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邪神の生まれ変わり  作者: つーふー
第一章 ヴァールハイト領編
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5話    『獣族の剣術指南』


「やぁ!! やぁ!!」


 ヴァールハイトの屋敷から、心地のよい掛け声が響き渡る。

 その庭には、一組の男女と、小さな子供が3人いた。


「あぁ、まぁ、前回よりよくなってるかもな」


「もう少し腰を下げて、上体を伸ばせ。そうすれば、もっと鋭くなる」


 そう評価したのは、いつの日か助けてくれたドヴェルクとアーディの2人。父様はシェヴァの要望通り、彼等を連れてきてくれた。

 彼等はお互いが個人でBランクの冒険者であり、そしてパーティーを組んでいるらしく、息抜き変わりにこの依頼を受けてくれたみたいだ。


 因みに、冒険者ギルドのランクはGからSまでの7段階となっており、Cランクで一流とされている。

 Aランクは片手で数えられる程度で、Sランクに至っては現在2人しか存在しないらしい。

 つまり、アーディとドヴェルクの2人は、俺の見立て通り優秀な冒険者だった訳だ。


 それと、俺なりの見解では、Sランクは『王の称号者』に匹敵するんじゃないだろうかと予想している。


「………やぁ! ………やぁ!」


 木剣を振るっているのはシェヴァの1人だけで、残りはそれを見守っているだけであった。

 リーネも一緒に習うことになっていたが、今は休憩中だ。俺は俺で5歳児のこのからだでは直ぐに疲労が溜まるので、同じ様に休憩させて貰っている。


「そんなものでは『剛剣流』とは言えないな」


「言ってんだろ、もっと腰を下げろってよ」


 そう言ったドヴェルクは剣を手に取り、シェヴァの前へと進むと、近くに落ちていた小石を拾い上げる。


「重心を意識してよ、その重さを全部剣に乗せるようイメージしてみぃよ。そして魂を乗せるんだ。折れ曲がった魂をしてちゃ、何も斬れやしねぇんだからよ」


 彼は小石を上へと放り投げ、一閃させる。


「それが出来て『剛剣流』と呼べんだよ」


 落ちた小石の音はふたつ。

 綺麗な断面を晒し、小さな欠片すらないその腕前は、Bランクとしての実力の高さを見せ付けていた。

 軽くやってみせているが、こんなの現実では物理的にあり得ないだろう。


 しかもこの人、『闘気』を使ってなかった。


「最近の奴等はこんなことすら出来ずに『剛剣流』を名乗ってやがっからよぉ…」


「うむ…【六剣王】ローク様も悲しんでおられることだろう」


「もしかしておじさん達、ローク様のこと知ってるの!?」


 嘆いた様子を見せている2人に、疲れて息を荒くしていた筈のシェヴァは、ロークと言う名に反応を見せる。

 俺はその名前を知らないが“王”の称号がある以上、相当な実力と名声を持っているのだろう。


「ローク様は、俺ら2人を直接鍛えた師匠だ」


「私たちにとって頭を上げられない方だな」


「えぇ!? それほんとなの!?」


 興味津々とばかりにハシャギ、木剣から手を離してしまったシェヴァに苦笑を見せる2人であったが、そろそろ休憩にでもするのか腰を下ろした。

 そして、腰にある水筒を口につけながら、ゆっくりと語り始める。


「なぁ、シェヴァよ。『剛剣流』を扱う心構言ってみぃよ」


「えっとえっと…確か“剛よく柔を断つ”だっけ?」


「あぁそうだ…そしてそれは、かつて『剛剣流』を編み出した【六剣神】アーク・セレスティの言葉であり、剣を扱う心構えなんだ」


 ドヴェルクの言うその言葉は日本にもあったし、逆に“柔よく剛を制す”って言葉のそれを体現した、『柔剣流』なんてものもあるのだ。

 朧気ながらも、過去にその『柔剣流』の使い手と戦ったことを覚えているのだが、かなり強かったと記憶している。

 しかも、その『柔剣流』のベースとなっていたのが、合気道やら柔道らしい。

 誰が皆伝し、言い伝えたのかも不明である、不思議な流派だった。


 …それにしても懐かしい名前が出たな。


 ―――【六剣神】アーク・セレスティ。


 前世で俺に剣を教えてくれた師匠であり、俺が『無限解放』を使った剣術でも勝つことの出来なかった、6本腕の魔族の男。

 アイツはまだ生きているのだろうか?

