バレンタインの聖戦4
「えっと、そろそろ諦めたら?」
帰り道、防寒具フル装備の俺に佐野が話しかけてくる。だがしかし、この台詞には決定的な間違いがある。
「諦めてるよ、とっくに。」
そう、俺はアルファさんについてはとっくに諦めている。
「じゃあ、なんで?」
「ほら、一泡吹かせないともう腹が立ってさ。今まで闘ってきて勝ったことはおろか、保健室送りにならなかったことがない。」
「ふぅん。」
「ヤツにも保健室の空気を吸わせてやらなければな。」
「それ…、諦め切れてないよ?」
俺は諦め切れていないのだろうか。寒い外気を避けるようにマフラーに顔を埋める。すると唐突に佐野が尋ねてきた。
「で、アルファさんのどこがそんなに?」
反射的に答えてしまう。
「決まってるだろ?全部だ。」
佐野が何が面白いのか笑い始めた。
「くくっ。諦めてないじゃん?」
ここにきてやっと俺は自分のミスに気付く。
「なっ?!」
「えーと、ドルカはアルファの全部が好きっと。この情報、誰にいくらで売れるかな?」
「バカ売るなよ。」
こいつは本当に売りかねない。俺は今までの苦労を思い出し空を見上げた。色々あったのだよ…。
「ちなみにマコトが何て言ってたか聞きたくない?もっと具体性があったよ?」
「ちょ、ちょっと聞きたいかな…。」
「やっぱ諦めてないんだ。」
寮の自室に帰ってきた。どうしようもなく無機質なその空間の真ん中で武装をオール解除し、そのまま後ろのベッドに倒れこむ。
「痛ッ」
背中に激しい痛みが走る。結局俺は今日の授業をろくに受けていない。二時間目の終わりまで保健室で意識を失っていたし、その後も背中が痛くて授業どころではなかった。無機質な天井を見ながら目を閉じる。網膜に焼きついた風景が同時に浮かび上がってくる。
飛んでくる数本の棘、それを弾き返す風の刃、目の前に突然現れた流れる赤髪、振り返る少女。そして彼女の笑顔。
いつの記憶だったっけ?不思議なことに俺にこの時の詳しい記憶は残っていない。それともこれは俺の幻想なのか。いずれにせよ俺はアルファさんのことを諦め切れていないのかもしれない。この学校に入った時、アルファさんに初めて会った。そして彼女の赤髪を見た瞬間、さっきの風景を思い出したのだ。そして俺は、一目惚れ…してしまったわけだ。考えれば考えるほど自分がどうしようもない人間に思えてきた。風景の彼女がアルファさんかどうかもわからないのに。いや、俺は一度、それとなくアルファさんに確認を図ったことがあるが、それもマコトに阻まれたのだ。
これ以上考え続けると本当に自我を失いそうだったので体を動かす事にしようかと思い立ち体を起こす。
「ぐぎゃっ。」
思いの外、体の痛みが引いていない。やっぱりやめようか。そんな弱い気持ちを体を振って吹っ飛ばしそして
「ぐぎゃっ。」
オーバーな動きはより激しい痛みを呼びおこしてしまったのだ。その痛みは俺に今日体を動かすのは止めろと伝えているようだった。俺にその弱い気持ちを振り切る気合は残っていなかった。
「今日は、止めよ…。」
思わず呟いた。しかしおれはリプなど求めていたわけではない。
「ふん、相変わらず弱気だな。ドルカよ。」
後ろから聞こえてきたリプ、ではなく言葉。だが俺は一人だったはず。鍵もかけたし、誰かが入れるわけがない。すると俺の心を読んだかのように言葉が響く。
「どうしても言わねばならないことがあったのでね。鍵がかかってる辺りを殴って…」
もう嫌な予感しかしない。今の俺に打てる最強の一手はヤツを完全無視することだが、多分俺にそんな鋼…いや、ダイヤの精神力はない。ひょっとしたらダイヤじゃ足りないかもしれない。
「分かったよ。何の用だ?ドアを破るだけの価値があるんだろうな?」
「失礼な。吾輩はドアを破ってなどいない。鍵を破壊、いや開けただけだ。」
「壊してるからな?破壊してるからな?さっき殴って…て言いかけたよな?」
「まぁよかろう。本題に入るとしようか。」
目の前の侵入者、マコトを粉々の微塵切りにしてしまいたいところだが、それができれば苦労はしない。渋々本題に耳を傾ける。
「まずはカレンダーを見てくれ。何、そんなものないだと、仕方ない吾輩のをくれてやる。」
「えっ?要らんて。」
「遠慮しなくてもよいぞ。」
「は、はぁ。」
ヤツは勝手に持ってきたカレンダーの二月のページを開くと今日の日付を指差した。
「ここが今日だ。」
「うんうんそれ位分かるよ?」
いきなり何を言っているんだこいつは。
「で、これが、二月十四日だ。明日だ。」
「はあ?」
「まだ気付かないのか?明日は」
「なんだというんだ?」
「バレンタインデーなのだよ。」
バレンタイン。俺には無縁のイベントだったし、これからもそうだろう。大体今は外の世界では戦時だし、そんなイベントは学校にしか残っていない。
「で、吾輩は佐野からある情報を買った。」
「なんだよ。」
「アルファ殿はチョコレートを一つしかつくってこないッ!」
あまりにハイテンションなマコトに圧されながらも、俺はなんとか尋ねる。やっかみ半分にだ。
「それが何だと言うんだ?お前が貰えばいい話じゃないか。」
「それでは面白くないだろう。」
こいつは本当に何を言っているんだろう。早く出ていけばいいのに。もちろん鍵を直してもらってからだ。
「単刀直入に言おう。吾輩と闘いたまえ。チョコレートを賭けてな。」
「なっ?!」
「もっとも、吾輩は負けはしないがな。」
全くふざけている。だがヤツは、カレンダーを置いたまま、高笑いを残したまま、そして鍵を直さぬままに部屋から出て行った。極彩色のド派手なカレンダーは無機質な俺の部屋を幾分か騒がしくしたように思えた。突然の果たし状を前に俺は諦めかけたが、少しアルファさんのチョコレートに興味があったこともあり、俺は部屋を飛び出した。俺がマコトに勝つにはあそこに行くしかない。