第九十五話 「新たなる切り札、その名はポチ」
マリアとガイストの召喚戦闘が始まった。
「私はマナコストを①支払い、サポートエリアにポチを召喚!」
フィールドに見慣れた毛玉が召喚される。
こいつを見るのも久しぶりだな。
「続いてリーダーに攻撃よ!」
「ここで攻撃!?」
AP4000の少年アレフではHP8000のキンジローを一撃で倒す事は出来ない。
いくらダメージを与えても、そのターン中に倒せなければエンドフェイズにHPは全快する。
この攻撃は無意味だ。
「ポチ! 連携攻撃!」
くっ……マリアの奴、この異様な状況に緊張でもしているのか?
連携攻撃はリーダーがサポーターの相棒でなければ発動しない。
ポチの相棒はレベル4の《獣騎士アレフ》だ。
少年アレフは動く石像にクレヨンで落書き攻撃をしている。
彼は《獣騎士アレフ》と同一人物だが、カードが別なので連携攻撃は発動しない筈なのだが……。
「キャン!」
マリアの声に反応したのか、サポートエリアから毛玉が飛び出す。
毛玉は石像に書かれた落書きを目指して、勢い良く体当たりをする。
一発! 二発! 三発!
毛玉がぶつかる度にヒビが入り、やがて石像は粉々に砕け散った。
「言ったでしょ。
これが私の新しい切り札だって」
キンジローはカードとなってダメージエリアに移動した。
ガイストのリーダーエリアに山札から《霊医アルツ》が召喚される。
この状況は少年アレフとポチが連携攻撃でキンジローを倒したと言う事になる。
敵を倒し、元の位置へと戻って来る少年と毛玉。
ポチの姿を正面からとらえた時、ほんの僅かな違いに気が付いた。
このポチには太くてキリッとした眉毛があるのだ。
「俺の知ってる……ポチじゃない!?」
「そう、あなたの知っているポチじゃないわ。
これは強力な能力を携えた、新しいポチよ!」
「新しいポチ!?
くそっ……実体化してるからテキストが読めない」
「《名犬ポチ》は《アレフ》と名のつくリーダーをサポートした時、APを上昇させて、その攻撃は連携攻撃になるの」
「複数のユニットの相棒になれるサポーターかよ!」
《獣騎士アレフ》のように複数のサポーターから相棒とされているリーダーはいくつか存在した。
しかし、サポーター側の能力としては、少なくとも俺の記憶にはない。
この新しいポチは虚無の魔王と同じく、俺の知らない未来のカードだ。
しかも、マリアが今朝手に入れたカードは十数枚もある。
他にも俺の知らないカードが採用されている可能性は高い。
こいつはワクワクしてきたぜ。
対戦相手が俺じゃないのが残念だ。
「その代わりにAPやHPが低かったり、バーストトリガーだったりと、デメリットもあるわ。
私はこれでターンエンドよ」
マリアの行動が終了し、ガイストのターンへと移る。
ガイストはサポートエリアに《七不思議 音楽家の肖像画》を召喚。
そのままアタックフェイズへと突入する。
動いたのはリーダーのアルツ……ではなく、サポートエリアの肖像画だ。
肖像画は自らの身体を手裏剣のように回転を加えながら飛ばし、毛玉に体当たりをする。
額縁の角がポチの身体に勢い良く突き刺さった。
こいつは痛そうだ……。
「ふーん……リーダーじゃなくてポチを狙うのね。
まるでユーヤみたい」
確かに俺ならリーダーよりもサポーターのポチを狙うだろう。
目先の一点に釣られてポチを残すのは得策ではない。
「やっぱり、あのガイストは……俺なのか?」
「ねぇ、ますたー」
「ん? なんだミスティ? 今、良い所なんだが……」
「ロリコンのおにいちゃん、さがさなくていいの?」
「あぁ、リックか。確かに気にはなるが……」
今の状況は昨日あいつと対戦した時に似ている。
カードのユニットが住む世界か、あるいは精神世界か。
ここが何処かは分からないが、元いたマウルとは別の空間だと俺の直感が告げる。
リックたちの安否は気になるが、探しても見付かるとは思えない。
彼らを探すのは、マリアがガイストを倒し、元の世界に戻った後だ。
「ミスティ、リックを探すのは後だ。
心配しなくても、あいつは強いし、メイドたちも一緒だ」
「んー……わかった。
ヘンタイのおねえさん、つよいからダイジョーブだね」
ミスティの中でメイドたちの呼び方が変態のお姉さんになっていた。
合っているから、訂正はしないでおこう
それよりもマリアに言わなければならない事がある。
「マリア。顔のないユニットには気を付けろ」
「顔のない英霊?」
「昨日、俺はそいつに負けそうになった。
もし、そいつが現れたら、絶対に能力を使わせるんじゃないぞ」