 そんな疑問がふと沸き上がる。魔族なので寿命は人よりも随分と長い筈だが、あれからどれ程の年月が経過したのか分からないのでどうしようもないのだ。

 と言うよりか、調べてなかった。


「で、知ってっと思うが、ローク様はアーク様の息子で、今は旅をしながら武者修行をしてんだ」


「駆け出しのEランクの頃に出会い、腕を見込まれて稽古を付けて貰って、こうしてBランクにまで登り詰めた頃が懐かしいものだな」


「うわぁ、うわぁ、凄い凄い! 俺も会ってみたいよ!」


 目をキラキラさせてハシャギ回るシェヴァを余所に、相変わらず2人は苦笑を浮かべている。


「いや、ローク様に会うの止めた方がいいぞ?」


「えー? どうして?」


「その質問に答えるにゃ、先にこの話をしようか。そもそも何故ローク様が武者修行なんてしてっと思う?」


 そう言えば何故なんだろうと、今更ながら疑問を感じた。

 『王の称号』を持っているのだから、対抗出来るのは同じ『王の称号者』しかいない筈だ。

 その称号を持つ者は、普通の者たちとは次元の違う極地に立っているのだから。


「ローク様の目標はな、今は亡きアーク様で『俺より強い奴に会いに行く!』とか言ってんだよ。アホだろ」


 あぁ、なるほど。と納得する。

 普通の者と『王の称号』には越えられない壁があるが、『王の称号者』と『神の称号者』にも越えられない壁があるのだ。

 と言うか、『神の称号者』は神様と同じ様なものだ。正に住んでる世界が、次元が違う。


「弱い者は眼中になく、見込みある奴を見付けたら…死んだ方が良いと思う程に扱きまくる…恐ろしい方だった」


 アーディは染々とした様子で語り、その当時を思い出したのかブルッと震えていた。

 その様子に、そういえばアークも滅茶苦茶扱きがエグかったな、と俺も同じように思い出してからだを震わせる。

 それと、さらっと流すところであったが、アークは既に亡くなってるらしい。


(そっか、死んだんだなアイツ…)


 センチメンタルな気分に陥るも、元より生きているとは思っていなかったので何とか割り切る。

 師匠の死について思うことがないわけではないが、ただなんとなく、置いていかれたかのような、そんな寂しさを感じるだけであった。


「ま、見込みあるかは俺にゃ分かんねぇが…死にたくなるほど辛い目にあいてぇなら、ローク様にでも会うんだな」


「俺、もっと強くなりたいんだ! そんなことじゃへこたれないよ!」


「ははは! そうかそうか。まぁ、会えれば稽古を付けて下さいって頼みゃいいさ」


 そんな俺の感傷を他所に、シェヴァの頭にポンポンと手をやっていた2人は立ち上がる。


「んじゃ、今日はここまでにすっか。腹減ってきたしなぁ」


 気付けばもうそんな時間だったようで、確かに日も少し落ちてきていた。


「シェヴァ!!」


 そんな思案をしていた俺の横を、今まで一言も発さずに見守っていたリーネが、兄様の元まで駆け付け、抱き付いて何かを話し掛けていた。シェヴァは抱き付かれたことで暑そうにしていたが、抵抗する素振りを見せたりしない。


「…はぁ、仲のいいこった…」


 あの日以来、リーネはどこぞの有名RPGのように、シェヴァの後ろにずっと付き従うようになっていたのだ。シェヴァもシェヴァで、そのことを気にする様子も見せず、よく2人で遊んだりしている。

