第八十七話 「撤退」
「おい、イズミ」
「ん?」
誰かが俺を呼ぶ声がした。
俺の正面には学ランを着た坊主頭の少年……思い出した。
同じ中学のカードゲーム仲間である佐藤だ。
「ん? じゃないよ。お前のターン」
「あぁ、すまない。ドロー&マナチャージ」
山札から一枚を手札に加え、更に一枚を裏向きのまま、マナエリアに移動させた。
「おまっ、堂々とイカサマするなよ」
「えっ? ごめん。ボーっとしてた」
いつも通りの普通の行動なのだが、佐藤からツッコミが入る。
自分の手札を見て、その理由に気付く。
「ウィザード アンド クリーチャーズ。
……って何だよ、この状況!?」
俺がプレイしているつもりのものとゲームが違った。
ルールが違うのだから当然突っ込まれる。
しかも状況は最悪だ。
相手の戦場には大型のクリーチャーが七体。
対する俺の戦場はがら空き。ライフも残り一点。
誰が見ても一目で分かる……絶体絶命だな。
「降参しても良いんだぜ」
「まさか。
まず《早出残業の会社員》を特殊召喚。
こいつは自分の戦場にクリーチャーが居ない時、手札から特殊召喚出来る。
対抗魔法は?」
「ありません。どうぞ」
ウィザクリには相手の行動に割り込む事が出来る、対抗魔法と言うカードがある。
その為、行動をする度に相手に確認を取るのが対戦時のマナーだ。
「続いて装備魔法《ノルマ倍増》を装着するぜ」
「対抗魔法なし。どうぞ」
「次は対抗魔法《突風》を発動」
「いいけど、一体を手札に戻しても状況は変わらないよ」
「誰もお前の戦場のクリーチャーを戻すとは言ってない。
《突風》の対象となるのは俺の戦場に居る《早出残業の会社員》だ。
クリーチャーは手札に戻り、装備魔法は破壊され墓地へ」
「はぁ?」
佐藤は不思議そうな表情をしている。
それも無理はない。
《突風》は攻撃してきた相手クリーチャーを手札に戻して、戦闘を無効化させるのが基本的な使い方だからな。
自分のクリーチャーに使用する事はあまりない。
「そして使用済みの《突風》も墓地へ。
これで俺の墓地の枚数は七枚になった」
「えっ……しまった」
「自分の墓地の枚数が七枚の時、手札を一枚捨てる事で《同族 殺しの七星龍|》を特殊召喚出来る。
《同族殺しの七星龍》の特殊召喚に成功した時に自動的に発動する能力により、自身以外の全ての|戦場に配置されているカード《パーマネント》を破壊。
そして俺はこの能力で破壊した数と同じ数……七枚を山札からドロー」
「まいった。降参」
これから俺の逆転劇が始まる訳だが、その前に佐藤が投了を宣言した。
だが、それも仕方がない事だろう。
現環境のウィザクリは、どちらが先に七星龍を特殊召喚するかを競うクソゲーだからな。
「ボクも七星龍を四枚手に入れなきゃダメかなぁ?」
「どうせ、あと数ヶ月前で禁止になるぞ」
「それもそうだね」
「それに、このデッキ使ってて楽しくないんだよなぁ……。
かと言って、他のデッキじゃ勝てないし」
「じゃあさ、他のカードゲームやってみない?
最近は【フェアトラーク】ってのが流行り始めてるみたいだよ」
佐藤に勧められて【フェアトラーク】を購入する事になった。
とりあえずブースターパック第三弾を一パックだけ。
理由は大きく新製品と書かれたポップが貼ってあったからだ。
本当はスターターデッキを買うのが良いのだろうが、とりあえず一パックで様子見をする事にした。
「おっ、なんかキラキラしてるのが出た。
《闇の魔女ミスティ》……かわいい女の子だ」
「それSRだよ。おめでとう」
「あたりか……ありがとう」
やはりレアカードを当てた時は嬉しい。
それが一パックだけの購入だと嬉しさは一入だ。
口元が緩むのを感じながら当てたカードをじっと見つめる。
「なぁ、この能力ってさ」
「うん。ウィザクリで例えると殺人トマト系」
「一枚じゃ意味無いよな?」
「うん。そうだね」
「店長さん。これを……三ボックス下さい」
「うぇっ?」
変な声を出す佐藤を横目に、全財産で買えるだけ第三弾を購入した。
「びっくりしたぁ……お金持ちなんだ」
「お年玉の残りだよ。
しかし、このイラストいいな。
ウィザクリには美少女とか居ないからなぁ」
「リリーさんは?」
「黒の? ババアじゃん」
「設定では十七歳らしいよ」
「嘘っ!? 四十歳くらいに見えるぞ。
どこのアイドル声優だよ」
他愛もない雑談を交わしながら、購入したブースターパックを開封する。
「どうだ。三箱と一パックでミスティが四枚揃ったぜ!」
開封結果は上出来だ。
購入した全てのボックスから《闇の魔女ミスティ》を一枚ずつを引き当てた。
シングルカードを購入する余裕のない中学生にとっては最高の結果だ。
「今からこれでデッキを組むから、色々教えて……」
『ますたー』
女の子の声が聞こえた。
「佐藤、裏声でキモいアテレコすんなよ」
佐藤のいたずらだと思った。
何故なら店内には俺たちを含め、男性しかいないからだ。
『ますたー、どこにいるの?』
違う、佐藤じゃない。
この声は……。
「ミス……ティ?」
背景がぐにゃりと歪む。
佐藤も、店長も、他の客も見当たらない。
当たり前だ……。
だって俺が居る場所は━━。
◆◆◆◆
辺りは一変して瓦礫の山へと変わった。
少し遠くには一部が欠けた廃墟が並んでいる。
顔なしのバケモノ……虚無の魔王の姿はない。
「ますたーの魔力がする」
「迷惑かけたな、ミスティ。もう大丈夫だ」
馴染みのある相棒の声に目覚めを実感する。
姿は見えないが、かなり近くに居るようだ。
「ふぇっ? ダイフクがしゃべった!?」
「なんだ、ミスティも寝ぼけてるのか?
