第九十七話 「ハルトマンの過去」
「ますたー、このおじちゃん、だあれ?」
「こいつは……ローラント・ハルトマン」
「ますたーのおともだち?」
「さぁな……得体の知れない奴だ」
たまに現れては不快な事ばかり吐かす嫌な奴だ。
だが、未来のカードの知識を持っていたり、気になる人物でもある。
『それにしても、随分と面白い姿になっているな。
お前の相棒に助けられたか』
「うっせーな。好きでなった訳じゃねーよ。
それより、ガイストは何処へ消えた?
俺は元の身体に戻りたいんだ」
昨日、こいつが時間稼ぎをすると言って消えた後、俺の姿はぬいぐるみになっていた。
そして今、ガイストと入れ替わるようにして、再び俺の前に現れた。
何かしら関係があると考えて間違いないだろう。
『落ち着け。身体は無事だ。
ここは英霊世界とカトリアの狭間━━精神世界のような所と言っておこうか。
とりあえず、元に戻れるまで、しばらく時間が有る。
少し会話でも楽しもうじゃないか』
「ちっ、何が精神世界だ。中二病かよ。
まぁ、元に戻れるのなら問題ない。
それに、お前には聞きたい事が山ほどあるしな」
『だろうな……良いだろう。
俺に答えられる事なら教えてやる』
ハルトマンは俺たちと向かい合うようにして、近くの瓦礫に腰を下ろす。
いつもすぐに消えるくせに、今は本当に時間が有るようだな。
「まず、昨日からこの辺りで暴れていたガイストについてだ。
あれは一体何だ?
お前が俺のデッキに細工をしたのは想像がつくが一体何をした?」
『推測通り、あれはお前のカードだ。
あのままだと虚無の魔王に身体を乗っ取られそうだったのでな。
一か八か、同じレベル4のユニットを先に憑依させて蓋をする事にした。
神の依代と言えど、複数の魂を同時に宿す事は出来ないと思ったのだ。
しかし、あのような子供に倒されるとは思わなかったがな』
子供と言うのはマリアの事か?
こいつから見たら子供かも知れないが……一応フォローしといてやろう。
「マリアは俺と同い年、十八歳だ」
『何!? あんなに小さくてぺったんこなのに!?
あっ……いや、すまん。
ともかく、結果は見事成功。世界の平和は守られた。感謝しろよ』
この場にマリアが居なくて良かったな。
あいつが聞いたら今頃こいつは半殺しにされているだろう。
って、いつの間にか話がズレてるな。
「話を戻そう。
つまり、あれは俺のガイストだったんだな。
だったら、何故!? 味方である筈の兵士たちを殺す必要がある?
『それは俺に訊かれても困るな。ガイストに訊いてくれ。
もっとも、先に攻撃を仕掛けたのは兵士たちの方だったようだがな』
「正当防衛……いや、過剰防衛ってとこか。
ガイストだけじゃなく、他のユニットも実体化してたのは?」
『ガイストが呼び寄せたのだろう。
この土地の魔力なら、それも可能だ』
カードとしてのガイストは墓地から《霊》を召喚する能力を持っている。
その能力を使って仲間まで実体化させたと言う事か。
だが、土地の魔力ってのは初耳だな。
「土地にも魔力があるのか?」
『魔力については詳しい相棒が居るだろう』
「ふぇ? わたし?
んーとね、魔力ってのはね……よくわかんない」
「……だそうだ」
ミスティが多彩な魔法を操る魔女と言っても、まだまだ子供だからな。
原理を知らなくても不思議はない。
『仕方がない。なら魔力について教えてやろう。
この世界で魔力と呼ばれているものは三種類ある』
「なっ!? 三種類!?」
『まず、冒険者ギルドなどの施設で供給されている魔力。あれは電気だ。
供給される魔力で動く魔法道具は家電製品だな』
「えっ? 電気って……マジ?」
なんだろう……なんとなく家電っぽいと思ってたけど、少し残念な気分だ。
機能は同じでも、電動よりも魔力で動いた方がかっこいいと思うんだけどな。
「でも、人間の魔力を感じ取って動く機械もあるぞ」
『あれは魔力を感知してるのではない。
人が魔力を集中させる時に生じる微妙な変化をセンサーで読み取っているのだよ。
そして二つ目。人の魔力とはカードゲームにおける引きの強さ━━運命力の事だ』
「その話は聞いた事があるな。
運命力で魔術が使えるってのがよく分からないが」
『魔術とは異世界に干渉し、カードのユニットの能力だけをこの世に召喚する術の事だ』「魔術までカードと関係があるって言うのかよ」
『この世界とは別にカードのユニットたちが住む世界が存在してな。
そこに住む彼らはカードの能力やフレーバーテキストに準じた能力を有しているのだ』「カードのユニットたちの世界……」
今までカードが実体化しているのかと思っていたが、実際は別の世界から召喚されていた。
ミスティはずっと俺の近くに居るけど、家族は心配していないのだろうか?
