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本ではなく君の名を

作者: 中村蛸央

「──クロイスミレ。」


「‥‥‥またお馴染みのキャッチフレーズ?」


「‥失礼ね。貴方が聞いたのよ」




 

放課後。

俺は図書委員長になっていた。

別に進んでなったわけじゃないし、まさか自分がなってしまうなんて今朝の俺は思いもしなかった。

半日先のことでも未来は未来だ。

俺は予言者じゃないから分かるわけないんだけど。


そして今、俺は図書室にいる。これから卒業まで毎日通い詰めかと思うとちょっと鬱になる。自慢じゃないが、俺は今まで本とは無縁の生活を送ってきた。

そんな俺に委員長なんか勤まるのか‥と、自分自身不安だった。



俺が人生初の委員長になって2週間がすぎた。

自分でも驚いているが、この2週間ずっと真面目に仕事をこなしている。

まあ、真面目といっても放課後はとてつもない睡魔が襲ってくるから、誘惑に弱いおれは目蓋を閉じてしまうことが度々ある。


木曜日を除いては。




今日、木曜日はあの子が来る日だ。

ホームルームが終わると同時に図書室へ向かう。

ドウシタンダ三神雪哉_オ前ラシクモナイ

頭の中で自分に問う。

扉を開けると彼女は既に来ていた。


一息ついてから話し掛ける。


「早いんだね」


「ホームルームさぼったから」


彼女は読んでる本から目を離さずに、そう応えた。

「あ、サボったりするんだ」


「この本読みたかったの。言っておくけど私、優等生なんかじゃないから」


「そうみたいだね」


「なんで笑うのよ」


「いや、良いんじゃないか。優等生じゃなくても。それより、その本の名は?」


彼女がフキゲンになりそうだったので話をそらした。


「ああ。そうね、時間を頂戴。あと少しで読み終えるから」

「そうだな。オレ仕事やっとくから」


返事はない。

もう本の世界に入ってしまっている。

苦笑しながら、俺は図書委員の仕事をし始めた。

下校時間まであと30分というところで、ようやく仕事が片付いた。

小走りに彼女が居たところに戻ると、彼女はもう本を閉じていた。


「悪い」


「どういたしまして、委員長さん。仕事は終わった?」


「ああ。本は読み終わったみたいだな」


「ええ───


彼女は先ほど読んでいた本を手に取って言った。


───この本は“ハルのイズミに浮かんだケモノ”よ」


彼女が今言ったのは、本のタイトルではなく、


「へえ。その意味は?」


彼女が考えた、本の副題、キャッチフレーズだ。


「イズミが主人公の名前。ハルはその弟。ハルとイズミは、英語で両方ともスプリングね。私、将来子供を生んで双子だったら、ハルとイズミって名付けようかしら」


正直どうコメントして良いのか分からない。


「やっぱりこの作者の話は良いわ。あなたも読んでみる?」


この2週間で俺は2冊本を読んだ。今週も1冊読むとするか。


「そうだな。中身が気になるし読んでみるよ」


「そういえば、先週のはどうだった?」


本をろくに読まない俺がこうして1週間に1冊本を読むようになったのは、彼女のお陰だ。

「ああ。昨日やっと読み終わったよ。オレ1冊読むのに1週間かかるらしい。地理は苦手だから、いろんな地名が出てきて良く分からなかった」


「確かに、場所がころころ変わるけど、そこが面白いんじゃないかしら。“ソアラに乗ったフリールポライター”はお気に召さなかったようね」


「そのキャッチフレーズはないんじゃない?たしか、あれってシリーズものじゃなかったっけ」

火サス的なドラマだったな、あれは。


「そうよ。なんだ、知ってるんじゃない。ああ、テレビで時々やってるから」


彼女は少し早口になった。


「あれは良くないわ。だってあの俳優は浅見さんって感じじゃないもの。じゃあ誰が合っているかと聞かれても困るのだけれど‥」


勝手に話しだしてしまった。

この子は本の事となると周囲が目に入らないようだ。俺が黙ってしまったのに全く気付いていない。

彼女はずっと見ていても厭きないなと、ふと思った。彼女の外見が人並み以上だということよりも、仕草の一つ一つが俺の気を引く。

俺の方を見ない、ただそれだけのことで凄く不安になる。

彼女がまだ話をしている途中だというのに、俺はそれを遮った。


「もう下校時刻になる。この本は借りて良いんだね?」


「え、もうそんな時間?ああ、読んだら感想を聞かせて。来週の木曜に」


「あ、分かった」

来週もまた来る。なんか妙に嬉しい。


「それじゃあ、さようなら」




次の日の放課後、俺は図書室のカウンターで借りた本を読んでいた。金曜日の俺の仕事は本の貸し出しだけなのだが、何しろ人が多い。カードに押す判子を片手に本を読んでいた。

図書委員になるまで、図書室にこんなに人が来るなんて知らなかった。それにしても、金曜日は本を借りに来る人が一段と多い。週末だからか?

たしか木曜日は男の割合が高いな。彼女が来る日というのが少なからず関係しているのだろう。

いろいろ考えていた所為か、時計の針はいつの間にか下校時刻間近を指していた。

周りを見渡すと机に座っている一人を除いて誰も居なくなっていた。

体が勝手に机の方へと動きだす。


あの姿は。


彼女は昨日と同じ場所に座り、本を読んでいた。

俺の影で気付いたのだろう。顔を上げて言った。


「お疲れ様、三神委員長。」


彼女は俺の名前を知っていた。


「何で?昨日は木曜日に来るって」

今日はその木曜日ではない。


「あら、金曜日に図書室に来てはいけないのかしら」


いや、そんなことない。

そうじゃなくて‥

「そうじゃなくて」


「昨日、木曜に感想を聞かせて、とは言ったけど。それまで此処に来ないとは言ってないわ」


それは屁理屈だ。


「それに───


彼女は振り向いて、俺の目を見た。


───それに、貴方に感想を聞いて欲しくて‥」


彼女の頬が紅くなっているのは、西日のせいではなくて、


「名前は?」

彼女に尋ねた。


「ええと、これは昨日読んでいたのと同じ作者なの。マイナーだけれど映画にもなっていて。それで名前は“大人に成り切れていない───


今日は木曜日ではない。

いつもとは違う話をしよう。


本ではなくて、

「本ではなく、君の名を」




明日は土曜日。図書委員の仕事は無いけれど、此処に来ても良いかもしれない。

俺は予言者ではないが、明日も彼女は此処へ来る。

そんな予感がした。

「黒い井戸に花の菫」

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