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レイのセーブデータ  作者: 木月しん
1/1

ロード

「アイス食いたい」

 唐突な弟の言葉に頭を後ろへ傾ける。椅子の背に後頭部が当たるのを感じながら、ゲーム画面を見つめる丸い頭を見た。

「買いに行けば?」

「無理。今ラスボス」

「それ中ボスって書いてあったよ」

「マジかよ! 最終決戦っぽい感じのくせに!」

 コントローラーがガチンと不吉な音を立てる。壊さないでよと注意して顔を戻した。攻略本を買うくせに読まないのが悪いんだ。ネタバレは嫌だと言って頑なに見ないけど、それじゃ攻略できるわけがない。

「つーかこいつマジで強いんだけど。どうやったら倒せるんだよ」

「攻略本読む?」

「やだ。姉ちゃんが教えてよ」

「それでも十分ネタバレだよ」

 毎度のことである程度覚えている内容を思い出しながら隣に座る。中ボスが魔法をバンバン使うのを必死で避ける主人公が画面の中にいた。その茶髪が揺れる仕様に、ゲームはここまで進化したかといつも感心する。私の世代はせいぜいドット画が動くだけだ。こんなに滑らかな戦闘シーンは別のソフトに移植されない限り無理だろう。そういえば最近よくリメイク版が出てたな。

「なあこいつ弱点ないの? 死にそうなんだけ、どっ」

「自然魔法はダメ。物理か生成魔法じゃないと」

「選択肢少なすぎるだろ!」

「もうちょっとじゃん。がんばー」

「くっそ」

 選択画面で回復薬を選択し、そのまま技のコマンドに進んで行く。連携技の直前に使われた回復薬が陽気な音を出して主人公のHPを増やした。

「回復魔法使えば全回復できるじゃん」

「攻撃数減らしたら絶対負ける!」

「ふーん。あれ。一番強かった人いないじゃん。なんで?」

「知らん! 戦線離脱した!」

「この大事な時に!?」

 あ、でもそんなこと書いてあったな。ラックに封印されていた攻略本を開いてパラパラ捲る。不意に歓声が聞こえて、テレビを見ると画面が暗くなっていた。右下に現れたロードマークがクルクルと回っている。恐らくこれからストーリーモードに入るのだろう。

 すぐ下にあるゲーム機に視線を移す。テレビゲーム機にコードで繋がれているのは携帯ゲーム機だ。この「ラストヒーロー」というゲームは、テレビゲーム機対応の「SideB」に携帯ゲーム機対応の「SideA」を繋げて初めてエンディングが見られるという消費者に非常に優しくない仕様になっている。弟は2から始めて興味を持ち、中断して1をするというとんでもないやり方をしている。ネタバレも何もほとんど終わりから始めたようなものだ。

「ねーちゃんアイスー」

「だからないって」

「買ってきて」

「自分で行け」

「姉ちゃんの分も買ってきていいから」

「いや私のお金じゃん」

「俺の財布玄関」

「えー?」

「もちもちしたバニラ味が無性に食いたいんだよー」

 始まったストーリーモードのムービーにお互い無言になる。主人公が仲間に背中を押されて飛び出すシーンのようだ。風に煽られているのに帽子が落ちないのはどうしてだろう。

「……ん? いや、え? そっち敵いないだろ」

「だからこれは中ボス戦なんだって」

「この先にまだなんかいんの!? どう見てもこいつが全部の黒幕じゃん! 体力持たねーよギリギリだって!」

 イーっと歯を見せて嫌な気持ちを表現する弟に笑う。しょうがないからお姉ちゃんが一肌脱いであげましょう。その代わり一番高いアイス買ってやろ。

「んえ? どこ行くの?」

「アイスを調達する旅に出るのだよ」

「マジで! サンキュ! 姉ちゃん大好き!」

「私も大好きだよー」

「……え。ごめん嘘だったんだけど」

「マジトーン!? お姉ちゃん今すごく傷ついた!」

 わざとらしく笑って流す声に憤慨しながら玄関へ向かう。気分はBダッシュだ。

「ちくしょー絶対高いアイス三個買ってやる!」

「は!? おいやめろよ!」

「精神的苦痛を与えられた賠償金として正当な請求をする」

「うそうそ! 姉ちゃん好きだって!」

「そんな偽りの愛いらない!」

 棒読みの上にゲーム画面から全く視線を外さないってところに愛のなさを感じる。わっ、と嘘泣きしながら廊下を駆け抜けた。追ってこないのは想定済みである。

 一人芝居に飽きて大人しく片足を靴に突っ込む。靴箱の上に放置された盗まれる気満々の財布を奥に押しやってポケットの財布と携帯の感触を確認する。

 ここで私がいじけてアイスを買いに行かなければ弟は拗ねる。もし本当に私が高いアイスを三つも買ってきたら怒るだろう。選択肢的には安めのアイスを買うか、自分のお金で買ってわざと怒らせるかの二択になる。

「な……ちょっ、は!? えええええどういうことだよ!」

 ラスボスを倒してラスト近くのムービーを見たのだろう。私がこっそりやったときも同じ悲鳴を上げた。

 選択肢のない一直線のラストスパート。あのムービーを見た時点では背中を押した仲間を連れてくる選択はないのかと呆然とした記憶がある。

 分岐点というものがある。何かを選択をすること。それも自分の人生に関わるような大事な選択をする場面では人生の分岐点なんて言葉も使われる。自分の未来を選べなんて、目の前に表示されたらそりゃあ誰だって戸惑うだろう。迷って、悩んで、それからようやく選ぶ。それが正しい選択かなんて誰にもわからない。リセットしてもう一度同じ場面にしないと、他の選択の結果を見ることはできないから。

 だけど、もしもあのときこうしていればと思うことは誰にだってある。

 ぴこん

 唐突な電子音に顔を上げる。


 目の前に選択画面が現れた。

 どうする?

► はい

 Yes


 何が?

 いや、その前に選択肢おかしいよね? 「する」一択だよねこれ!

 目の前に浮かぶ文字通り「選択画面」に固まるしかなかった。家に液晶いらずのハイテクパソコンは存在しないし、玄関先に投影機を取り付けられるような高性能な人間もいない。だというのにこの半透明の黒い視界はどういうことだろう。押せばいいの? 押せば進めるの?

 足をゆっくりと下ろして靴に捻じ込む。

 消えるどころか霞みもしない選択画面。弟を呼ぼうかと口を開けて、どう考えても呼んだ方が面倒なことになりそうだと息を吐くだけに留めた。それに後ろから聞こえる音はラストムービーのような気がする。一番いいところで呼ばれて来るとは思えない。

 腕時計を確認する。時間が経過したからといって消えるわけではなさそうだ。それにしてもこれだけ大きいと避けることもできない。下を通る勇気はもちろんない。

 ……もう面倒臭い! お母さんが帰ってきたときこれにぶつかるのも弟が気付いて騒ぐのも面倒臭い!

「でえええい!」

 選択の部分には触れない辺りチキンだけど! そんなことを頭の隅で考えながら、上にある質問部分に手を伸ばした。

 にゅっ

「う、え!?」

 まさに触れようとした質問部分から逆に伸びてきた手に、引く間もなく腕を掴まれる。出した悲鳴と共に勢い良く引っ張られた。


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