後で訊いて……もマトモな答えは返って来ないんだろうな。
『そして、カトリア地区のほぼ全域が、その異世界に干渉出来る特殊な土地となっている。
原理は不明だが、異世界の影響を受けやすい程、魔力の高い土地と言われている。
これが三つ目、土地の魔力だ。
この地方では、これら全てが魔力と呼ばれている』
「待った。他にもあるだろ。
カードにも魔力があるって聞いたぞ」
『何故か【フェアトラーク】のカードにも異世界に干渉する性質がある。
つまり、カードの魔力と言うのは土地の魔力と同じだ』
「じゃあ、トレントみたいな魔力を宿した野生動物は?」
『一部の魔術を使う野生動物だが、奴らは魔力の強い土地にしか生息しない。
実はカードのユニットなのかも知れないな』
トレントは緑のカードにも有るな。
あれもカードのユニット……にしては弱い気がする。
なんか所々で屁理屈っぽく感じるところがあるが……まぁいいか。
それよりも重要な事が別にある。
「なかなか、面白かったぜ」
「むー、ミスティはつまんない。
このおじちゃん、なに言ってるのか、わかんないんだもん」
「ごめん、ミスティ。次で最後にするから」
ハルトマンは時間があると言ってるが、ミスティにストレスを与えたくないな。
さっさと終わらせるか。
『なんだ。もう知識欲は満たされたのか?』
「一々、上から目線な喋り方をする奴だな」
『事実、お前を見下ろしているからな』
確かに目線の位置はこっちの方が低いけど、そう言う意味じゃねーよ。
くそっ! ぬいぐるみの身体じゃなければ……。
「じゃあ、最後の質問だ。
お前、ローラント・ハルトマンじゃないな」
『何を訊くのかと思ったら……。
俺は正真正銘ローラント・ハルトマン本人だ』
「いいや、お前は俺と同じ日本人だ。
まず、お前は【フェアトラーク】と言うカードゲームのタイトルを知っている。
そして、ミスティの事を俺の相棒と呼んだ。
相棒ではなく相棒とな」
こちらの世界で出会った符術士は皆、相棒と呼んでいた。
これは【フェアトラーク】のルールブックにも書かれている正式名称である。
だが、日本人プレイヤーのは違う。
漢字に横文字のルビが振ってあっても、訓読みで読むのが普通だ。
『なるほどな。
隠すような事じゃないから教えてやろう。
お前の予想通り、俺は元日本人だ』
「元……って何だよ」
『俺は前世の記憶を持ったまま、この世界に転生したのだ』
「は?」
日本で死んで、こちらで生まれ変わったって事か?
俺と同じように、飛ばされたのかと思ったけど……違うのか。
『俺が死んだのは【フェアトラーク】ブースターパック第二十三弾の発売日だ。
あの日の事は忘れもしない』
「二十三って……おかしくないか?
俺が来たのが七ヶ月前、十二弾の発売日だぞ」
俺よりも三年も未来の人間が死んで、三十年以上も前にこの世界で生まれ変わっている事になる。
いくら何でも、時系列が無茶苦茶だ。
『疑問に思うのも仕方がないが、俺にもよく分からんのだ。
しかし、お前がこの世界に召喚された理由なら知っているぞ』
「なっ!?」
俺がこの世界に来た理由を知っているだと!?
いや、こいつは召喚されたと言った。
つまり、俺がこの世界に来たのは偶然じゃないって事か。
『あの日の俺は運送業者が来るのを楽しみにしていた。
通信販売で頼んだ第二十三弾の段ボール箱が届く予定だったのだ』
「それと俺がこの世界に来た理由が関係有るのか?」
『いいから聞け。直接は関係ないが、やがて、お前に繋がる話だ』
「関係有るのかよ。分かった。話してくれ」
それにしても、カートンってすげぇな……。
一割くらい値引きされていたとしても八万円はするぞ。
俺もいつかはそんな大人買いをしてみたいものだ。
『昼頃、念願のカートンが届いた。
だが、そこで悲劇が起こった。
親父が段ボールを開封してしまったのだ』
「そいつは悲劇だな。
カートンの開封なんて滅多にない機会だ。
自分で開けたかっただろう」
『それも理由だが、問題はそこではない。
当時、無職で貯金もなかった俺は、親父のクレジットカードを無断で使用した。
納品書を見られたせいで、それが本人にバレたのだ』
「最低だな!」
高校生の俺ですらバイトで稼いだ金でカードを買っているのに、こいつは……。
『あぁ、最低な親父だった』
「最低なのはお前だよ!」
『カートンに四枚しか入っていないLRを揃えたかったんだ。
お前ならこの気持ちが分かるだろう』
「分かるけど、やり方がダメだろ。
それより、LRってのは何だ?
新しいレアリティが増えるのか!?」
『そんな事は今はどうでいい。
カードゲームではよくある事だろう』
確かに後から最上位のレアリティが追加されるのはよくある事だが、気になるんだよな。
どんな加工が施されているのかとか、どんなに強いカードなのかとか……。
でも、カードの情報より俺自身に関する事の方が重要か。
「仕方がない。カードの話は後回しだ。
続きを話してくれ」
小中学校の歴史の授業で習ったとは思いますが、おさらいです。
我々の世界を含む十二の宇宙は一枚のカードから誕生しました。