3話 『きってさってあこがれて』
「冒険者と騎士たちは東門へと向かえ!!」
そんな怒声と共に、冒険者ギルドや詰所からは慌ただしく装備を整えた者達が飛び出して行き、東へと駆けて行く。
中にはしっかりと準備を出来なかったのか、鎧などをつけられていない者がいたりした。
どちらの組織も小さいためか、どうにも練度が低いようである。
しかし、魔大陸への境界線付近であり、定期的に魔物の襲撃が起きたりする領地にしては、些か兵の質が悪い気がした。
重要な地なのだったら、冒険者は仕方無いにしても、兵士はもっと質が高いものだと思うのだが、これも全て国を滅ぼせる鬼王が原因なのか…。
とは言え、何も今回が初めての襲撃という訳じゃないんだ。魔物は問題ないだろう。
シェヴァもそのことを理解してるのか、ビクビクしながらも俺の手を引いて、元来た道を戻っていった。
「……………」
今の俺は無力だ。
現在の年齢的な問題もあるが、前世であんなにも強大な力を手にしてしまった以上、努力で手に入る力なんて、微々たるものにしか感じられない。
今の俺に、魔物を殺せるだろうか?
内に感じられる魔力量は、微々たるものしかないが、それでもやりようによっては戦えると思う。けど、苦戦は免れないだろう。
なんという体たらくか。
これがかつて世界を滅ぼす程の力を持っていた男とは笑わせる。あまりの弱さにヘドが出る。
「ク、クトゥ?」
殺気が漏れてしまっていたのか、シェヴァがひきつった顔を見せていたので、すぐに引っ込めて笑顔を見せる。
「??」
今の感覚が何だったのか理解出来なかったのか、シェヴァはキョロキョロと辺りを不思議そうに見回していた。
とは言え、やはり3歳児である今の俺に、まだ魔物を殺す力はないと思う。
下位の魔物なら殺せるだろうが、やはり先程言ったように苦戦を強いられるだろう。
それほどまでに、今の俺に力はないのだから。
『古の魔物』は殺す、これは確定事項だ。
しかし、どうやって殺すか、それが問題。
不動 明の頃は、まぁ、日本で住んでた頃に武術を嗜んでいたことと、師匠がスパルタだったので、剣術や魔術の使い方は覚えている。
だが、使えた理由は、何故か手に入った『無限解放』のお陰だ。
この力は単純に魔力が無限になると考えてくれたらいい。
魔力は皆が知っての通り、魔術を唱えれば減るもので、燃料みたいなものだ。
そして魔術の行使に関しては、地球の科学などをある程度理解していれば問題なく使えるし応用も出来る。
遊びで、よく金貨を使ってレールガンとか放ってたりしたもんだ。
その魔力を無限に扱えたからこそ、本来なら使えない魔術もごり押しで使えたりした。勿論、今ではそんなことは出来ない。
そもそも、魔術とは5段階に分けられており、
下位魔術、中位魔術、上位魔術、王位魔術、神位魔術、と段階分けされている。
一般的な魔術師は上位を5発放てれば、かなり優秀な扱いだ。
ただし、王位魔術からは難易度と魔力の使用量が跳ね上がり、使用出来ればそれだけで『王の称号者』扱いになるほどだ。
多分、使い手は世界に1人いるかどうかすら怪しい程に、難易度の高い術である。
神位を扱える者に至っては、俺の知ってる限りでも『神』の称号がついた、人外2体しか知らない。
「クトゥ!!」
そんな思考をしていた俺の腕が、シェヴァに突然引っ張られる。完全に意識の外の事であったため、容易くその場から動かされてしまう。
一体何を、等と思った瞬間、そこに何かが落ち、轟音をたてた。
「は?」
「グ、グフゥ…」
そいつは醜い豚面をし、半裸でデップリと太り、それと大怪我を負っていた。
俺は目の前に降ってきた存在の名前は知っている。
オークだ。
「は?」
何でここに?
どうして降ってきた?
ここは東門じゃなくて、街の中央付近だぞ?
