食堂前線 cafeteria front line 中編
渡り廊下を抜け階段を降りると、すぐに食堂がある。時計を見ると一時限目終了からすでに5分が経過しており状況はかなり不味い。時間的にもそうだが、本当にまずいのは食堂前のバトルロイヤル的人口密度である。ざっと見積もって30人。しかもそのうちの一人の少女は制服の胸部分にマイクを図案化した銀色のピンバッジ(生徒会オフィシャル)がついていて、彼女が放送委員の副委員長であることを示している。かといって彼女は戦闘に参加しているわけではなくただの実況中継のようだ。それに幸いにもまだ誰一人として食堂に入れていないようだ。お互いがお互いを妨害しあうためだ。遅々として進もうとしない戦況、その中で2人の男が混戦から抜け出そうとしていた。
「まったくもう、次から次へと。ほいっ!そいっ!」
奇妙な掛け声を叫びながら自分より大きな本を振り回し、食堂の扉へと着々と進んでいる少し小柄な少年。彼の制服の胸部分には開いた本を図案化した金のピンバッジが輝いており、彼が図書委員会委員長であることを示している。確か名前はチャーリーといったはず。
魔術と戦闘術の両方を使える数少ない人間の一人だが、今は戦闘術「本撃」を使っている。
図書委員なら本大事にしろよ。だがその本はSSランク、つまり上位の魔術書で悪魔の力を借りることができる、はずだ。
「どれ、吾輩の力を見せてやる。」
余裕の笑みを浮かべ、拳で敵をいなしながらチャーリーに追いつかんとしているのは、オメガに迫られている俺を見捨ててフライングをかましたマコトだ。くそ許さんぞ。恨みを込めた目でマコトを睨んでいると、なんと彼はチャーリーに追いつき食堂の扉までもうすぐ、というところで戦闘を始めたのだ。このままだと未参加のまま食券を買いそびれてしまうに違いない。急いで追いつかねば。
こうして俺もその混戦に身を投じることになった。チャーリーやマコトを見ていると、いかにもあっさりゴールにたどり着けそうな気がするが、それは彼らが人間離れしているせいであり、相手が弱いというわけでもなさそうだ。となれば、俺ができるのは、
「これだけだっ!」
そう、いつもの様に脚に力を込め大ジャンプを披露することだ。俺は各々戦っている生徒達をいとも簡単に飛び越えた。皆には悪いが目的(食堂デート)のためだ。今日は正々堂々戦う暇はないのだ。
着地点に選んだのは互角の戦いを繰り広げているマコトとチャーリーの間だった。食堂のドアはすぐそこだ。チャーリーの振りかぶった一撃がマコトに迫る。さすがのマコトもこれはよけられそうにない。マコトがゆっくりと、覚悟したように目を閉じる。人には諦めたとき目を閉じる習性があるのだろうか。さっき俺も同じことをしたばかりなのだ。俺はさっきの借りを返すがごとく。チャーリーの本を蹴り飛ばし、着地した。
「よし、俺が力を貸してやるぜ。マコト!」
「おう、すまんな。さすがにこのレベルの奴とサシで戦うのは吾輩でもきついからな。」
「おい。本蹴るなよな。本は大事にしないと。」
「お前がいうなよ。」
さっきまで本を振り回していたのは誰だ。チャーリーが本をはたき、埃を落とす。埃がゆっくりと地面に積もる。次の瞬間、本だけを残してチャーリーが消えた。直立不動の魔術書。だがチャーリーはどこだ。きょろきょろしていると声が聞こえてきた。食堂のドアのあたりからだ。
「じゃあお先~。」
速過ぎる。なんとか止めたいがもう追いつかないだろう。と思い横にいるマコトを見やると、いない。まさかと思って食堂のドアのところに視線を戻すと、
「意外とのろまではないか。」
マコトがチャーリーを殴り倒しているところだった。
「くっ。」
加速するために本を置いたのが裏目に出た。もうチャーリーに反撃の手立てはない。彼はゆっくりと崩れ落ちていった。そしてマコトは食堂へ入っていく。へ?ん?あれ?