「よく分からないけど、分かったわ。
能力無効化を使えばいいのね。
私のターン! ドロー&マナチャージ!」
確かに能力無効化の温存は相手のエースユニットに対抗する為の基本とも言える。
しかし、相手も手札に能力無効化を持ってた場合、相殺されてしまう。
他に虚無の魔王に対抗する為の手段を考えなくてはならない……。
ともあれ、忠告はした。
あとはマリアの勝利を祈るのみだ。
二ターン目先行。
マリアはレベル1のサポーターを二体召喚し、アルツを倒してターンを終了した。
二点の先行で有利かと思われたが、ガイストもやられっぱなしではない。
続いて現れたガイスト側のリーダーは《霊槍の使い手ランツェ》。
二ターン目後攻。
ガイストはサポートエリアにレベル2の《七不思議 図書室の魔導書》を召喚。
ランツェの永続能力と魔導書の自動能力により、APを上昇させた攻撃で攻撃をする。
瞬く間にダメージは二対ニの同点となった。
「流石はユーヤね。
ロリコンのコスプレをしていても強さに変わりはないわ」
「一応、本体はこっちなんだけど……フクザツだ」
その後、しばらくは見覚えのあるユニットたちによる普通の戦闘が続いた。
そして、四ターン目後攻。
マリアの攻撃が終了し、ダメージは六対五でマリアが少し先行している。
だが、そこでガイストの手札から奴がリーダーエリアに召喚された。
漆黒の鎧に身を纏い、自身の身長ほどの大きな剣を背負った騎士。
それはプレイヤーと同じ、霊騎士ガイスト……いや、違う。
彼が背負っているものは大きな剣ではない。
あれは死神が持つような巨大な鎌だ。
よく見ると、鎧も微妙に異なり、肩の辺りに刺のような装飾が施されている。
「あれがあなたの言っていた新しい魔符なの?」
「いや、俺のデッキはアグウェルに居た頃から変わっていない。
俺も初めて見るユニットだ。
あのガイストにそっくりなのは何なんだ!?」
「死霊将軍ガイスト。
……そう書かれているわ」
「死霊将軍ガイスト!?
やっぱり、あれもガイストなのか!」
「AP7000、HP11000。
これは普通のガイストと変わらないわね」
「初めて見るカードだが、おそらくあれは霊騎士ガイストの進化ユニットだ」
「進化ユニットって何よ?」
「進化ユニットの共通する特徴は━━」
「キャンッ!」
死霊将軍ガイストが鎌を振り下ろし、マリアのリーダーである犬がダメージエリアへ送られた。
続いて《獣騎士アレフ》がリーダーエリアに召喚される。
残念だが、今は相手のターン中。
マリアに説明をしている暇はなさそうだ。
「とにかく、霊騎士ガイストと同じ能力は持っていると考えて間違いない」
「分かったわ。つまり、見た目がちょっと変わっただけね」
見た目が変わっただけ……か。
ダメージエリアに《霊騎士ガイスト》は一枚もない。
進化ユニットの能力値上昇の条件は満たされていないのから、霊騎士と変わりはないと言えるか。
マリアが俺と会話をしている間にも、ガイストの攻撃は続く。
一撃目はなんとか凌ぐが、休む間もなく追撃が襲いかかる。
「マナコストを②支払い、《ガーディアン ワンジェル》を守護召喚!」
マリアの召喚した天使の毛玉がガイストの鎌を寸前で食い止めた。
良いぞ!
守護天使で獣騎士が倒されるのを防いだ。
後はガイストの必殺技能力を能力無効化で打ち消せば次のターンで逆転出来る。
そして俺の予想通り、ガイストは手札を一枚墓地へ送り、ダメージエリアのカードが二枚裏返る。
「マリア! 能力無効化を!」
「ないわ……使いたくても手札にないのよ」
ガイストの墓地から《堕天使シルト》と《霊騎士ガイスト》がサポートエリアに召喚された。
墓地のカードがに二枚しかなかったのが不幸中の幸いだな。
これでプレイヤーを含めて俺の視界にガイストが三体か……ん?
なんで霊騎士ガイストが墓地から召喚されたんだ?
さっき手札から捨てたのは死霊将軍じゃなくて霊騎士なのか?
くそっ! テキストが読めないのがもどかしい。
このターンで四回目となる攻撃が繰り出され、ついに獣騎士アレフが倒れた。
これで七点。
だが、まだ希望は潰えてはいない。
次のリーダーがHP8000以上のユニットなら耐えられる。
八体目となるマリアのリーダーは━━。
「ポチ……終わった」
召喚されたのはモコモコとした白い毛玉だった。
ポチのHPでは一撃で倒されてしまう。
後はヒールトリガーに掛けるしかない。
「いいえ、まだよ」
「えっ?」
「《名犬ポチ》が山札からリーダーエリアに召喚された時、特殊登場時能力が発動するわ!
スペリオルバースト!」