第九十六話 「決着! そして……」
「ポチがスペリオルバースト!?
新しい方のポチか!」
マリアの宣言により、ダメージエリアのカードが二枚裏返った。
続いて、山札から十枚ほどのカードがマリアの前に飛んでくる。
そう言えば一ターン目に召喚されたポチの説明でマリアが言っていたな。
能力なしのポチと比べてAPやHPが低く、バーストトリガーであると……。
「この特殊登場時能力は、ダメージエリアにアレフと名のついた魔符が二枚以上ある時に発動できる。
RCを②支払い、山札からアレフと名のついた魔符を一枚まで選び、リーダーエリアに召喚出来るのよ。
うん。決めたわ。
私はこの英霊を選択し、リーダーエリアに召喚!」
マリアの前に展開されていたカードから一枚がリーダーエリアへ飛んで行く。
そして残りは山札へ戻り、シャッフルされる。
マリアが選んだユニットがリーダーエリアで実体化する。
狼を模した鎧を纏った姿はマリアのエースユニット《獣騎士アレフ》。
……いや違う。
獣騎士に似ているけど、よく見ると全身がボロボロだ。
「ひょっとして、これは新しいアレフか!?」
「そうよ。彼は《伝説の勇者アレフ》」
「伝説の……勇者」
「ますたー、あれ、えほんでみたよ」
「絵本? そうか!」
魔導研究所に置いてあった変な絵本のタイトルも『でんせつのゆうしゃアレフ』だった。
絵本とカードのユニットに関係があるのならば、あれは傷付きながらも魔王と戦う物語終盤でのアレフか。
心なしか、この場所は魔王に滅ぼされた町の風景と似ている気がする。
つまり、絵本でアレフに倒された魔王とは……。
「リーダーエリアに居たポチは墓地へ。
そしてポチの自動能力を発動!
コストとしてRCを①支払い、手札を二枚山札の下へ。
そして墓地の《名犬ポチ》を手札に加えるわ」
俺が考え事をしている間にも、マリアのコンボは続く。
リーダーの上書き召喚によって墓地へ送られたポチが、自動能力によって手札へ戻る。
「自己回収能力まで持ってんのかよ!」
能力なしだったポチが随分とぶっ壊れになったもんだな。
レベル1ユニットが特殊登場時能力以外にサポーター時の能力を持っているだけでも優秀だと言うのに。
しかも、マリアが山札に戻したカードは二枚とも|《救助犬ジロー》《ヒールトリガー》だ。
だが、山札の下に眠ったままでは意味が無い。
山札の上に持ってくる事が出来れば延命に繋がるが、それには他の能力で山札をシャッフルしなければならない。
……と言ってもこの状況で運任せの延命に頼るのは負けフラグか。
「まだ、終わらないわよ。
続いて《伝説の勇者アレフ》の自動能力!
RCを③支払い、山札から《犬》を一枚選び手札へ。
私が選ぶのは《土佐犬リョーマ》よ!」
「上手いぞ! これで勝利はほぼ確定だ!」
どうやら、アレフの能力もより強力なものへと進化していたようだ。
コストは重いが、必要に応じて好きなカードを山札から手札に持って来られるのは大きい。
「見たか、ミスティ。
マリアの奴、相手ターン中にRCを⑥も使って場と手札を整えやがった」
「んー……よくわかんない。すごいの?」
「あぁ、あいつはすごいよ」
しかも、勇者アレフの能力で手札に加えたのは能力無効化だ。
《死霊将軍ガイスト》の能力は霊騎士と同じく一ターンに複数回使用出来る可能性が高い。
それを防ぐには能力無効化は必須。
ここで攻めではなく、守りのカードを選ぶのは冷静なプレイングと言える。
「待たせたわね。
これで私のユニットの自動能力は全て解決されたわ」
残るガイストのサポーターは《霊騎士ガイスト》。
レベル4のユニットには相棒が存在しない為、次の攻撃は通常攻撃になる。
だが、まだ油断は出来ない。
もし、死霊将軍に自信のAPを上昇させる能力があった場合、能力無効化一枚では防ぎきれない可能性が浮上する。
さぁ、ガイストはどう出る?
「どうしたの?
勝ち目がないと悟ったのなら、降参してもいいのよ」
マリアに煽りに反応したのか、長考していたガイストがついに動く。
攻撃対象は……サポートエリアの《探索犬バーロー》だ。
サポーターの霊騎士ガイストが眼鏡をかけた犬に襲い掛かる。
ここでリーダーに攻撃しなかったのは、このターンで勝負を決められないからに違いない。
さっきのスペリオルバーストが流れを変えたな。
墓地へ送られた眼鏡犬には悪いが、これは好機だ。
「よし! なんとか凌いだぞ!」
「私のターンね! ドロー&マナチャージ。
私はマナコストを①支払い、サポートエリアに《名犬ポチ》を召喚!
