第八話 「冒険者寮」
「え? 寮長さん!?」
「驚きました?
私ってそんなに威厳がないのかしら?」
「威厳とかの問題じゃないと思います」
寮長と言えば中年男性のイメージだったので、かなり驚いた。
メイド服を着た巨乳美女を見て、寮長だと当てられる人は居ないだろう。
「立ち話は疲れますし、応接室に案内しますね。
土足厳禁ですから、靴は脱いでこちらのスリッパに履き替えて下さいね」
「はい」
スリッパに履き替えて、アリスの後をついて行く。
冒険者ギルドと同じく、寮の中も照明が点いていて明るい。
天井を見上げてみたが、蛍光灯のような物はなく、天井全体が光を放っていてた。
応接室のソファに向かい合わせに座る。
アリスの宝満な胸がぷるんと揺れる。
どこかの符術士とは大違いだ。
素晴らしい。
「ユーヤ・イズミさん。
変わったお名前ですね」
「外国から来たので、この辺りでは珍しい名前かも知れませんね」
「なるほど、そういう事でしたか」
「最初にひとつだけ訊きたい事がおるんですが……」
「はい。なんでしょう?」
今の俺はほぼ無一文だ。
まず、最初に宿泊費を確認しなくてはならない。
「今、手持ちがこれだけしかなくって……寮費の後払いって可能でしょうか?」
恐る恐る、マリアにストラップを売って得た紙幣を差し出す。
おそらく日本円で千円位の価値しかないだろう。
もし、ツケが利かなかったら……考えるのはよそう。
「あらあら、それだけあれば半年以上は先払い出来ますよ」
「え?」
「でも、困りましたね。
お釣りが用意出来ないわ。
ギルドカードで決済してくれると助かるのだけど」
「ギルドカードは明日になれば貰える予定です。
これ大金なんですか?」
自分でも、おかしな質問だと思う。
「それはカトリアで一番高額な紙幣、十万ガルド紙幣ですね」
「じ、十万!?」
ギルドで見た依頼書の中に、十万ガルドもの報酬が貰える仕事はなかった。
町中で出来る簡単な仕事で千ガルド前後、危険の伴う野生動物の退治でも一万が最高だったはずだ。
最後の方に載っていた、賞金首の報酬だけは桁違いだったが……。
そこまで考えて、この金が今朝の小太りの符術士の賞金の一部だと気付いた。
ラバーストラップの代金としては流石に貰い過ぎだ。
いつか俺の収入が安定したら、このお金は返そうと心に誓う。
「このお話は明日、ギルドカードが出来てからにしましょうか」
「助かります」
「それでは、寮の規則について説明しますね」
寮にはいくつかの規則がある。
集団生活をする場だから、誰もが自由に過ごす訳にはいかないのだ。
特に俺は冒険者としては初心者未満だからな。
規則を守り真面目に生きていこう。
「まず、門限は朝の六時から夜の十一時まで。
お仕事などで門限までに帰れない時は、事前に私に伝えて下さいね」
「はい」
「次に食事の時間ですが、朝の七時から八時、そして夜の七時から八時となります」
「食事付きなんですか?」
「はい。毎日まごころ込めて作ってます」
美人なメイド……じゃない、寮長の手料理が毎日食べられるとは有り難い。
「これもお仕事などで食べられない時は、伝えて頂けると助かります」
「分かりました」
「お昼ご飯は出ませんので、外で食べて下さいね。
次にお風呂の時間ですが……」
「風呂!?」
「はい、この寮にはバスルームがあります」
風呂は東洋の文化だと思っていたが、外観が西洋風のこの国にもあるのか。
靴を脱ぐ習慣といい、日本に近い文化圏なのかも知れない。
何にせよ有り難いな。
「お風呂は夜六時から八時半は女の子専用、夜九時から十一時が男の子専用となります」
「三十分の空白の時間は?」
「それがないと鉢合わせしちゃいますから」
「あ、そっか」
「洗濯物は屋上に全自動洗濯機がありますから、ご自由に使っていいですよ」
今、ものすごく世界観にそぐわない単語が聞こえた気がする。
照明や洗濯機の動力源は、電気ではなく魔力だそうだ。
上下水道も配備されいて、トイレは水洗式。
思った以上に近代的だった。
「それから、男の子には時々、薪を取りに行って貰う事になってるのですが、よろしいですか?」
「薪?」
「はい。お料理やお風呂、冬は暖房に薪は欠かせないの」
「分かりました。
体力に自信はないけど」
「他の子も一緒だから大丈夫ですよ。
よろしくお願いしますね」
照明や洗濯機はあるのに、ガス燃料はないのか。
そう言えば自動車も見かけなかった。
石油が燃料として使われてないのだろう。
不思議な世界だ。
「説明はこんな所かしら?
質問がなければ、こちらにサインをお願いします」
冒険者寮使用契約書に漢字で『和泉裕也』と署名した。
日本語で署名した契約書は問題なく受理された。
「外国の文字は面白いですねぇ」
アリスはそう言ってにこやかに微笑んだ。
一瞬だが顔をしかめたギルドの職員とは反応が大違いだな。
この人は胸と同じく、器も大きそうだと思った。
「それではお待ちかね。
イズミさんのお部屋にご案内しますね」
「おお!」
これから長らくお世話になる部屋だ。
普通の部屋だと分かっていても期待してしまう。
◆◆◆◆
俺達が応接室を出るのと、ほぼ同時に隣の部屋からも人が出てきた。
腰に長剣を携えた短髪の少年と、ネコ耳のついたフードを被った少年だ。
兄弟だろうか?