ぬいぐるみは喋らないぞ」
「ダイフクから、ますたーの魔力を感じる」
「おかしな事を言……」
ミスティと会話をしている内に違和感に気付いた。
視線が妙に低い位置にある。
そして手足が動かない。
「んー、やっぱりダイフクがますたーだよね」
身体が上に持ち上げられ、百八十度回転させられた。
そこでミスティと視線が合う。
まだ夢を見ているのだろうか?
俺はミスティの持っているぬいぐるみになっていた。
「虚無の魔王……顔のないバケモノは? 俺のデッキは?」
「わかんない。気が付いたらミスティひとりだけだったの。
それでますたーを探してたら、ダイフクがますたーになっちゃった」
敵は行方不明。
デッキは不死の静寂を自称する男に奪われたままか。
「ひ、人型の亡霊が!」
「姿形に惑わされてはいけません。
神の武具がある限り、私たちの敵ではありません」
少し遠くから会話声が聞こえた。
人型の亡霊と言うのは虚無の魔王の事だと思われる。
「あの声はジャスティスだ。
ミスティ、あっちに行ってくれ」
「うん、わかった」
仲間が強敵と戦っている。
ならば俺も駆け付けなければならない。
俺を抱っこしたまま、ミスティは町の入り口方面へと走りだす。
道を引き返す途中で、物陰から小さな女の子がこちらを見ているのに気付いた。
赤いスカートを穿いたおかっぱの女の子だ。
不思議に思っていたら、こちらの視線に気付いたのか奥へ走り去って行った。
「今の女の子、どこかで見たような」
「ハナコちゃんかな?」
「あー、似てるな。でも……いや、先を急ごう」
ハナコに似た少女が気になったが、今はそんな場合じゃない。
一刻も早く、ジャスティスと合流したかった。
それから少し走ると亡霊と戦う大勢の兵士たちの姿が見えてきた。
敵の姿は様々だ。
槍や斧を持った戦士風の男たちに、本を持って魔術を扱う和服の少年、大きな盾を持った黒い翼の天使……。
それらは全て俺にとって馴染み深いユニットにそっくりだ。
「なぁ、ミスティ。こいつらって……」
内心、認めたくないと思いつつ、それを口に出そうとした時であった。
突如、頭上からの閃光が辺りを包み込んだ。
眩しさに目が眩んだが、ミスティが障壁を張ってくれたお陰で事なきを得る。
しかし、視力を取り戻すと、辺りには死体の山が築かれていた。
「た、助け……うわあぁっ!」
「な、何が起こった!?」
「上ですっ!」
見上げると、小さな手鏡が宙を舞い、時折地上へ向かって光線を放っている。
当たれば特殊な鎧を貫通して対象を即死させる。
その威力の恐ろしさはカードの能力そのものだ。
「ムラサキカガミ……じゃあ、あれはやっぱり」
兵士たちが戦っている相手は俺のデッキに入っているユニットばかりだ。
俺のデッキは不死の静寂を名乗る男が奪って行った。
これはあいつの仕業なのか……俺は騙されたのか?
「ますたー、メガネのおじちゃん見つけたよ」
ミスティがジャスティスを見つけた。
細身の剣を持って、兵士たちと一緒に戦っている。
「貴様ぁっ! よくもルッツを! ぐはぁっ!」
「こいつ……強いぞ」
「下がりなさい。それは私が相手をします」
その相手は全身を真っ黒な鎧に包んだ俺のエースユニット━━霊騎士ガイスト。
ガイストの攻撃は凄まじく、大剣の一振りで数人の兵士たちが地に伏せる。
「私の予想通りでしたね。
ここまでの強さとは思いませんでしたが……あなたには死んで頂きます。
英霊召喚!」
召喚戦闘の開始時に唱えられる聞き慣れた詠唱。
それを唱え終えると、ジャスティスの背中に一枚の大きな翼が現れた。
その姿はまるで片翼の天使のようだ。
「なんだ、あれ? あれも魔術なのか?
ともかく、俺たちも加勢を」
「今のますたーじゃ、ムリだよ。
それにあれは……ごめんね、ますたー」
ミスティは何故か俺の命令を無視して逃げ出した。
だが、それも仕方がないか。
これだけの死体の山だ。
小さな女の子には刺激が強すぎたのかも知れない。
「大将! 英雄様の連れの子供が」
「今は目の前の敵に集中しなさい!」
「ハッ!」
ミスティは俺を抱いたまま、全速力で戦場を離れる。
兵士たちの姿はたちまち見えなくなった。
「いきなり逃げ出してどうしたんだよ?」
「ミスティはね。大好きなますたーをまもるって決めたの。
ますたーがダイフクになっても、それはかわらないよ」
「気持ちは嬉しいけど、今はそんな事……わわっ」
「だから、ますたー。しっかりつかまっててね」
ミスティは俺の身体を力強く抱きしめた。
次の瞬間、まるで逆バンジーのように、一瞬で地面が遠くなる。
「えっ……と、飛んだぁーっ!?」
俺たちの身体は空高く舞い上がり、目にも留まらぬ速さで激戦地を離れていった。
第三弾 不死の静寂編 完。
最終章 虚無の魔王編 へ続く。