頃は全てを満遍なく使えていたのだが、感覚的には久し振りに運動したら、からだが追い付かない感じだ。
(もどかしいなぁ…)
因みに、魔力量は努力で増やすことが可能だ。現代で例えるなら、持久力みたいな感じに、やればやった分だけ伸びる。
だがこれは、最終的な魔力量はやはり、本人の資質に影響されるだろう。才能はどこの世界でも必要になる。
「あらクトゥ、そんなところで何してるの?」
「あ、母様」
藍色の髪を靡かせたエリシアが、セシリアの手を引きながらいつの間にか目の前へとやって来ていた。
魔術もだが、ここまで近寄られた挙げ句、声を掛けられてようやく気付くなんて、やっぱり気配察知もあまり出来なくなっていると、他の課題点も見付ける。
「今から散歩に行くのだけれど、クトゥも暇なら付き合わない?」
「くとぅにいさま、さんぽいこ?」
穢れを知らぬ無垢な表情で懇願され、不覚にも自分の妹のことを可愛いと思ってしまう。
しかし、セシリアは3歳なのだが、一緒に行って大丈夫なのだろうかと、そんな疑問が過る。
「セシリアもですか?」
「心配してるの? なら大丈夫よ、マダルを護衛につけるから」
「はっ、この私の命に替えてでも、必ずや御守り致します!」
いつの間にか背後にいたマダルが跪き、返事をしていた。
またもや気付くことが出来ず、背後取られたことに落ち込むのだが、護衛にマダルが来ることで逆に不安になる。
言ってしまえば悪いのだが、頼りないのだ彼は。そもそも、シェヴァに剣術を教えることが出来なかった時点で強いと思えないのだ。
「…………」
「マダルはこう見えて戦えるし、結構強いのよ?」
半眼で見つめていたら、母様にそんなことを言われる。
この男が戦えるとか言われても、あんまり信用は出来ないのだが。しかし、その人間性は信頼出来る。
まぁ、最悪盾代わりにはなるかも知れないかと納得することにした。
「分かりました。一緒に行きましょう」
それに、いざというときは俺が身を挺して戦えばいいだけなのだから。
――――
外へと出た母様がまず向かったのは、俺が以前マダルと歩いた屋台が建ち並ぶ人通りの多い路地。
発展途上であり、まだまだ人口の数が少ないとは言え、このような場所を躊躇なく通ることに危機感を覚える。
「おう! エリシアさん串焼きはどうだい?」
「あら美味しそうね、頂くわ」
「は?」
けれど、そんな心配をしていた俺を他所に、歩いてすぐのところにあった串焼きの屋台で母様はお金を払い、貰った串へとかぶり付く。
一連の流れがあまりにも自然すぎて、俺は呆然とすることしか出来なかった。
いやいやいや、あなたほんとにこの街の領主の嫁さんなの?
口にタレが凄いついてるんだけど?
服にもタレがついちゃってますよ?
店員とのやり取りも明らかに常連に感じたんだが?
マダルの反応はどうかと振り返れば、無反応だったんだけどおかしくね?
「美味しいわぁ」
モキュモキュと口を動かし、リス食いだったかハムスター食いだったか、頬を膨らませて食べてる姿は、残念と言うか、うん、何なんだろうな。
今まで両親のことを避けていたので、こんな意外な一面があったことに驚きしかない。
「おかあさま! わたしも! わたしも!」
「はい、3人の分もあるわよ」
「ありがとうございますエリシア様、頂きます」
串を受け取ったセシリアとマダルは、母様のようにガツガツと一瞬にして食べ終わり、俺だけがポカーンと一口も食べれずにいた。
「あら、クトゥは食べないのかしら?」
「あ、いえ、ちょっと」
「なら貰うわよ?」
「え」
母様は俺からブン取るかのように串を手にし、先程のようにモキュモキュと頬に詰め込んで食べていく。
「くぅー! これよこれ! やっぱりあなたのとこの串は美味しいわぁ!」
そして、屋台のオッチャンにサムズアップするお母様。
なんだこれ?
「へへ、エリシアさんに褒めて頂けるなんて恐縮です」
「さぁ、次行くわよ次!」
そうしてズンズンと周りを気にせず次に寄ったのは、少し歩いた位置にあった魚の丸焼きの屋台。
まさかと思ったが、そこでも購入し、頬に詰め込みまくるお母様。
その次に寄ったのも食べ物の屋台。
その次も同じ。
…なんだこれ?
散歩じゃなくてただの食い歩きじゃないか。
それにセシリアもそんな食べるなよ、太るぞ?
「お、お母様…?」
「何かしらクトゥ?」
「散歩の際は、いつもこんなことを…?」
「そうよ? それがどうかしたのかしら?」
俺は母様のお腹回りを見る。
余分な脂肪を感じさせず、スラッとしたスタイルだった。
流石は母様。
いや、違う。何故褒めているのだ俺は。
「もう満腹です…」
「そう…まだ食べたりないのだけれど、仕方無いわね」
既に10軒近くもの屋台を回ったのにも関わらず、母様のその発言にまだ食べるつもりだったのかと驚愕する、。
普段の食事ではそんなに食べてないのだが、まさかお父様には隠してるのだろうか?