二人とも綺麗な黒い髪をしている。
日本人の性か、黒い髪を見ると心なしか落ち着く。
「こんばんは」
「こんばんはー。
そっちのお兄ちゃんは誰?」
「こんばんは。
こちらの方は今日からここに住む新しい家族ですよ」
「ども、ユーヤ・イズミです」
「ボクはニコラ・ティールス。
一応、魔術師やってます。
ニコって呼んでね。
そして、こっちはお兄ちゃん」
「ハンスだ」
ニコがネコ耳フードをピコピコ揺らしながら元気に自己紹介する。
対して兄のハンスは口数が少ない。
緊張してるのだろうか?
「新しい人が来るなんて久しぶりだねー」
「そうなのか?」
「ええ……半年ほど前かしら、王都で傭兵の募集が始まってから、ここも寂しくなりました」
「そう言えばギルドでも、そんな話を聞いたな。
ちなみに今この寮に住んでるのは何人ですか?」
「イズミさんを入れて五人です」
「は?」
「あと一人、お姉ちゃんが居るの。
あ、本当のお姉ちゃんじゃないよ」
ここに居る四人に、お姉ちゃんと呼ばれる女性が一人、合計五人か。
二十人は住めそうな広さの寮に五人は寂しいな。
「先に食堂に行くぞ」
「あ、待って。ボクも行くー」
「イズミさんを案内したら、私も行きますので待ってて下さいね」
「はーい!」
「ああ」
挨拶も早々に、二人は去っていった。
「あまり似てない兄弟ですね」
「あの二人はとっても仲が良いのよ」
性格は似てないが、ニコはハンスに懐いているように見える。
一人っ子の俺からすると、ちょっと羨ましい。
「こちらがイズミさんのお部屋です。
これがお部屋の鍵。
無くさないで下さいね」
先ほどの兄弟の部屋から二つ隣、103号室が俺の部屋になった。
アリスから緑色をしたクリスタル状の宝石を受け取る。
ドアに鍵穴らしきものは見当たらないし、宝石がハマるような窪みもない。
「これ、どうやって使うんですか?」
「ドアに近付けるだけで開きますよ」
宝石をドアに近付けるとカチャリと音を立てて鍵が開いた。
試しに遠ざけてみると鍵が閉まる音がした。
まるで自動車のキーみたいだな。
「それでは、私は夕食の準備がありますので失礼します。
イズミさんの分もありますので、食堂へ来て下さいね」
「ありがとうございます」
部屋に入ると自動的に照明が点いた。
フローリングの床に小さなテーブルとイス、クローゼットにベッドがひとつあるだけの質素な部屋だ。
壁には丸時計が掛けてある。
短針と長身と秒針の三つの針で時間を示す、俺のよく知るタイプの時計だ。
時計の針は六時五十五分を指してる。
テレビやパソコンはない。
と言うか、おそらく存在しないだろう。
「十九時から夕食だったな」
食事の時間は十九時から二十時までの間なら自由らしいが、初日から遅刻はしたくない。
ベッドの上に通学鞄を置いて部屋を出た。
◆◆◆◆
食堂に着くと既に他のメンバーは席についていた。
寮長のアリスにハンスとニコの兄弟、そして最後の一人。
それはとても冒険者には見えない服装をした青い髪の美少女だった。
「こんばんは。数時間ぶりね」
「マリア!?」
「ユーヤお兄ちゃんとお姉ちゃんは知り合いなの?」
「ああ。昼間、色々とお世話になった」
助けられたり、蹴られたり、押し倒されたり、蹴られたり……。
なんだか蹴られた記憶が多いな。
「しかし、マリアがここに住んでるとは思わなかった」
「これでも私も冒険者よ」
言われて見れば、冒険者寮で冒険者が暮らしているのは当然だ。
「ラルフは? あの人も冒険者だろ」
「彼は自宅を持ってるから、ここには居ないわ」
なるほど。
自宅住まいなら、わざわざ金を払って寮に住む必要はないな。
「イズミさんの事は、マリアさんが教えてくれたんですよ」
「道理で話が早い訳だ」
「どうでもいいけど、早く座りなさいよ」
「あ、あぁ」
マリアに唆されて手近な席に座ると、アリスが食事を乗せたトレイを持ってきてくれた。
「はい、イズミさんの分よ」
「ありがとうございます」
「それでは、新しい家族の入寮をお祝いして」
「「いただきます」」
夕食はパンにサラダにスープといった、洋食の基本とも言える内容だった。
飲み物は紅茶……デパティが用意されていた。
パンと紅茶がこの国の主食なのだろう。
「何これ、美味っ!」
「これ全部アリスお姉ちゃんの手作りなんだよ」
「マジか!?」
昼に食べたカツサンドも美味しかったが、アリスの手料理はそれを上回っていた。
素材の味を活かしつつ、万人の口に合うように調理されている。
レストランを開けるレベルだ。
これが毎日食べられるとは、今後の寮生活が楽しみだ。