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第八十九話 「神の依代」

「ますたー、おきて。朝だよ」

「大丈夫だ。起きてる……と言うか寝てない」


 俺がダイフク(ぬいぐるみ)になってから一晩が過ぎた。

 ここはマリアの部屋だ。

 本当は一人で寝たかったのだが、ミスティに無理やりベッドに押し込まれた。

 やむなく、ミスティとマリアに挟まれる形で就寝。

 ……の筈だったのだが、気が付くと俺はミスティの枕にされていた。


 思い返せば、ミスティは普段からダイフクの扱い方が少し酷かった。

 中身が俺になってからは気を使ってくれているようだが、睡眠中はそうもいかない。

 寝ぼけている内に無意識に枕にしたのだろう。

 枕にされて気付いたのだが、この身体は痛みや重さを感じないようだ。

 それに睡眠を取らなくても全く疲れがない。

 ぬいぐるみにも利点はあるもんだな。

 その代わり、全く動けないが……。


「ダメだよ。夜はちゃんとねないとオバケが出てくるよ」

「オバケなら昨日の昼間に会っただろ」

「あっ、そうか。あれもオバケなんだ」

「ミスティ。今日はそのオバケに会いに行こう」

「ふぇ? どうして? オバケこわくないの?」


 怖くないと言えば嘘になる。

 だが、ずっとこの姿(ぬいぐるみ)のままという訳にはいかない。

 カードを持つ事すら出来ない身体なんて地獄のようだ。

 何としてでも元の身体に戻らなければ……。

 あそこに戻れば、何かしらのヒントが掴めるかも知れない。


「ミスティ、誰か居るの?」

「おはよう、お姉ちゃん。

 今ね、ますたーとお話してたの」

「えっ? ユーヤ!? 帰ってきたの?

 てか、なんで私の部屋に……あっ、そっちのマスターね」

「うん。ますたーのダイフクだよ」

「あなたがどう呼ぼうと勝手だけど、ちょっと紛らわしいわね」


 やはり俺の声はマリアには聞こえないようだ。

 ミスティが子供であるのが不幸中の幸いか。

 彼女くらいの年齢なら、ぬいぐるみと会話していても違和感はなさそうだ。


 二人の会話が途切れ、マリアがパジャマのボタンに手を掛ける。

 あとひとつボタンが外れればブラが見えると言う所で、ドアをノックする音が聞こえた。


「マリアさん、起きてますか?」

「今起きたばかりよ。どうしたの?」


 アリスがマリアの部屋までやって来たようだ。

 こんな朝早くに珍しいな。


「良かった。実はお客様がいらっしゃってるの。

 軍の方で、名前はジャスティス・ササキさん。

 イズミさんの事でお話があるみたいよ」

「えっ!? 嘘!? あのジャスティス・ササキ!?」


 彼女が口にした名前に、俺は驚きを隠せなかった。

 それは俺の上司であり、昨日共に戦った仲間の名前だ。

 彼がマリアを訪ねて来たと言うのか。


「あっ……でも、私まだパジャマだわ。

 着替えるから少しだけ待ってもらえるかしら?」

「では、応接室に案内してきますね」


 いや……いくらなんでも、こんな時間にジャスティスが来るのはおかしい。

 マウルから進入禁止区域を出るまで徒歩で一時間。

 そこから王都まで徒歩で三時間。

 そして、王都からアグウェルまでは馬で五時間。

 単純計算で合計九時間も掛かる道のりだ。

 戦闘を終えて、すぐに出発したとしても、ほぼ徹夜で移動した事になる。

 ひょっとしたら、別人が成りすましているのかも知れない。


「ミスティ、応接室に先回りしてくれ」

「ふぇ? どうして?」

「ジャスティスの行動はどう考えても普通じゃない。

 隠れて様子を探りたい」

「わかった。ミスティ、おトイレに行って来るね」

「ひとりで行ける?」

「だいじょーぶだよ」



 ◆◆◆◆



「ますたー、ここでいい?」

「少し狭いけど、オッケーだ」


 俺は応接室のソファの下に隠れる事にした。

 少し埃っぽいが、覗き込まない限り見つからない筈だ。


「ミスティはマリアの部屋に戻ってくれ。

 念の為、ジャスティスが帰るまでは出ないようにな」

「うん、わかった」


 ミスティに戻って待機するように伝える。

 年頃の女の子の部屋なら探られる事もないだろう。

 最悪、カードに戻ってマリアのデッキにでも紛れ込めば見つかるまい。



 数分後、アリスに連れられて客人が入ってきた。

 二人の客は俺の向かい側の席に腰を掛ける。


「すみません。

 すぐにマリアさんも来られますので、こちらでお待ち頂けますでしょうか?」

「いえ、こちらこそ。

 こんな時間に突然お邪魔して申し訳ありません」


 ソファの下からなので足しか見えないが、聞き覚えのある声だ。

 成りすましではなく、ジャスティス本人のようだな。

 と言う事は、彼はガイストを倒したのか。

 少し心配だったが、無事なようで何よりだ。


「待たせたわね……じゃない、お待たせしました」

「初めまして。ジャスティス・ササキと申します。

 幻想の姫君のお噂は伺っておりますよ」

「こちらの方は?」

「わ、わしはディートハルト。ただの付き添いです」

「ディートハルト……さん?