意味が分からん。
混乱してる俺を他所に、オークはフゴフゴ言いながらゆっくりと立ち上がっていた。
「ク、クトゥ…にげ、にげよう」
シェヴァは驚いてか、恐怖によってか、どちらにせよ初めて相対する魔物の恐怖に飲まれて立ち竦んでいたが、俺を守ろうとしてしっかりと前に立っていた。
立派な兄だ。けど、こんなクズな俺を守るより、自分の身を守って欲しいなんて思ってしまう。
ともかく待てよ。落ち着いて観察してみよう。
オークの鼻は潰れて血塗れで、眼も片方が潰れているし、全身ボロボロだ。
そのことから推測するに、今回ヴァールハイト領に現れた魔物は、オークと別の魔物だろう。それで、戦いの最中に別の魔物によってオークが街に吹き飛ばされて、丁度この場に、とかだろう。
理由はどうあれ、この場にいることは間違いないんだ。
どうする?
勝てるか勝てないかで言えば、勝てると思う。
だが、今の俺ではシェヴァを守りきれるか分からない。
いや、戦う必要はないんだ。オークの顔面に向けて魔術を放てば怯むだろう。その隙に逃げれる筈だ。
よし。
算段を立てて素早く決断した俺は、手に魔力を込め、術式を組み立てて行く。
オークは傷が深いのか、その場から動かずに殺意の籠った瞳で此方を睨み付けてるだけだ。
これならば逃げるのではなく、オークを殺すことが出来るかも知れない。そう思って魔術を放とうとした瞬間だった。
「オラァァァァァ!!」
「!!」
背後から凄まじい速度で壁を跳躍し、上から飛んできた1人の男によって、オークの首が綺麗に撥ね飛ばされたのだった。
そして、オークが噴出する血のシャワーを浴び、全身を真っ赤にしたその男は此方へと振り返る。
一言で言うのならば、獣そのもののような奴であった。
そいつはライオンみたいな顔をし、金髪を揉み上げから髭まで毛むくじゃらなたてがみをボサボサに伸ばしていた。
けど、特筆する点はそんなことではなく、頭に生えている垂れた猫耳と、腰から見える尻尾だろう。
その姿は間違いなく、獣族であった。
警戒する俺を他所に、彼は気さくな様子で此方に手を振ってくる。
「おう、大丈夫だったか餓鬼ども」
「う、うん」
シェヴァの返事を聞き、彼はニヤリと笑みを浮かべるが、血塗れなせいかホラーだった。
シェヴァが涙目になってる。
と、そこに、もう1人何者かが駆け付けて来た。
「無事かドヴェルク?」
「おう、遅ぇぞアーディ」
駆け付けて来た彼女もまた、犬耳と尻尾を生やした獣族であった。
しかし、ドヴェルクと呼ばれた彼のようながさつな感じは見せず、白色の毛先を、頭に生えてる耳まで綺麗に伸ばし、凛々しさを感じさせている。
「怪我はないか?」
「は、はい…」
「ならよかった」
アーディと呼ばれた女性は、俺達の無事を確認出来ると安心したかのように溜め息を吐いた。
それから少し事情を確認され、顛末を説明する。その際にどうしてオークが突然街中に降ってきたのかも訊ねてみたが、どうやら予想通り、別の魔物に吹き飛ばされたらしい。
「そうか…災難だったな餓鬼ども。それじゃ俺達は東門に戻るわ」
「気を付けて帰るんだぞ」
そして、話を聞き終えた彼らは、凄まじい速度でこの場から離れて行き、あっという間に姿が見えなくなる。
それを、俺達は呆然と見ているだけでだった。
「…帰りましょうか兄様」
これは、冒険者の質が悪いと言ったのは、訂正しなければならない。
不動 明の頃でも、あの動きを出来る者達は少なかったのだから。魔物が吹き飛ばされてから現場を駆け付ける早さは異常だった。この街に優秀な人材を思っている以上に抱え込んでいたみたいだ。
「…クトゥ」
「何ですか?」
そんな思考をしていた俺へと、未だに呆然としているシェヴァが、不意に口を開く。
「…スゴかったなクトゥ!!」
「え? あ、そうですね」
「こう、バッとあらわれてさ! ズバッときってさ! スッゴいよな!!」
初めて見る戦いに魅力されたのか、興奮して喜びを表すシェヴァ。
全身を使い、その思いを表現させていた。
「そしてさっそうとさっていって! スッゲーかっこいいよ!」
「……そうですね兄様」
俺はそんな兄の様子を微笑ましく眺めることにした。
そしてその喜びは、家に帰ってからもずっと続くのであった。
あぁ、うん、悪くないな、こういうのも。
こうして誰かが喜ぶ姿を見るのは、俺も嬉しくなるもんだよ。