 彼女は兄様への好意を隠そうともせず、ひたむきにアプローチしていたりもするが、7歳の癖になんともませた子供だと苦笑せざるを得ない。


 そう言えば彼女は、地面に水を発生させたのが俺だと気付いていたのか、魔術を教えてくれるようお願いされた。

 なので、喧嘩などで使えない基礎的なことを少し教えたのだが、それだけで何故か火属性系の魔術が使えるようになってしまったのだ。

 絶対に誰かに向けて使わないように釘を刺しておいたが…才能と言うべきなのだろう。


 と、そんな2人を眺めていた俺の頭に手が置かれたので振り返って見れば、ライオン顔のドヴェルクがいた。


「おうヘルクトゥール、オメェ稽古中ずっと上の空だったがやる気あんのか?」


 彼等の教えを受ける際、俺はどうするべきか決めきれず、ズルズルと流され続けている。

 かつて不動 明であった頃の師匠が【六剣神】であり、『剛剣流』の開祖でもある人物なのだ。当然ながら、俺は奥義と言った技も全て知っている。

 彼等に教えを受けているのは復習の為であるのだが、全力でやるべきなのか未だに判断出来ていなかったのだ。

 しかしいつまでもそのことで悩んでいても仕方ないので、俺は先程触れた剣術のことを尋ねることにした。


「…ねぇ、ドヴェルクさん…『柔剣流』って扱えますか?」


「んぁ? いきなり何だぁ? てか『柔剣流』って言やぁ、邪神の出現により失伝したって言われてる剣術じゃねーか」


「――――邪神…」


 どうやらこんな所にも過去の行いが響いていたようで、項垂れてしまう。

 過去の所業とはこんな些細な日常まで侵食し、己を苦しめる。

 まるで、罪を忘れるなと囁くかのように、纏わりついて離れやしない。


 チクリと、心に棘が刺さる。


 …大丈夫、大丈夫だ。俺は決して忘れたりしない。背負いし業が、それを許してくれる訳がないのだから。


 だから、俺はその気持ちを飲み込み、ニッコリと偽りの笑みを浮かべて見せる。


「へぇー、邪神ってとんでもないことした悪者なんだね」


 そう、悪者だ。何千何億もの命を奪い去った世界の敵。

 存在を許してはならなぬ悪意。



「あぁ? 今はンなこといいだろうがよ! 邪神とか『柔剣流』のことよりさっさと『剛剣流』を扱えるようになれや!」



 けれど、そんな覚悟も決意も、どうでも良さげな振舞いを見せるドウェルクによって、呆気なく霧散してしまう。


 唖然としている俺に対し、彼は「なんだよ文句あんのか? だったら『剛剣流』使えるようになったら聞いてやるぜ」と言っていた。

 そのことに、思わず笑いを溢してしまう。


 すいません、師匠がその剣術の生みの親なんで、型とか奥義とか実は全部知ってます。

 なんて言うことも出来ないので、


「…言いましたね? 言質は取ったよ?」


 と、ニヤリとした表情を見せて返しておいた。

 …でも『柔剣流』は知らないから教わりたかったんだけどな…なんて考えも過るが、そんなことを思うのは自分勝手だと言い聞かせておく。


「ドヴェルク、早く飯屋に行かねば混んでしまうぞ」


「おうアーディ、今行くからよ…んじゃ、ヘルクトゥールよ、知識を求めるのはいいが他の流派に浮気なんてすんじゃねぇぞ?