次の瞬間俺は叫んでいた。
「またフライングかましやがったーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
完全なる敗北だ。だが別にゴールドチケットがなくなったとは限らない。後ろを見ると皆はまだ乱戦中のようだ。これならただ普通に食堂に入れるだろう、先行きは明るい。そんなことを考えていたら余裕が出てきた。そうだチャーリーの本預かっとこう。人質ならぬ本質にしとけばまた図書室で便宜を図ってもらえる日が来るかもしれない。少し引き返して本を持ち上げようとした。だが持ち上がらない。
「なんだこれ!重すぎだろ!」
仕方ない諦めよう。やっぱり食堂が最優先だ。もう一度食堂のドアに向かって一歩を踏み出した。次の瞬間
「先生が来たぞー!」
必死の叫び声が聞こえた。急いで後ろを振り向く。ある程度のことなら先生も容認するのだが怒るとやばい。下手したら退学処分になるし、もしそんなことになったら一般の学校には中二病をこじらせた俺たちの居場所はない。それに俺達がいるのは学園都市グリモワ。
だからこそ安全なのだ。外がどうなっているのか・・・。いや、その話はいつかする時が来るだろう。とにかくここは特殊な場所なのだ。そして、特殊な場所で特殊な生徒を教えている先生もまた、特殊である。
俺の眼に映ってきたのは吹っ飛ぶ生徒達、そして
「お前らなにしょんじゃー!」
怒号と共に二刀流の木刀を振り回すジャージの先生だった。ものすごいスピードで近づいてくる。それも途中にいる生徒を吹き飛ばしながらだ。おっと訂正、吹き飛ばされているのは男子だけだ。俺の前まで来た先生は一旦木刀をおろすと、食堂のドア、正確には倒れているチャーリーを見て俺を睨む。嫌な予感しかしない。
「お前か、これをやったのは?」
案の定これだ。俺は説明を試みる。
「いやそれはマ」
「言い訳するな!」
どうやら言葉が通じないらしい。それだけならいいのだが奴は木刀で襲い掛かってきた。なんとかよけつつ蹴りを入れていくが、全て木刀に跳ね返されてしまう。力は互角でも相手は武器、こっちは脚だ。不利だと判断した俺はじりじりと後ろへ下がっていく。しかし、繰り出される二刀は確実に間合いを詰め、そして、
「なんだ・・・。」
固い壁に阻まれた。いや正確に言うと、SSランク魔術書「悪魔の誘い」だ。決して固い壁ではない。俺はその本の後ろに隠れたのだ。でもこのままでは負けるのは時間の問題。覚悟を決めなければならない。俺は完全に本の後ろに身を隠したまま本を開いた。そう。本来使えない魔術をやろうと思ったのだ。魔術書から悪魔を召喚するこのタイプの魔術は頑張れば使えるらしい。佐野情報ではないので信頼はできない。だが今はこの噂を信じるしかなかった。開いたページに真っ黒な魔方陣が浮かび上がる。すかさず木刀が襲い掛かってきたがもう遅い。
「いくぞ!深淵よりあらわれし悪魔よ、罪深き者を地獄へ誘え!」
本の裏表紙に書かれた文言をそのまま読み上げる。次の瞬間魔方陣から溢れ出した闇が先生にまとわりつき、気絶に追い込んだ。おそらく当分追ってこないだろう。本を持つと異様に軽くなっていた。
「ワシをチャーリーのところへ。」
本から声が聞こえてきた。多分本質にするのは無理だろうな、と思ったので倒れているチャーリーのところまで持っていく。すると、本から黒い煙が立ち上り彼を包み込んだかと思うと、彼が立ち上がり口を開いた。
「手間をかけさせたな。小僧。力を貸してやったし許せ。来週あたりまた会うだろうな。
フフフ。」
きょとんとしている間に彼は去ってしまった。本が置きっぱなしだがどうするのだろう。本を持ち上げようと触れると、本が砂のようになって崩れ去った。これはいったいどういうことだろうか。佐野から情報買うかと思いつつ、ふと口から洩れたのはチャーリーのことだった。
「あいつ何のために食堂来たんだ?」
そう、彼は何も買わずに帰ったのだ。そして俺はというと、
「はっ?早くしないと売り切れる!」
こうしてようやく俺は食堂にたどり着いた。少し重い扉を開け券売機へと向かう。券売機はまるで宝石のように輝いて見えた。いや、輝いていた。券売機上部についた金色のポップ、券売機の側面に取り付けられた金色の紙、そしてそれらにはでかでかと
「期間限定ゴールドチケット発売中!」
と墨文字で書かれている。さらに券売機の上から十枠は金色に輝いている。俺は震える手で千円札を二枚突っ込み金色の枠を二回押した。だが、出てきた食券は一枚だけ。残りの千円はお釣りとして出てきた。売り切れかと思ったが、まだ数には余裕がある。仕方なく、券売機横のカウンターから中にいるはずのおばちゃんに声をかける。
「これ故障?なんか一枚しか出てこないけど。」
すると今日一番聞きたくなかったセリフが飛んできた。
「それ、一人一枚限定だよ。」
「ひょえっ。」
まさかそんな、と思って金色の紙をよく見ると端の方にそれはそれは小さな字で、
「注、おひとり様一枚限定です」
と書いてある。詐欺だろこれ。
「ひどいよおばちゃん。」
「でもちゃあんと書いてあるでしょ。」
取りつく島もない。もっというと縋る藁もない。仕方ない、アルファにはこれをごちそうして俺は別のメニューにするか。でもアルファ、納得してくれないだろうな。その時、俺の肩が叩かれた。思わず振り向いた俺の顔に金色の何かが押し付けられる。
「ぎゅむむ。何だ?」
そして聞きなれた親友の声が聞こえてきた。
「困り顔だな。吾輩が助けてやろう。ただしおだいはいただくぞ。」
顔に張り付いた金色のそれ、ゴールドチケットを引っぺがすと、千円札をひらひらさせながら食堂を出ていくマコトが見えた。いいところを持って行かれた感があるが、持つべきものは親友だ。今はただ感謝するだけだ。
「ふー。つかれたなァ。」
あくび交じりに伸びをしたときチャイムが鳴った。俺は脚に力を込め、食堂を飛び出した。
しかしまだ戦いは終わっていない。
なんとかかけましたが次の章からはもっと小刻みに書こうかと思います。
とにかく次で一章は終わるので、二章もぜひお願いします。