バレンタインの聖戦5
二月十四日、バレンタインデー。ある聖人の命日は悠久の時を経て、男を勝者と敗者に分かつ日になった。果たして聖人がそんなことを願っていたかどうかは別として、その日は今年も存在し続ける。
「なあ、佐野。」
真冬の冷たい外気はそんな日も容赦なく俺を切り裂こうと迫ってくる。俺は今日も重装備だった。
「なんだい、ドルカ?」
「面倒な事になったよ。」
「それはそれは。ひょっとして絶対勝てない相手に勝負を挑まれたりした?」
佐野は一瞬で答えに辿り着いた。誰かから聞いたのだろう。
「そうなんだよね。」
「で、何?逃げ道を教えろって?」
佐野は失礼にもそんなことを聞いてきた。だが俺はもう諦めようと努力する弱い、ありふれた人間ではない。
「逆だよ。できるだけ人目についてなお先生に見つかりにくい所を教えてくれ。」
「奇遇だね。マコトも同じ事を聞いてきたよ。全く…。」
次の瞬間、目の前に一人の男が現れた。コンクリート舗装された道に全く溶け込んでいない迷彩服に緑のヘルメット、そして、
「銃…?」
「みたいだな。」
不意に背後に気配を感じた。首を少し捻って後ろを見ると、そこには同じ様な服装の体つきのいい男が二人立っていた。
「三人…、いや四人か。」
俺はそんなことを言いながら倒立の要領で上方の四人目、飛び降りてきた男を、正面に立っている一人目に向かって蹴り飛ばした。
「これで二人!」
「さすがだねドルカ。」
そういう佐野ももう残りの二人を屠った後だった。銃程度なら俺たちの力の前に意味を持たない。たまにあるのだ、こんな風に他国兵に襲われることは。そして基本倒した他国兵は国境に放置することになっている。つまり
「これ、運ぶのか。」
「はあ」
二人で溜息をつきつつ、俺は四人を全力でけり飛ばしていく。見えなくなる男たち。
「とりあえずこれでいっか。」
「そう…だね?」
俺は景気付けに明るく言い放つ。
「今日もいつも通りのいい朝だなぁ!さぁ学校へ急ごう!」
わざとらしく時計を見た俺は衝撃の事実に気付いた。
「ち、ち、」
「どうしたドルカ?」
「遅刻だぁああぁあぁあ!」
俺は脚に力を込め、佐野の首根っこを掴んで地面を蹴り飛ばした。周囲の景色が流れていく。
教室に辿り着いた俺たちが見たのは、恐ろしい狂乱の光景だった。砕かれたチョコレートが散乱し、男同士の戦闘が至る所で起こっている。そう、これが、バレンタインデー。ルールは至って簡単だ。少女達からのチョコレートを巡って戦い、勝者がチョコレートを手に入れる。ライバルが持つチョコレートを砕くのもありだ。そして最後に持っていたチョコレートの個数が、そのままポイントとなる。特に賞品はないが、強いて言えば多くの愛が手に入ることだろうか。果たして、それが必要かどうかは別として。
俺はそうゆうのは不要なタチだったので、今日の今日まで興味もなかった。それもヤツに無理矢理興味をもたされたのだが。
「で、この惨状は一体…?」
佐野に聞いてみたが、返ってきたのは見当違いの答えだった。
「今日の授業は中止だねぇ。」
「だねぇ。じゃねぇよ!一体なんだよこれは?マコトォォオォオでてきて説明しろォオ!」
俺の痛切な悲鳴はしかし、吹っ飛ばされてきた少年の悲鳴、勝者の雄叫び、敗者の嗚咽、女子の黄色い悲鳴、女子の黄色くない悲鳴などなど、よりどりみどりな声にあっさりかきけされてしまった。
結局、佐野の言う通り、今日の授業は中止だった。無理もない、誰がチョコレートだらけの甘い匂いのする教室で浮かれた(イカれた)生徒に授業をしたがる?だが授業は中止でも、いや、中止だからこそ饗宴は盛り上がりを見せるのだった。
俺は饗宴に参加する気など毛頭ないので、暇でしょうがない、取り敢えずアルファさんを探そうと試みた。なんせアルファさんがいないと話は始まらないしマコトと殴りあう価値もなくなるからだ。存在しないチョコレートを目標にするのは、なかなか難しいのだ。それに、まだマコトは到着していないようなので、アルファさんといれば、時間短縮になる。佐野と共に校舎から脱出した俺は白い雲を眺めながら
「早く帰りてー。」
とつぶやいた。だがそのつぶやきは、マコトはおろか、隣の佐野ですら聞こえなかったようだ。
グラウンドの倉庫の裏かプレハブ小屋のトタン屋根の上、こういう面倒なことが起きているときは、大概彼女はそういった、思いも寄らない所にいる。案の定プレハブのトタン屋根の上に上がると、アルファさんが寝転がっていた。手に持った可愛らしいラッピングを弄びながら空を見ていた。ひょっとしたら何も見ていないのかもしれない。ボーッとしている彼女を見ているとこちらまでボーッとしてくる。どうせマコトを待つだけだ。外気は寒いが、ちょっとしたマコトへの意趣返しを思いついた俺は佐野に言った。
「先降りててくれ。」
佐野は音もたてずにプレハブから飛び降りた。校舎へと走り去っていく彼を見届けると、俺はアルファさんの横に(適切な距離を保って)寝転んだ。
「どしたの、急に。」
「いろいろあってさ、面倒くさいなぁと思って。」
アルファさんはこっちを見てすらいないが、暇だったらしく話しかけてきた。
「嘘でしょ。私に会いに来たなら会いに来たと言えっ!」
からかうなんてそうとう暇らしい。そう思ったら俺は、純粋な好奇心から尋ねてみた。
「アルファさんはさ、なんで教室に行かないの?あそこなら暇しないでしょ。」
「ここに居続けるのはきっとドルカ君がここに来て帰ろうとしないのと同じ理由だよ。」
「それさ、どういう意味?」
なんとなく期待を抱きながらも確認を試みる。ひょっとしたらマコトと闘う理由がなくなるかもしれない。
「…チョコレート塗れはちょっとね。」
「そ、そうだね…。」
俺はココロの天秤にチョコの狂乱と、2月の殺人的外気をのせた。徐々にチョコに傾く天秤だったが、外気の方にアルファさんが飛び乗り、チョコは数十メートル向こうまで飛んでいってしまう。だが別にアルファさんの体重が重いわけではない。
「なんか失礼なこと考えてない?」
「いや、全然全くアルファさんが重いとか思ってないよ?!」
「それ思ってたよね?何がきっかけかわからないけど思ってたよね?」
まずい、このままだと仲が悪くなるのを通り越して殺される。案の定彼女は起き上がり、その手元には風が渦を巻き始めている。彼女が俺を見下ろしながら手を振り上げー
その時、校舎の窓硝子が砕け散り男が一人飛び出てきた。
「は?」
二人揃ってそっちに注目。飛び出てきた男と目があった俺の心中には悪い予感しかなかった。男は俺と目があうやいなや、体を空中で捻りプレハブの屋根の上、俺とアルファの間に降り立った。たなびく髪と端正な顔立ち、そしてその第一声、
「かたじけない。探すのに時間がかかりました。アルファ殿。」
大昔に流行ったという書籍やドラマで得たという奇妙な口調はまさしくマコトだった。