 後よぉ、俺らも仕事があっからあんま見れねぇが鍛練はサボんじゃねぇぞ」


 そうして今日の稽古は終わり、2人は家の中のクレイの所へ向かった後、そのまま帰っていく。


 そうだな…もっともっと『剛剣流』を扱えるようになった方がいいか。

 一応 奥義とか使えると思うけど、だからと言って疎かにする理由にはならないのだから。

 強くなりたいのならば、もっと必死になるべきなのだ。



――――



 夜、皆が寝静まったであろう時間に俺は起き、1人庭へと向かった。

 魔術で石の剣を作り出し、重さを調整する。


「ふぅ…」


 庭の真ん中で俺は脱力し、精神統一する。思い返すは、ドヴェルクが見せた一閃。


 あれは、難しい。

 ここはファンタジーの世界だが、簡単にそんなこと出来る訳がないのだ。小石は軽いし、当たれば弾けて普通に跳んでいく。


「すぅ…」


 俺のからだを、うっすらと蒼白いオーラのようなものが身を包む。

 これは『闘気』と言うものだ。


 闘気とは練り上げた魔力を、肉体に纏わせる技術のことだ。

 それによって得られる効果はシンプルなもので、身体能力の向上である。


 流石に今の俺では、不動 明の頃みたいな化物のような怪力になったり、瞬間移動のような速さを得られる、何てことはない。

 そもそも、その上昇値はそこまでないのだから。

 『イルズィ』での平均は、常人がオリンピックで金メダルを取れるくらい、だろうか。


 他の者がこれを多いと見るか、少ないと見るか知らないが、俺は少ないと思っている。

 だって、そりゃ、その程度の身体能力で、獰猛な肉食動物より強い魔物を倒せる訳ないだろう。


 それと、闘気を纏うのと魔術を扱うのでは、全く持って勝手が違う。

 例えるなら、美しさを競うスケートと、速さを競うスピードスケートみたいな感じだ。ベクトルが違う。

 それに、魔力を肉体に纏わせてる間は、魔術を使用できなくなる。

 放とうとした魔力が肉体へと回ってしまうからだ。

 勿論、闘気を纏っている間は、魔力を消費する。

 なので、イルズィには魔術と剣を操ることが出来る者はほぼいないし、同時に操る魔剣士といった者は存在しない。


 そもそも、闘気を纏うのは難しい。

 説明が難しいのだが、練り上げた魔力を細胞のひとつひとつに込めていくような感じか。

 尤も、それは理屈で纏おうとした時の話であり、実際にそんなことを考えて纏っている剣士はいないだろう。

 闘気を無意識に扱ってる者が大半だ。恐らく「気合い入れたら何か出来た」とか、そんなのしかいないだろう。

 なので多分、どうやって纏ってるのか説明出来る人はいないと思う。

 そして、だからこそ理を知ろうとする魔術師は闘気を扱えない。どうしても理屈で考えてしまうので、使用出来ないのだ。


 だが、剣士を志すものであれば、必ず修得するべき技能でもある。

 闘気を纏う者と纏えぬ者では、身体能力に明確な差が出るのだから。


「ふっ!!」


 放り投げた小石を一閃。

 落ちた音は2つ。

 だが、断面が粗い。

 力任せにやり過ぎたようだった。


「闘気を纏えばギリギリか…」


 次は闘気を纏わずやってみる。

 小石を放り投げ、一閃。

 カンッ、と心地よい音が響き、小石は弾かれた。


「………やっぱ無理か」


 もう一度小石を拾い、一閃。

 やはり心地よい音と共に弾ける。


「…………」


 俺は黙々と剣を振るい続ける。


 『剛剣流』の知識はある。経験もある。だが、それはあくまでも不動 明であった頃の話だ。

 闘気を無限に纏える【邪神】と、生まれて数年程度のガキ。例え、知識と経験があろうとも、同じように出来る訳がなかった。

 鍛練のやり方は分かっている。けれど、それにからだが追い付かない。今のままでは弱すぎるのだ。

 『古の魔物』をいつまで経っても片付けられない。

 少し調べて見たが、存在する『古の魔物』の数は4体。



 ヴァールハイト領の近くにいる『鬼王』。

 東方大陸のハイラント大森林の何処かに潜んでいる『石蛇王』。

 中央大陸をゆっくり移動し続けている『溶解王』。

 そして、アルバ聖国の近く、深淵の森の主である『深淵王』。


 石蛇王に至っては、不動 明であった頃に逃がしてしまっている魔物だ。



「…………」


 黙々と振るい続ける。

 あぁ、ほんと、今の俺は弱すぎるんだよ。こうして素振りしている間にも、殺される人々はいるだろう。


「………ちっ」


 何でそこまで責任感を感じている?

 いずれ誰かが倒してくれるかも知れない?

 そこまで焦る必要はない?


「…無理だろ」


 あれは、不動 明の過去の遺産だ。

 俺が生み出してしまったのに、のうのうとしているなんて許さる訳がない。


「――――っ」


 駄目だ。

 鬱陶しいなぁ、イライラする。

 グルグルとそんな思考が起きては消えたり。

 廻ってはグチャグチャに掻き乱れて。

 焦燥感がただ募るだけ。


「クソッ…!!」


 あぁ、ほんと、過去の戒めは大きすぎるよ。

 魔物達を始末しないと、俺はいつまで経っても笑えない。


 張り付けるのはやっぱり、偽りの笑顔だ。

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