 どこかで会ったかしら?」

「ひっ……い、いえ。お初にお目にかかります」


 この声……もう一人はオッサンかよ。

 って事は、途中で王都に寄ってから、ここに来たんだな。


「今日は幻想の姫君にご協力を仰ぎたく、こちらへ伺いました」

「私の力を借りたいって事かしら?」

「はい。具体的には、不死の静寂を倒すのに手を貸して頂きたいのです」

「不死の静寂ですって!?」


 ジャスティスは不死の静寂を倒す為にマリアに協力を求めて来たのか。

 ガイストを倒した後、あいつに会ったのか?


「我々は行方不明となっていた不死の静寂を探し出しました。

 そして、長期に渡って準備を重ね、万全の策をもって討伐に向かいました。

 しかし、奴の力はこちらの想像を上回るものだったのです。

 多くの兵を失い、恥ずかしながら逃げ帰ってきた次第です」

「ローラント・ハルトマン……私の両親の仇。

 あいつを討てるなんて、またとない機会ね。

 でも、ごめんなさい。この話はお断りするわ。

 あいつと約束したのよ。仇討ちはやめるって」


 嘘だろ……? 軍が不死の静寂に負けた。

 あいつ、そんな強そうには見えなかったけど、ヤバい奴だったんだな。

 だが、マリアは冷静だな。

 もう仇討ちには執着してないようで、少し安心したぜ。


「あぁ、失礼……私とした事が説明を忘れていました。

 今の不死の静寂はローラント・ハルトマンではありません」

「どういう事?」

「私もそんな話は初耳ですね」


 もちろん、俺も初耳だ。

 なら、ジャスティスの言う不死の静寂とは誰だ?

 心当たりなら、いくつかあるが……。


「不死の静寂と言う二つ名を持つ者は歴史上に何人も存在するのです。

 お二人は神の依代(アルタール)をご存知でしょうか?」

「そのくらい知ってるわよ。お酒でしょ」

「マリアさん、初代国王陛下の事ですよ」

「う、うるさいわね。ちょっとした冗談よ。

 スクールの歴史の授業で習った……ような気がするわ」


 研究所に置いてあった歴史の本で読んだ気がするぞ。

 確か、この世界で最初の符術士だったか。


「その通り、一般的には初代国王ディアナハル陛下の事を示します。

 符術士が英霊と契約し、その力を借りる者ならば、神の依代は英霊の魂をその身に宿す者。

 そして、この神の依代と不死の静寂は、同じ性質の能力者に与えられる名なのです」

「初代国王陛下も不死の静寂だと言うの?」

「いいえ。それは少し違います。

 この能力者は、その身に宿る英霊によって、大きく性質を変えるのです。

 その中で人の世に良い影響を与えた者は神の依代と呼ばれます。

 世に魔術を広めたディアナハル陛下は、間違いなく英雄です」

「じゃあ、不死の静寂って何よ?」

「全ての英霊が人間の味方とは限りません。

 中には危害を加える存在も居ます。

 勇者アレフに倒された魔王フィリーネ、南北分裂の原因を作った皇帝ヴィクトール。

 彼らは一度倒されても神の依代の身体を乗っ取り、百年以上の時を経て蘇ります。

 決して死する事がなく、彼らの通った後には静寂が訪れる。

 これを我々は不死の静寂と呼んでいます」

「よく分からないけど……半分くらい理解したわ」


 強がっているけど、マリアは半分も理解していないだろう。

 俺も

 あの変な絵本で読んだ魔王の能力は、マリアから聞いた不死の静寂と似ている。


「少し話が逸れましたね。

 現在の不死の静寂についてお話しましょう。

 あらゆる状況から慎重に判断を重ねた結果……。

 軍はユーヤ・イズミを不死の静寂と認定しました」

「は?」

「それは私たちの知ってるイズミさんの事でしょうか?」

「はい。この寮の出身であり、私の部下であったユーヤ・イズミです」

「バカバカしい」

「ええっ!? せ、先生が?」


 俺が不死の静寂だって?

 昨日はずっと一緒に居ただろうに……何言ってんだこいつ。

 同行して来たオッサンまで驚いてるぞ。


「きっかけは今から七ヶ月前。

 ローラント・ハルトマンのギルドカードが冒険者ギルドに預けられた事に始まります。

 ハルトマンの行方を探っていた我々は、それをギルドへ預けた人物に注目しました」

「それって……」


 俺がこちらの世界に来た時、ポケットに入っていた黒いギルドカードの事か。

 あれがハルトマンのギルドカードだったとか言われても……知らねーよ。


「その人物は強大な魔力を持ち、測定による年齢も三十八歳とハルトマンと一致しました」

「じゃあ、ユーヤは違うわね。彼は十八歳よ」

「あらー、イズミさんが私より歳上だったなんて……狙っちゃおうかしら?」

「えっ!? ちょっ、ダメよ!」

「うふふ……冗談ですよ」


 そう言えば、軍人手帳のプロフィールも三十八歳になってたな。

 でも、あれは測定したのがシンディだからな。

 彼女が適当な仕事をしただけだろう。


「続けて、よろしいですか?」

「あら、ごめんなさい」

「神の依代の外見は体毛などの身体の一部を除き、本来の姿に近いものになります。

 本人が認識している年齢も同様だと考えられます。

 ユーヤ・イズミの正体はローラント・ハルトマンの身体に憑依している英霊です」

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