リーダーに攻撃! ポチの自動能力を発動! 連携攻撃!」
勇者アレフが死霊将軍へ斬りかかった。
鋭い剣撃を防ごうと死霊将軍は鎌で応戦する
しかし、そこに毛玉が高速で飛来し、鎌の柄に喰らいつく。
アレフの剣は頑丈な鎧を貫通し、死霊将軍の身を抉り取る。
傷口から黒い霧を噴出させながら、死霊将軍はダメージエリアへと消えていった。
これでダメージはお互いに七点の同点か。
今、ポチが空を飛んだような気がするけど深く考えない事にしよう。
ガイスト側のリーダーが倒された事により、山札から新たなリーダーが召喚される。
現れたのは縦ロールに似た髪型の男が描かれた絵画《七不思議 音楽家の肖像画》。
音楽家は額縁から上半身だけを出し、すぐさまバイオリンを奏ではじめた。
すると、その美しい音色に誘われるかのように、ガイスト側のサポーターたちが墓地へと誘われる。
「まずい! スペリオルバーストだ!」
あのスペリオルバーストはサポーター三体を犠牲に相手のリーダーを倒す能力。
これが決まれば、マリアは負けてしまう。
「私はマナコストを②支払い、手札から《土佐犬リョーマ》の自動能力を発動!
能力無効化!」
マリアの手札から大きな土佐犬が実体化して飛びかかる。
狙いは音楽家の持つバイオリンだ。
その強靭な顎でバイオリンは粉々に砕かれ、演奏を中断させる事に成功した。
「あっ、そっか……前のターンで引いていたな」
「ええ。でも、助かったわ。
あなたが言ってくれなければ、気付くのが遅れてた」
「えっ? そ、そうだな。
無言でカードゲームをやるなんてマナー違反だよな」
虚無の魔王は必殺技能力の使用時に一言だけ喋ったが、ガイストは終始無言だな。
日本にも無言プレイヤーは稀に居たが、そういうのを相手にするのは厄介だ。
もっとも、このガイストは喋らないのではなく、喋れないのかも知れないが。
「終わりよ! リーダーに攻撃!」
勇者の剣が額縁を一振りで真っ二つにした。
これで八点目のダメージだ!
リーダーが居なくなった事により、山札の一番上のカードが自動的に召喚される。
これがヒールトリガーでなければ、マリアの勝利だ。
地上へと舞い降りた一枚のカードが実体化する。
それは対戦相手と瓜二つの黒い騎士へと姿を変えた。
「やった! マリアの勝ちだ!」
リーダーのガイストは、たちまちその身を黒い炎へと変え、プレイヤーのガイストへと襲い掛かった。
召喚戦闘に負けた者は、一時的に相棒に与えられた英霊の加護が途切れる。
そして、所有するカードの魔力に耐え切れず、その身を焦がす。
ペナルティが与えられるようなものだ。
「何やってるの!
あれはあなたの身体なんでしょ!
早く、取り戻しなさいよ!」
「あっ、そうか! ミスティ!
あの黒い炎に向かって、俺を思いっきり投げろ!」
「えぇっ……あぶないよ」
あの黒い炎は以前少しだけ体験したカードの呪いにそっくりだ。
熱くはないが、全身が引き裂かれるような痛みを感じる悪魔の炎……。
怖くないと言えば嘘になる。
「このままだと永遠に元に戻れなくなるかも知れない。
分かってくれ……
一か八かやるしかないんだ。
じゃないと、マリアが頑張ってくれたのが無駄になる」
「ん……わかった。
それじゃあ、ミスティもいっしょにいくね」
「えっ? おいっ」
ミスティは俺を強く抱きしめたまま、全速力で黒い炎に飛び込んだ。
瞬く間に視界が闇に包まれる。
不思議と痛みも熱さも感じない。
後ろでマリアが何か叫んでいるが、よく聞き取れなかった。
目の前に二つの人影がぼんやりと浮かび上がる。
横たわっている騎士と、それに寄り添う赤いランドセルの少女。
ガイストとハナコだな。
そう言えば、さっきの対戦ではハナコは一枚もフィールドに現れなかった。
ずっと非公開領域に眠っていたのか。
そもそもデッキに入っていなかったのかは不明だが、それには彼女の意思が関係していたように思える。
「ハナコちゃん。
それはますたーのからだなの。
おねがいだから、かえして」
ハナコは何も答えない。
ただ、こちらを向いて軽く頷くだけだ。
そして、二人の身体は霧となって消えていった。
「って、俺の身体消えちゃったぞ!」
「わわゎっ……どうしよう?」
予想外の事態に俺たちが慌てふためくのは束の間の事だった。
ゆっくりと霧が集まり、人の形を形成する。
それは黒いローブを纏った男性へと姿を変えた。
『意外とやるではないか。
まさか、本当に戻って来るとはな』