…いやいや、まさかな。
流石にないなそれは。
少しばかり突拍子のない可能性が頭を過るも、俺はそれを否定するかのように頭を横にブンブン振る。
「じゃあ、最後にとっておきの場所に連れて行ってあげるわ」
食べ疲れたのか、ウトウトと眠たそうなセシリアを抱え、先へと歩いていくお母様に、俺とマダルは付いていく。
途中であの適度に刈り取られている草原のような場所を通り掛かると、シェヴァとリーネがいたので手を振ってみる。
そしたらこちらに気付いて振り返してくれた。
仲良いなあの2人。
くっつけようと画策し、リーネにシェヴァの趣味や好物を教えたりしたお陰かな。
「この先にね、私が大好きな景色が見える穴場があるのよ」
「あの場所で御座いますね」
「ええ、マダルには見せたことあったわね」
シェヴァとリーネの2人に会釈してから少し坂道を上り歩いて行くと、母様は途中にあった獣道のようなところを通り抜ける。
こんなところ通って大丈夫か?
一応、人の手は入ってるみたいだし、蛇とか危険なのはいないと思うけどさ。
「ここよ」
「ここは…」
辿り着いたのは、ヴァールハイト領を見渡せる高台。
少し脆そうに見える門。
鍛冶によって立ち昇る煙。
大小バラバラな形の家。
まばらに見える人々。
あまり大きくない街で、閑散とした光景だった。
お母様には申し訳ないが、お世辞にもそこまで綺麗と褒められない景色ではある。
でも、どうしてここに連れてきてくれたのかはよく分かった。
「…小さくて、頼りなくて、すぐに潰れてしまいそうな街ですね」
「そうね、その通りよ」
俺の辛辣な言葉に、母様は表情を変えることなく穏やかな顔でそう返す。
「何年程開拓してるんですか?」
「8年くらいよ」
「8年…」
なら、シェヴァが生まれる1年前に開拓し始めたということか。
思った以上に長い。けれど、ここ数年は全く街作りが進んでいないように思える。
建築するには当然ながら技術者が必要なのだが、その数が圧倒的に足りていないらしい。
クレイが本国に人材を要請しているみたいだが、誰もそれに答えてくれないみたいだ。こんな危険な街に行かせられない、と。
それだけ鬼王の影響は大きいのだ。
「作り上げれるのですか?」
「時間は掛かってるけど、大丈夫よ」
俺の問い掛けに、母様は問題ないと言わんばかりの表情を見せる。
「今は小さくても、いつかは大きく立派な町になると?」
「なるわよ」
母様はキッパリと、言い切った。
「この街はね、クレイや私の知り合い達が集い、皆が皆の役割を果たし、作り上げてる街よ」
「…………」
「まだまだ大きくなる…いえ、大きくするのよ」
それは決意か、覚悟か。お母様は街を眺めたまま呟く。
俺はこの街で生まれ育ったが、ずっと強くなろうと模索し続けているだけであり、深く街のことを考えてなどいない。
だからこそ俺は、母様の思いが分からないし、自分自身もそこまで思い入れがない状態だ。
「ねぇクトゥ、一緒に作り上げていきましょう、この街を」
ニッコリと、優しい笑顔を向ける母様。守りたい、この笑顔。なんて冗談を思いながら悩む。
街を大きくするのには賛成だし協力を惜しまないつもりだが、俺はいずれここから出ていくのだから。
無論、それが何時になるかは分からない。もしかしたら明日かも知れないし、1年後かも知れない。はたまたもっと先の可能性もある。
「……………」
古の魔物を殺すのは確定事項だ。
しかし、今の俺では倒せない。
なら、強くなるしかないだろう。
じゃあ、どうやって強くなる?
そんなの、目的の為にただ努力するしかないだろう。
だから、
「申し訳ございません母様…それは…約束出来ないです…」
俺には寄り道している時間なんてないんだ。
奴等がいる限り、皆が幸せになることは出来ないし、俺も幸せになることはない。
ずっと絡み付いているのだ。過去に殺めてしまった命が、血塗れとなった腕が、俺の背中を掴んで離してくれやしない。
囁いてくるのだ。貴方を許さないと。絶対に忘れないと。耳元で罪を呟いているのだ。
俺のやろうとしていることは贖罪でしかない。けれど、それで少しでも救われぬ魂が救われるのであれば、それでいい。
「…俺にはやりたいことがあるのですお母様」
「何かしら?」
「古の魔物」
その単語に、お母様はピクリと反応し、表情を険しくする。今まで一度も見たことのないその顔に、俺は少しだけ動揺してしまう。
「やめなさい」
「え?」
「あなたは知らないのよ…あれの恐ろしさを」
前世では鬼王と遭遇することなくその生を終えたので、確かにどれほどの実力を持っているのかは分からない。
だが、同じ『古の魔物』である石蛇王とは戦ったことがあるので、どれくらいなのかは予想出来る。
「いえ、知ってるつもりですよ?」
「冗談でもそんなこと言わないで頂戴。私は、あなたに死んで欲しくないのよ…」
まぁ、これが当然の反応である。
俺が存命していた時代を生きぬくのは、半端な強さでは成し遂げられないことだ。
伝説の魔物となっている存在に挑みたいなんてことを息子が口にすれば、母親はそりゃ止めるだろう。
「………」
やはり、ここで納得して貰うのは無理かと諦める。
俺は母様を安心させるために、なるべく明るい表情を浮かべ、出来るだけ嘘であったかのような口調で喋ることにした。
「冗談ですよお母様! 街を大きくするんですよね? 俺も精一杯手伝いますよ!」
「…クトゥ」
母様はこんな口先だけの嘘では納得出来ないのか、悲しそうな目で此方を見つめてくる。
しかし目を逸らさずずっと見ていると、根負けしたのか母様は溜め息をついた。
「今はそういうことにしといてあげるわ」
納得は出来てないし、これからも止められるだろう。
けど、今回はこれ以上何かを言うのは止めてくれるようだ。
ほんと、親不孝な息子でごめんな…エリシア。
俺は悲しそうな表情を見せる母様に、ぎこちない笑顔を見せることしか出来なかった。